神様とケイ
意識がある。呼吸もしてる。
まずそのことに驚いた。
アスファルト道路ーーーではない柔らかい何かにうつ伏せで寝ているようだった。俺はゆっくりと目を開けた。
俺がいたのは床から壁、天井までもが真っ白で周りには家具も何一つとして無い、無機質で不思議な部屋だった。
ただ、今は真っ白ではない。
部屋全体が微かに朱に染まっているのだ。
そっと振り向くと強力な光が視界に入り、その眩しさに俺は反射的に眼を細める。
映画のスクリーンほどの大きな窓。
ガラス越しに見えるのは赤く染まった雲と言葉に言い表せないほどに美しく輝く夕陽。
そんな心が安らぐような景色をボーッと眺めながら、ふと思う。
雲は俺のいる高度より低い位置にあった。
ということは、この部屋は天空にあるのを意味している。
だが振動も景色が流れる様子も無いことから飛行機の個室でないのは明らか。
ならば此処はどこなのか。
いや、そもそも俺は生きているのか?交差点で暴走したトラックに轢かれて、即死……したはずだ。
あの時、俺の頭が潰れて……意識がなくなって……。
そうだ、俺の頭は!?
俺は両手で後頭部をペタペタと触ってみる。
出血や凹みは一切無かった。
何より今は痛み一つ感じない。
一体何がどうなっているのか理解できないで唸っているとー、
「あら、起きたのね」
突然後ろから聞こえた女性の声。
振り返るとそこには、白い布を全身に纏った金髪の長髪。瞳は青。幻影かと思えるほど美しい女性が階段を降りてきていた。
「誰だ?」
俺は少し警戒しながら尋ねた。
「そうね……君のいた地球で『女神』と呼ばれている存在と言えば分かるかしら?」
そう言いながら、女神と名乗る女性は微笑した。
「は?」
俺は目の前にいるのはキチガイかと思った。
「どうやら私が神だと信じられないようね。ならこれでどうかしら?」
女神と名乗る女性は左手を前に伸ばす。すると突然、光の粒子が発生。それは凝縮し、出現したのは黄金に輝く西洋剣だった。
「テレビのドッキリでもない……みたいだな」
「これで信じてもらえたかしたら?」
まあ、少なくとも人間ではないことは信じることができた。
「ということは……、やはり俺は死んだ……のか?」
「ええ、残念ながらそういうことになるわ」
俺の問いに女神はあっさりと首肯した。
「まさか、本当に天国があるなんてな……」
俺はつい苦笑してしまう。
こんな世界は所詮フィクションでしかないと思っていたからだ。
「正確には天国ではないわ。ここは肉体と別れた魂が天国か地獄どちらかに送られるかを裁く場所に似たようなもの」
ということは俺はこれから裁かれ、天国か地獄に送られるのだろうか?
「でもね、ここは裁きの場所であると同時に救済の場所でもあるの」
「救済?」
「ええ」
少し間を置くと、女神は俺の瞳をジッと見つめながら、こんな事を言い始めた。
「私は君を異世界に転生してあげることにしたわ」
…………………………………………は?
またも突拍子も無いことをカミングアウトされ、今度は思考までもが停止した。
数秒後に俺は思考を再開させ、女神とやらに問い出す。
「転生?俺が別の世界に送られると?ライトノベル小説に出るような異世界に送られて、モンスターとかと戦うと?」
うーん、と女神は少し首を傾げる。
その仕草は妙にかわいかった。
「君が知っているライトノベルとやらに出てくる世界に似てるけど、少し違う部分もあるわ」
女神は前世でこれまでに発刊された異世界系のライトノベルを空中に出現させながら否定した。
「死に間際に君の魂から『飛びたい』という強力な願望が聞こえてね……君のご両親の魂からの願いもあって叶えてあげることにしたのよ」
『両親』という言葉に耳を疑った。
「父さんと母さんが!?」
「ええ、そうよ」
「君は津波で多くのものを失った。それに加え、叶えたかった唯一の心の希望も奪われた。それは可哀想だということで君の両親の魂が、無念の死を遂げた魂を救うのが役目である私に頼んだ訳なの」
……両親は死後の世界でも俺のことを見守っていてくれていたのか。
俺の心になにか温かいものが満ちていく気がした。
「さあ、君に選ばせてあげる。転生しないで裁きを受けるか『飛ぶ』ために転生するこ…」
「転生させてくれ」
俺は少しの迷いもせずに即答した。
「良い返事ね」
「父さんと母さんがくれたチャンスを無駄にしたくは無いからな」
「じゃあ決まりね。異世界での君の体とか年齢に何か希望はあるかしら?」
随分と融通効かせてくれるんだなと内心驚いた。
転生と言ったら、神さまがランダムに設定して送り飛ばすのかと思っていた。
「うーん、年齢は16歳……くらい。あとの体型とか身長は16の俺を元にして欲しい」
「そう、分かったわ」
「あと一つ、頼みがあるがあるんだ」
「あら、何かしら?」
「俺の両親に伝えて欲しい。『叶えるのを手伝ってくれてありがとう』と」
「あら、そんなこと?神である私が目の前にいるからもっと大きな頼みかと思ったわ。まあいいわ。伝えてあげる」
今度は女神が苦笑した。
「欲を出し過ぎれば良くない結果を招くこともあるからな」
「ふうん、ちゃんと弁えているのね」
さてと、と女神は呟く。
「これからあなたの最大の願望を叶えてあげる。チャンスは一度きり。死んでもまた生き返らせるようなことはしないわ」
女神は転生先のことについて説明しだす。
「向こうの世界は君のいた前世から見ればファンタジーな場所よ。魔法や剣とかモンスターとか迷宮もあり。あと前世と比べて重力は少し弱いわ。前世の身体を元にしているから身体能力は若干上がっているはずよ」
女神は何かを思い出したかのようにあることを言った。
「あ、そうそう。君の夢が達成しやすいように2つアイテムをあげる」
女神はそう言うと、光の粒子を発現させた時と同じモーションを取り、ある物が出現した。
「これって……?」
俺の左手の上に渡されたのは、一つの腕時計だった。
それは前世にあった某スマートフォンメーカーの腕時計型情報端末機に似ていた。
「それは異世界に関する情報の検索機能とかが付いているスマートウォッチよ」
女神は端末について細かく説明してくれた。
検索機能が付いているが全ての情報が入っているのは流石にチートすぎるため、必要最低しか入っていないらしい。それにない情報は自分で収集する必要がある代わりに、スキャナーとかの記憶機能は付いているからそれで記録できる。
転生先の世界は日本語ではないから装着した者にしか聞こえない翻訳音声でサポートしてくれる。
あとはア◯プルウォッチとやらとほぼ同じ機能が備わっているとのことだ。
これはとても心強い。どこで生きていくにしろ、情報が無ければ右も左も分からない。
続いて2つ目の物が出現した。
金と銀色の硬貨と紙幣が詰まった麻袋だ。
「転生先で流通している通貨よ。通貨単位はホルン。1ホルンが前世の1円と考えてもらっていいわ。その袋の中には総額10万ホルンがはいっているわ」
女神は金銀硬貨を見せながら説明を続ける。
「ちなみに金1枚が500ホルン、銀1枚が1ホルン、紙幣1枚が5000ホルンよ。家族も知り合いもいない状況で初めから資金ゼロで生きていけ。というのは幾ら何でも無理があるから、これもプレゼント」
これがあれば、暫くは路頭に迷うことも無いだろう。俺は少しながら安堵した。
「以上が今教えられる情報。あとは自分で生きていきなさい」
「それじゃあ私の前に立って」
神さまにそんな近づいてもいいのか、と思いつつも俺は女神の目の前に立つ。
「準備はいいわね?」
俺はコクリと首肯する。
女神は両手を伸ばすと、目を閉じると同時に何かを小声で唱える。
すると、俺の足元から青色の光が輝き始める。
「転移準備はできたわ。準備はいいかしら?」
「ああ」
光が俺を包み始めた。
女神は眩しいくらいの笑みを見せる。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
「ああ」
俺は手を振る女神とやらに感謝しながら、淡い光に包まれた。
こんにちは、作者のリッキーです。2話を読んでいただきありがとうございます。
えー学校の行事の準備により、投稿が遅れました。
今回は女神とケイの会話しかないのでつまらなかったかと思います。
次回は転生したケイが近くの街を目指すまでを予定しております。
2話を見ての感想や質問などお待ちしております。
学校行事や前期成績の関係で忙しかったために執筆中断していました。
9/29から執筆再開しました。
10/4までに3話目を投稿できるように頑張ります。