少女と飛行機
俺が3日間に及び滞在していた村、《コールトン》を去る日がやって来た。
午前中に来るという輸送隊を出迎えるために川岸に村人たち全員が集まっていた。
川で待つということは、やってくるのは船だろうなと思っているとーーーーーー、
川の水面を見ていた俺の耳に、この世界で聞けると思ってなかった空気を切り裂く音が空から届く。
この音、まさかッーーーーーー!?
「あっ、来たよ!」
叫んだ子供達が指差す方向へ俺の視線もつられる。
「あ…あっ!」
空を見上げた俺に稲妻が落ちたかのごとく衝撃が走った。
俺の視界に映ったのは白き翼ーーーー、いや飛行機だった。
全長は目測でおよそ15メール。
主翼は胴体の上にある支柱に支えられていて、両翼にプロペラが付いている双発機。
主翼と胴体下部は白く、胴体上部は緑色に塗装されている。
「うそだろーー!?」
俺は思わず口を開いてしまった。
『うそだろ』と俺が呟いたのは、この世界に飛行機が存在するとは思っていなかったからだ。
それに加え、この付近に着陸できそうな道がない。
あれは一体どこに着陸するのだろうか?胴体下からランディングタイヤは見えない。
胴体着陸か?
いやーー、あの機体の進路は俺たちの目の前にある川だ。
つまりアレは飛行艇か?
それは徐々に速度を落としながら川へと降下し続ける。
着水する少し手前で機首を少し上げる。
胴体の下半分が水面に隠れると同時に大きな水飛沫が上がる。
飛行艇は水の上を滑るように進み、俺たちのいる桟橋に寄せて止まった。
村人たちは桟橋の小さな柱に巻き付けられていた綱を飛行艇に装着させて、流されないようにする。
ロープで固定されたのを確認すると飛行艇の乗降ドアが開き、コックピットからパイロットが出てくる。
すると村人の何人かがパイロットの元へと行き、恐らく何度も会っているのだろう。何やら親しげに話し始めた。
だがそんな彼らの事は意識の外で、俺は飛行艇を見つめたまま動けなくなっていた。
まさか飛行機があるなんて……。
この世界はそれほど科学技術が進んでいるようには見えなかったため、飛行艇を見るいまの今まで輸送隊というのは船か何かだとばかり思っていた。
元の世界の飛行機はライト兄弟が作った飛行機が最初とされる。その時から滑走用のゴムタイヤはあった。
しかし、当時のゴムタイヤは耐久性が高くなく、飛行機の大型化・機体を木製から金属製化などによる重量増加により、ゴムタイヤが使えなくなった。その代わりとして使われ始めたのが、水上機、飛行艇であった。その2つは広い水面があれば、海でも川でも湖でもどこでも着水することができた。そのため、第二次世界大戦の初年あたりまでは輸送機、偵察機の主力だった。現在ではゴムタイヤの耐久性とエンジンが大幅に改良されたために着水する必要性がなくなった。しかし、海上自衛隊などではU-2救難艇などが存在し、決して需要がないわけではない。
要約すると、アスファルトやゴムタイヤなどの科学的な物を必要としない飛行艇であれば、魔法か魔術が使えるこの世界に存在するのは不思議ではないのだ。
そこまで思った俺は女神の言葉をふと思い出した。
『飛びたいと願う俺に叶えるチャンス与えるために転生させる』と言っていたことを。
つまり女神はこの世界で飛行機ーーいや、飛行艇あるいは水上機を飛ばせと。そう言ったのだ。
俺は遅まきながらその転生の真意に気づいた。
コックピット前にいる村人と話し終えた操縦士はゴーグルと帽子を外しながら俺の方へと向かって来る。
帽子が取られると同時に、頭の両側で束ねられた黄金色に近い金髪のロングヘアが姿を現した。
パイロットは俺より拳2つ分くらい背の低い黄金色のツインテール少女だった。
年齢は俺と同じくらいかと思われる少女は俺の目の前で立ち止まると、鳥のさえずりのような澄んだ声で俺に尋ねた。
「貴方が飛空挺に乗りたい人?」
どうやらあの飛行艇はこの世界で《飛空艇》と呼ばれているらしい。
少女を見つめて突っ立っていた俺は慌てて返事する。
「あ、ああ。クルアンブールっていう街まで連れて行って欲しいんだ」
「いいわよ。この飛空機もクルアンブールが終点よ。運賃は2000ホルンだけど、あるかしら?」
2000ホルン、つまり金貨5枚分か。
俺は鞄から袋を取り出し、金貨5枚を手渡した。
「はい、確かに。じゃあ、20分後に出発するからそれまでに機内に乗っててね」
少女は俺にそれだけ伝えると、また村人たちと荷下ろしやら補給やらの為に飛空機の方へ戻っていった。
少女の去った直後、後ろから声をかけてきた人物がいた。
振り返るとそこにはコルボーーー、だけではなかった。少女と話している村人以外の全員がコルボの後ろ一列に並んでいた。彼らの表情はどこか寂しそうだ。
「いよいよ、行かれるんですね……」
「はい、もう暫くここに居たいところですけど……」
「わはは、そう思っていただけでも十分ですよ。
そこで私たちとケイ君との思い出としてとして……」
話しながらコルボが後ろに立っていた老人へ視線を向けると、それを待っていたかのように老人からコルボに白い布に包まれた長い何かが手渡される。
コルボは包んでいる布を剥がす。
コルボの手に握られていたのはーーーーー、あの支援魔銃だった。
「これをケイ君、君にもらって欲しい」
「えっ?」
「ケイ君が店の前を通るたびに、飾ってあったポルセットに熱い視線を向けていたのを武器屋の彼が話していてね。ケイ君なら大事に使ってくれるだろうなあ、と武器屋の彼が笑いながら私に話していたんだよ」
「え……そんなに俺、見つめてました?」
「それはもう。彼だけでなく他のみんなも気づいていましたよ」
「うわあああああっ………」
奇声をあげながら俺は両手で顔を覆いながら天を見上げた。
恥ずかしすぎる!
そんなにモロばれするほど俺の行動が幼稚かつ、好奇心丸出しの視線を放っていたのかと思うと、埋まる穴が有るならば今すぐにでも
隠れてしまいたい。
そんな風に悶える俺を見てコルボたちは愉快そうに笑う。
「これは私たちからのささやかなお礼です。武器屋の彼は亡くなってしまいましたし、最後の客としてケイ君に受け取って貰えれば彼も喜ぶと思いますよ」
果たして俺がもらっていいのか…。しかし、それがあればこの世界で生きていくのに大いに役立つだろう。
もらってしまおうか、断るべきか、俺の心は大きく揺れる。
だがその迷いを断ち切らせるようにコルボが俺の手にポルセットが渡す。
グリップまわりは重みのある木製で、銃身や引き金は鋳鉄製であろう黒色の金属で構成された《ポルセット》と呼ばれるレバーアクション式支援魔銃。
コルボは俺を見つめ、深く頷く。
俺はポルセットをしっかりと握りしめる。
「分かりました。大切に使わせてもらいます」
「はい、どうかお元気で」
「コルボさんたちもお元気で」
そういうと俺とコルボは強く握手する。
そしてその手が離れコルボが下がると、入れ替わるように俺に駆け寄って来た女の子がいた。
ミューリだ。
「ケイお兄ちゃん……あの、これ!……あげる!」
駆け寄って来た彼女の顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。しかし精一杯の勇気を振り絞って、手に握っていた物を俺の眼下へと差し出した。
それは宝石のような石がはめられた首飾りだった。
「こ、この村の…お守りなのっ!私がんばって作ったの……助けてくれたから、私からのお、お礼……です」
今にも恥ずかしさで気絶してしまいそうなミューリは子鹿のような瞳で俺を見つめる。
受け取ってもらえるのかが不安なのだろう。
俺の口から、ふっと笑みが溢れる。
「ありがとう、ミューリ。大切にするよ」
俺は優しくミューリの頭を撫でた。
「う、うん」
ミューリは俯きながら頷く。
ミューリの頭から手を離した俺は身を翻し、飛空艇に乗り込む。
飛空艇の室内はLCCと思えるほどにシンプルで、テーブルもリクライニングもない座席が6つのみで荷物棚が無い。
ちなみに乗客は俺だけのようだ。
「まもなく離陸します。シートベルトをしっかり締めてください」
指示を受けた俺はすぐにクッション性の低い座席に座り、少女パイロットの言う通りにシートベルトを締める。
俺の着席を確認したのち少女は動力エンジンを始動させ、プロペラが勢いよく回転し始める。
プロペラの回転する音が大きくなると飛空艇はゆっくりと水面を滑り出し、水を掻き分けることによる振動は次第に大きくなる。
コルボやミューリを先頭に村人たちが川岸で手を振っている。
俺も窓越しで手を振る。
離水速度に達したようで、少女は操縦桿を手前に引く。
フワッと飛空艇が水面から離れると振動は無くなり、急上昇する。
それと同時に飛空艇は一気に速度を上げ、どんどん村と離れていく。
村の姿は小さくなり、あっという間に見えなくなった。
「またいつか会いに行くよ」
すでに見えなくなった彼らに聞こえるはずがないだろうが、俺は小さく呟いた。
こんばんは、作者のリッキーです。
8話を読んでいただき、ありがとうございます。
投稿予定日を過ぎてしまって申し訳ないです。
表現の付け足しなどがまだ完了していませんが、後日改稿していきます。
次回の内容はまだ決まっていませんが、飛空艇内でのヒロインとケイの会話シーンとクルアンブールという街に着水するまでを書くつもりです。
投稿は11/12〜14の間にできるように頑張ります。
ーー11/15 追記ーー
最近忙しくて執筆が出来ていないため、投稿は延期させていただきます。申し訳ないです。
また別作品「ゾンビな俺と生きた彼女との754日」の話数が「ハードフライト」に追いつくまで、そちらの方を優先的に進めたいと思います。
ハードフライトを読んでいただいている皆様、もうしばらくお待ちください。