使えない魔銃
俺を包み込んでいた青い光が消え出すと、俺の鼻腔にとても爽やかな空気が入ってくる。
視界が開けると、そこは森の中だった。
俺が虚空から出現する瞬間を誰かに見られないように女神が配慮してくれたのだろう。
そう考えたところで1つの違和感に気づいた。
自分の身体へ目線を落とす。
俺の格好は前世で死んだ時・あの世にいた時と同じ上下共に黒スーツで右手には黒い鞄持っていた。
そこまでは不思議じゃない。問題は……服のサイズだ。いや、それは違うか。
手足が少し小さく、目線が前より若干低くなっているのだ。つまり俺は少しばかり小さくなっているということだ。
あっ……そうか。
俺は今の自分が16歳になっていることを思い出した。
「…っと、いつまでもボーッとしてる場合じゃないな」
とりあえず今いる地域がどのような場所なのかを把握する必要がある。
俺は周囲を見渡せそうな地点を見定め、そこへと移動した。
森を抜けるとーーーーーーーーーーー、
視界の中央には緑の広大な平野が広がっていた。
左側の平野の先には青々と輝く大海原。
右側には前世のアルプス連想させるような山脈があり、山頂付近は雪が降り積もっていた。
前世では人口増加によって急増した建築物・人工物で覆い尽くされた大地がこの世界では陽の光を浴びていた。自然そのものが生きている。
俺は絨毯のように柔らかい草っ原に寝転がった。爽やかな風や鳥類らが奏でる音を聞きながら俺は青空を見つめる。
「地球じゃ味わえなかったけど、気持ちいいもんだな」
向こう…か。
俺は少し前世のことを思い出していた。
心の中が見慣れた前世に対する寂しさと新しいこの世界に対する興味・嬉しさが複雑に混ざって、なんとも言えない気分になった。
そんな思いに浸っていると、明るいはずの空が急に夜になってしまったかのように暗くなった。
まさか大雨か!?
ガバッと上半身起こす。
俺の視界に入ってきたのは雨雲ではなく天空に浮かぶ巨大な島だった。
島底には巨大なプロペラがいくつもあり、雲と同じ方向、速度でゆっくりと移動している。
プロペラがある…ということは人工的に飛ばしている。あの島に人が住んでいるのだろうか?
アニメの中かと思ってしまうほど、あまりにもファンタジックすぎる光景。
それを見て改めて思ったことを呟く。
「……来ちまったんだな。異世界に」
空も青い。前世とほぼ変わらない。
でも非現実的な物が確かにある。
一度は死んだ俺。それが数奇な運命によって異世界へと転生され今この世界の住人として生きている。
前世では色々とやりたかったこともできなかった。ならば、その分やりたい事を思う存分にしてやろう。
まずはそれを実現させる必要がある。
「さて、どうするかね」
上半身を起こしていた俺は胡座を組んで思考を始める。
先程見た広大な景色をもう一度見る。
俺がいる丘から5キロ程離れた地点に小さな建物がポツポツと建っている村がある事に気づいた。
まず俺は鞄を開けて中身を見た。
ノートや筆記用具、読書用に入れておいた小説、ウェットティッシュハンカチなど前世から鞄に入ってものと腕時計型情報端末機(以降はスマートウォッチと表現する)、布袋に入った硬貨もあった。
女神から授かった活動資金はあるからそれで一応は衣食住に必要なものを揃えられるだろう。
だが資金はそれほど多くないから働き先を見つけなければならない。
この世界ではどんな職業があるか分からない。この異世界には迷宮も魔法もあると女神は言っていた。という事は冒険者という職?になって魔法や剣で魔物を倒したりということもできるのだろう。
俺は前世でVRMMORPGやVRFPSといったジャンルのゲームをプレイしてたから、そういう前世では有り得なかったファンタジーな仕事には凄く興味がある。
だが今見えている村にはダンジョンらしきモノは見当たらないし、それほど繁栄していなさそうーーーーーーーーつまり、それほど職があるようには見えない。
となれば、そこそこ大きな城下町のような発展している地域まで行き、職に就くことになりそうだ。
あそこにある町で必要最低限の物を購入し、この世界での移動手段で町まで移動する。
そこで職を見つけ、生計を立てる。
よし……。
行動予定を立てた俺は立ち上がると、村に向けて未舗装の砂利道を歩き始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
丘から村へ歩き始めて2時間が経ったが、ほとんど疲れていない。
前世の就職活動の時期はただひたすらにアスファルト道路を歩いていたから忘れていたが、周りを、景色を見ながら歩くが楽しく感じられたからだ。
何があるか分からないこの世界。だからこそ俺は子供のような気持ちで歩き続ける。
そしてさらに歩くことさらに1時間、ようやく見えてきた村を前に立ち止まった。
この格好はちょっと堅苦しいかな?
俺の今の格好はキッチリとしたスーツだ。
全身が黒だと村人が良い印象を持たないかもしれない。
考えた結果、俺は上着とネクタイを外してネクタイは鞄へ、上着は脇に抱えるようにして運ぶことにした。
白シャツ・黒ズボンの裾も長いので捲ることにした。これで大丈夫だろう。
白シャツとTシャツの2枚だと若干涼しい気温だが、まあ気にせずにいられそうだ。
「ここが村かあ」
村の門を潜って行き着いた村は思ったより古かった。
家屋は洋風の木造の一階建てがほとんど、中には廃屋となったのだろう建物もいくつかあった。
村の中心部には3階建ての塔が建っていた。時刻を知らせるためであろう鐘が見える。
建物ばかり見ている俺。目を反らしているからだ。
だって、あちらこちらからチラチラと。
うん、感じる。
すげー視線が……。
突然の来訪者である俺を村人たちが見ているからだ。
村の子供達も好奇心の眼差しで家の窓や影から俺をジッと見つめている。
注目されるって苦手だ。と思っているとーーー、
「〜〜〜〜、〜〜〜〜?」
後ろから突然掛けられた声。
振り向くと、白髪交じりで顎には立派に生やした長い髭、腰が曲がった70代と思しき老人が聞いたこともない言語で俺に話しかけていた。
スマートウォッチが自動で通訳アプリを起動し、指向(俺にしか聞こえない)音声で老人の喋った言葉をワンテンポ遅れて通訳した。
「こんにちは。私はこの村、《コールトン》の長のコルボと申します。高貴な方とお見受けしますが、貴方は異国の方かね?」
コルボと名乗る村長の問いに俺はどう答えようか迷ったが、彼に警戒心のようなモノは感じられない。異国の者=国外のスパイと疑われるようなことはないのかもしれない。
俺はまだこの世界の言葉を喋れないが、スマートウォッチが俺の話す言葉も翻訳してくれるはずだ。
万が一アプリで通訳ができなくても、俺が国外からの旅人とでも思ってくれれば、この国の言葉が話せなくても不思議ではないだろう。
「俺の名前はケイ。遠い国から来ました。1人旅をしています」
果たして翻訳される俺の言葉は彼に分かるか?
コルボはニコリと微笑んだ。
どうやら通訳アプリで俺の言葉が彼に伝えられたようだ。
「そうかい。これからケイ君はどこへ向かうつもりなんだい?」
通訳アプリがコルボの言語を翻訳し、俺へと届ける。
俺はまだこれから行く場所をまだ決めていないこと、どこに大きな街が無いかを通訳アプリを介して伝える。
するとコルボはある方向を指差した。
「ここからあの方角へ200セルメール離れた地点にこの地方の主要都市『クルアンブール』があるよ」
セルメールは距離単位なのだろうが、どれくらい距離を表しているのか分からないのでスマートウォッチのアプリの中から【手帳の付録】を起動し、セルメールの単位を調べてみた。
《ルメ・1ミリとほぼ同じ長さ。
メル・1センチとほぼ同じ長さ。
メール・1メートルとほぼ同じ距離・長さ。
セルメール・1キロメートルとほぼ同じ距離。》と表記されていた。
つまり200セルメールは約200キロもあるということだ。
そんな距離を徒歩で移動しようとしたら早くても2週間近くはかかってしまう。
その前に活動資金が無くなってしまうのは火を見るよりも明らかであった。
どうにか1週間以内で到着できる手段が必要だ。
この村を見る限り移動手段は馬くらいしか無いようだ。
「その都市に早く到着したい。数日で移動できる方法はないのですか?」
コルボは俺の問いにすぐ答える。
「数日後にクルアンブールに行く輸送隊が来るよ。それに乗れば3日くらいで到着できるはずだね」
3日。
思っていたより早い。
因みに、この村からクルアンブールまでの輸送隊の料金は金貨5枚らしい。金貨の4分の1が吹っ飛ぶ計算になるが、徒歩で向かう場合の毎日の宿泊費・食費が削減されるのだからそこは仕方ない。
「その輸送隊が来るまでここに泊まりたいのですが、可能ですか?」
「ああ、できるよ。近頃はこの村の若者や男たちが大きな都市へ出稼ぎに行っててね。空き家もあるから好きなように使って構わんよ」
「ありがとうございます」
俺の礼に対してコルボは手を左右に振る。
「礼なんていらんよ。久しぶりに若い者が来たんだ。年寄りと女、子供しか居ない村だが、それでもよければ大歓迎だよ」
どこの世界にも出稼ぎはあるもんなんだな……。俺は不意にそんな事を思う。
「それでは、君の使える家へ行こうかね」
「はい」
案内されたのは比較的状態が良い空き家屋だった。
家の中はそれほど広くないが、ある程度掃除はされているらしく決して悪くない。
俺が家の状態を一通り確認すると、
何かあったらいつでも呼んでくれていいよ、と言い残しコルボは戻っていった。
俺は鞄と上着を木椅子の上に置いた。
この家にはトイレや風呂は無い。
コルボによるとトイレは男女共同で川の近くにあるのみ、お風呂も川の近くで大きな金属製の箱に川から組んで来た水を箱に流し、箱の下で火を炊いて沸かし、そこで温まったお湯を浴槽に流し込むらしい。
家の台所は簡易的かつ旧式で、やはり火で炊くという方法で調理する必要がありそうだ。
前世で一人暮らししていたので一応、自炊経験はある。しかし電子レンジやフライパンもコンロも無いこの世界ではそんな簡単に料理出来そうもない。
まあ、この問題は後回しだな。
俺は鞄の中から金が入った布袋を取り出す。
買い物するためだ。
まずはこの世界の衣服と食料、もし武器もあるなら揃えるつもりだ。
俺は家を出て、さっきの移動中に見かけた鐘のある塔の近くにあったいくつかの店へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
買い物開始から30分。一通り食料や衣服は買い終わった。あとは武器……あるのかな?
6件あるうちの最後の店に行くと……
俺の視線はある物へと吸い込まれた。
銃身の長い銃……間違いない、ライフル銃だ!
俺はそれがある店に駆け寄った。武器屋だ。
「おっ、あんたが旅人さんかい?」
この店の店長なのであろう丸眼鏡をかけた少し痩せ気味の中年男が声をかけてきた。
「そうです。あの、コレ手に取って見たいんですけどいいですか?」
「ああいいよ、だが落としたりはしないでくれよ」
「はい。じゃあ、失礼して」
俺は丁寧にそれを持ち上げてジッと見つめる。
……似ている。
銃の形やレバー、引き金までもが【ヘンリー銃】と呼ばれる《レバーアクションライフル》に。
前世でかつて、南北戦争と呼ばれるアメリカで起こった統一戦争があった。同国北部のアメリカ合衆国と南部のアメリカ連合国。
この2つの勢力の主な違いは奴隷制度と産業だった。
連合国は南のためオレンジなどの果物や綿花
を栽培するの適した気候のため農業が盛んだった。農業作業の機械化がまだできない時代だったために広大な農地での作業には多くの人手が必要だった。そこで労働力として使われたのが、南米やアフリカから連れてきた黒人奴隷だ。連合国は奴隷制度を運用していたのだ。そうすれば大人数を雇っても不当に安い賃金で儲けることが出来たからだ。
その非人道的行為を批判したのが、初代大統領リンカーン率いる平和的・平等的な活動を行っていた合衆国だ。
2つの国は奴隷制や貿易を含めたあらゆることをめぐって戦争を始めた。
連合国側は奴隷なども兵士として参加させることで勝とうとしていた。だがそれでも合衆国側が圧倒的有利であった。
合衆国は工業工場などが多数あり、強力な武器の生産ができた。さらに人口・資源でも勝っていた。
そして、南北戦争で勝利した合衆国側で活躍した兵器の中に、レバーアクションライフル【ヘンリー銃】があったのだ。
ヘンリー銃とは現在の軍隊や警察で使用されている、ボルトレバーを手前に引くだけで撃った銃弾の空薬莢を薬室内から出し、次弾を装填させることが出来る【ボルトアクションライフル】が登場する前に使用されていたライフル銃。
それは現代の銃製造会社『スミス&ウェッソン』が設立される前に創業者2人が開発した【ボルガニック銃】を改良したもので、1860年に『ニューヘイブン・アームズ社』が発売したものだ。そのヘンリーシリーズ最初の銃が【M1860 ヘンリー・ライフル】なのだ。
ボルトアクションとの大きな違いは装填の操作方式だ。
ヘンリー銃は弾を撃ったあと、引き金の下に付いたレバーを銃口方向へ動かすと空薬莢が薬室内から排出されると同時に撃鉄が起こされる。銃身横に備えられた弾倉から弾がスプリングによって薬室内に送られ、レバーを戻して装填完了。発射という手順で装填時間を一気に短縮させたのだ。
【スペンサー銃】と呼ばれるヘンリーと同世代の連発銃に比べて安全装置が無い、エネルギーがそれほど大きくないなどの欠点があるが、16発もの銃弾を戦闘前に装填できるという点は当時とても画期的であった。
その性能もあって、装填機能が付いていない面倒な銃を使用していた連合国側の兵士に勝つことができたのだ。
俺はそれに似た外観の銃のあらゆる部分を見た。
この銃にはヘンリー銃にはあるはずの銃身にくっついた16発分の弾が入るはずの弾倉、
さらに銃口を覗いて見るとライフルリングーーー(銃弾を発射させるときに薬莢内の火薬爆発による推進力で銃弾は発射させるが、その威力を高めるために近年の多くの銃は銃身内には《螺旋状の溝》がある。銃弾は溝に沿って高速で回転しジャイロ効果によって弾道が安定し、直進性が上がる)ーーーーも無かった。
これではライフル銃としての性能はあまり期待できない。
戦闘で使うならライフルリングと弾倉の設置が不可欠だ。
これは失敗作か何かなのか?
それとも銃弾を発射させることを前提としていないのか?
「あの……これについて何か知っていますか?」
眼鏡の中年店長は、ずれた眼鏡を指で直しながら答えた。
「俺もよくは知らないんだが、聞いたところによるとそれは《支援魔銃》別名というらしい」
「支援魔銃?」
「ああ、この国《リーベルト王国》の武器開発研究所で試作されたもんでな。前衛で闘う剣士や騎士達を後方から支援する魔術師用で、溜めた魔力をこの中から発射させて、敵にぶつけるつもりだったらしい」
眼鏡男はさらに説明を続ける。
「試験の結果、比較的遠くの相手に当てられる精度は上がった。
でも使えるのが単体攻撃魔法のみで広域魔法や回復魔法ができない。狙っている間は周りが見えないから周囲から敵が来ても気付けない。魔銃が杖に比べて重い為に持ち運びが不便とかの理由で研究は中止。他に使用用途が無いから研究所から一般市場に回って来た数少ないレア武器なんだが、俺たちも使い方が分からなくてそこに珍武器として飾っていたのさ」
「なるほど」
つまり発射するのは銃弾ではなく、魔法ということか。それならライフルリングも弾倉も要らない。
今の状態では銃弾を発射させるのは無理だが、上手く改造すれば銃弾発射が可能なヘンリー銃にできるかもしれない。
この世界での遠距離攻撃が魔法であれば、ヘンリー銃はそれと同等あるいは、それ以上に離れた場所から攻撃が可能になるかもしれない。
剣士などの近接戦闘を得意とする者を相手する時にはかなり有利になる。
もちろん改造は大変、銃弾の入手方法も分からない。だがそれでも喉から手が出るほど欲しい。
俺は恐る恐る眼鏡男に訊いてみる。
「あの、これっていくらですか?」
俺の問いに対する言葉は俺の両目が白目を剥くほどに予想外だった。
「えーっと30万ホルンだね」
………………く、クッソ高けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
俺は内心絶叫した。
ぼったくりもいいところだ。足元見やがって!
俺の手持ちの金全部を払っても余裕で足りない。
「珍武器はこっちまでなかなか出回ってこないからね。できる限り高値で売るつもりさ」
「安くは…できませんかね?」
食い下がった俺を眼鏡男は一蹴した。
「ムリ。使えないがレア武器はレア武器だ。俺の店にある唯一の目玉なんだ。簡単に売る気はないよ」
どうやらどう交渉しても無理なようだ。
「ううっ……」
俺はガックリと肩を落としながら銃を棚に戻し、安値の剣ばかりが並んだ棚へと視線を移した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まいどありー」
結局俺が買ったのはそこそこリーチのある片手用両刃直剣とナイフ。合計14000ホルン。
俺は欲して止まない魔銃を一瞥し、その場をあとにした。
こんにちは、作者のリッキーです。
ハードフライト2話(プロローグも含めると3話)を読んでいただきありがとうございます。
また投稿が遅くなったこと、申し訳ありませんでした。
さて今回は異世界転生されたシーンからケイが《支援魔銃》の購入を諦めるところまでを投稿させていただきました。
異世界に銃を登場させてみたい、と前から考えていました。しかし近年の銃を剣や魔法が主力の異世界に出すと余りにもチートすぎるので、スペックが高くない150年ほど前に作られたヘンリー銃にしてみました。
ヘンリー銃や南北戦争についてベラベラと語っていますが、ネットで調べた程度ですので間違えているところもあるかもしれません。間違いがある場合は『感想』のひと言の欄でご指摘ください。
次回は村が襲撃され、ケイが戦闘を開始するまでの話を投稿したいと考えています。投稿は10/10までに行いたいです。
今回の話の評価、感想、この小説のブックマークをしていただければ私の小説を書くエネルギーになります。よろしくお願いします。
『次回、守りたい笑顔』