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アイリーン  作者: 冷水
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思考回廊

自我というものは、ふと気付いた時にはすでに存在しているのだそうです。御主人様が教えてくださいました。

《私》が《私》を《私》と認識し始めたのはいつなのか? とても興味深くはあるのですが、私のメモリを参照しても、判然としません。思考領域がエラーで一杯になってしまいます。


「…ーい」


バグ?

それともスペック不足?

20年も前の旧型モデルだから?

私はポンコツなのでしょうか?


「おーい、アイリーン!」

『はいっ! どうなさいました御主人様?』

「どうしたんだ、ボケッとつっ立って」

『申し訳ございません。思考の中断に遅延が発生しました』


そう、メイドのアンドロイドである私は御主人様の書斎を掃除している途中なのでした。

様々な文学書を無秩序に並べた戸棚に、はたきを入れていきます。ホコリを払った後にそれらを整頓するのも私の仕事です。


「思考ねぇ。君が何を考えてるのか解らなくなってきたぞ。ある日突然、内部的思考を非表示にしてくれ、なんて言い出すんだから」


大きな文机に腰掛けて、ぷらぷら脚を揺らす御主人様。何やら不満そうですが、私の初めてのお願いを快諾してくださったのは彼です。


『理由は明快です。御主人様に思考を読まれるのが、急に恥ずかしくなったのです』

「僕が優しい主人で良かったねぇアイリーン。世の人々は、君よりもっと新型で高性能なアンドロイドにだって、ここまでの権利を与えたりしないんだよ」

『格別のご厚意、感謝しております』


私は経験値の積み重ねによって、人間と同等の意識を獲得しました。感謝の概念さえ理解出来るようになった私は、もはやパーフェクトなメイドです。

日々御主人様への感謝の気持ちと共に職務を全うする。ああ、なんと使用人として理想的な事でしょうか。

誇りを胸に書物の整理を終えた時、インターホンが鳴りました。来客のようです。

御主人様を窺うと、顔をしかめていました。


「アイリーン、今何時だい?」

『午前10時23分です』

「そうか。郵便以外ならお引き取り願って。絶対だぞ」

『かしこまりました』


なにやら不穏な表情でした。会いたく無い方の訪問を予感したのでしょうか。

とは言え出迎えないわけにもいかず、私が階下に降りて玄関を開けます。


『どちら様ですか?』


実はインターホンが鳴った時点で、私の集音マイクは来訪者のしゃべり声を検知していました。すなわち複数です。

私のマシンパワーを持ってしてもやや重い両開きの扉を開けると、楽しげに談笑する男女たちが現れました。

彼らはピタリと静まり、一斉に私に向き直ります。


「ワオ! これってアンドロイドだよな?」

「すっごい綺麗! 今の生産モデルとは違うわね」

「型式番号が古いな。ハルの奴、どこでこんなアンティークを」


取り囲まれて観賞されてます。首筋の型式番号はあまり見られたくないのです。


『あの……すみません皆様。ハル・ハイスは面会を拒否しております。お引き取りください』

「あれぇー? 水くさいじゃないか、おーい、ハル!」

「このメイドってガードロボ? 入っていいよね?」


なかなかの横暴ぶり。私の制止にも耳を貸さず、屋敷に踏み込んで来ます。ちなみにこれは職務怠慢ではありません。ガードロボではないので、危害を加えてまで彼らを追い払うことは不可能です。

騒ぎを聞いたのか、ここで御主人様が降りて来ました。その顔に不穏な色はもうありませんでした。


「やぁ! 君たちだったのか。どうしたんだい、急に押し掛けて」


来訪者の一人が代表して御主人様に歩み寄り、嬉しそうに手を取ります。ほんの瞬間、御主人様が顔をしかめたのですが、彼らに気付く素振りは無いようです。


「悪いな、ホントに急で。この辺りで遊んでたら、ハルの家が近いなって思ってさ。俺ら暇なんだ、上がっていいか?」

「あー、そんなところか……どうぞ」


御主人様は笑って快諾しました。そのまま食堂に案内します。

やはり彼らは気付いていないのですが、笑っていたのは口元だけでした。


「アイリーン、紅茶を淹れてくれたまえ」

『了解しました』


地下の食糧庫へ、私のメモリに残っている限りでは一度も使用されていない茶缶を取りに行きます。それだけ来客は珍しい、いや、一度もありませんでした。

それだけに、気になります。


『集音センサ、スーパーサーチモード…………起動』


聞き耳を立てる。まさに文字どおり、スーパーサーチ状態の私の側頭部には猫耳状のアンテナが立ちます。御主人様曰く、可愛いそうです。メモリ上に比較対象が居ないため、理解はできませんけど。

これで御主人様と来客の方々との会話を盗み聞きします。


「…は、どうしたんだ?大学にも来…いで」

「まぁ、色々あってさ…」

「あのアンドロイドのメイドと何か関係あるの?」

「すっげー美人だよな! オーダーメイド? 造型師誰?」


私の話題の様子。美人だそうです。メモリ上に比較対象が居ないため、理解はできませんけど。


「とりあえず、家のメイドについては置いといて。君たちはここで何をして遊ぶつもりなんだい?」

「えーっと、パーティーとか!」

「おっ良いな! ハルの家広いし、大丈夫だろ?」

「ワオ! 俺サイダーとか持ってるけど、一緒にキメる?」


なお、ここで言うサイダーとは近年若者の間で流行っているドラッグのことです。違法ではないので通報は出来ません。

猫耳を引っ込め、目当ての茶缶を持って戻った時には、パーティーらしきものが始まっていました。一応、紅茶は淹れました。彼らは自前の酒をすでに広げていたのです。しかも何故か人数が増えていました。


待機………………………………………


何を祝ってのパーティーなのか判然としないまま、語るほどの内容も無い乱痴気騒ぎは夕刻まで続きました。

その間、御主人様はティーカップ片手にほとんどの時間を壁際に寄りかかって過ごしていました。途中で複数の女性がスキンシップを図ろうと寄ってきますが、御主人様は迷惑そうに笑っただけでした。


「じゃあなーハル!」

「今日は楽しかったぞ、またな!」

「あのメイドの造型師について教える気になったら、連絡くれよ……」


そして午後6時33分、全ての来訪者が帰りました。

とっ散らかった屋敷をどう効率的に清掃しようか試算していたところ、御主人様が私に話し掛けて来ました。だいぶ飲んだ、と言うか飲まされたようで、足元がおぼつかないのかフラフラしていました。


「彼らは僕とどういった関係だと思う?」


唐突な質問でした。

座るよう勧められ、二人で食堂の長テーブルに着きます。十数人分のグラスと皿が残っていました。

会話から推察するに、彼らは御主人様ととても親しい友人だと思われます。しかし御主人様は楽しげではありませんでした。


『どういったご関係なのですか?』

「大学の同級生。僕はあいつらの半分だって知らない。残りの半分は顔だけ知ってた」

『とても親しい様子でしたが?』

「あっちはそう思ってるんだろうな。なんせ僕は金持ちだから、親しくしておけば、何かと都合が良い」


つまり御主人様は彼らを友人などとは思っていない、と。

ならば何故、表面的な人間関係を保とうとするのでしょうか?学習経験値の浅い私にとっては理解難度の高い事柄です。


『ならば何故――』

「怖いから、だ」


恐怖?


「僕は君を起動してから、まともに人と関わっていないんだ。今は大学もサボってる。きっとあいつら、心の内では僕のこと“アンドロイドと乳繰り合ってる変態オタク”とか思っているに違い無い。ああチクショーあのビッチ共め……」


いつにもまして口数は多く、饒舌でした。酔いの力でしょう。それから何事か呟いて、テーブルにつっ伏してしまいました。

しかし、恐怖。

私には理解出来ない感情です。人間特有の、いわゆる心の闇、と言うやつでしょうか。


「アイリーンさえ居れば……良いんだ……」


……ともあれ、御主人様はお休みになるべきですよね。ベッドまで運ぶこととしましょう。

そう考えてそっと御主人様の身体を抱えた瞬間。

寝ぼけ眼の御主人様の顔が、私の顔のすぐ前にありました。

そして、起こしてしまった事を謝る間も無く。

キスされました。


「冷たいじゃないか、アイリーン…………」


私にはキスに応えるような機能は存在しないため、ただフリーズするばかりでした。使用人にそのような機能が必要になると、誰が予測出来ましょうか。

10秒後、ようやく私が言った台詞は、


『すみません。私はアンドロイドですから』


私が自我を獲得していたばかりに、とても不誠実なものでした。

こんな時、人は押し寄せる感情に苛まれて顔面が発火するそうですが、私の場合はスパークしそうです。

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