再起動
認証キー、m9000:Hal……認証。
「グッドモーニング、アイリーン。聞こえるかな?」
画像スキャン開始……適合率94%……照合完了。
「オーケー。残りの6%が気になるけど、初めまして。僕が君の御主人様。名前はハル・ハイス」
『エラー。コール設定をやり直してください』
Error/606……処理。レコーダー起動。マイク起動。集音補整拡大。
「あれ? 自己紹介が早すぎたか。集音補整はプラス50、それ以上は法に触れるからね。あー、何で君のやってる事が分かるかって不思議に思って……ないか。内部的な思考は君の頭上にホログラフィックで表示されてるんだ。一応言っとく」
『コール設定をやり直してください』
「あ、うん。僕のことは御主人様と呼んでくれたまえ」
『了解しました、御主人様』
待機………………………………
「……えっと、まずは身の周りについて説明しようか。ここは僕の家の書斎。メイドロイドである君の役目は僕のお世話をすること。ここまではオーケー?」
『O.K.』
「違う。かしこまりました、だ」
『かしこまりました』
待機………………………………
「……うん、経験値が不足してるな。外に出てみようか。ついて来てくれ」
歩行プログラム起動。トレース開始。
「ちゃんと歩けるようで安心だ」
………………………停止。最適なプログラムを検索中……
「ん? どうしたんだ、アイリーン?」
『進行方向に大きな段差を検知しました。降下に適したプログラムを検索中です』
「あー……階段かぁ。初期型は階段の登り降りにもプログラム組んでたっけ」
……該当プログラム無し。
『マニュアル操作による重心移動を行います。すべての段差の降下まで、本機に触れないでください』
「なるほど。時間がかかりそうだね。僕が運んであげよう……よいしょっと」
Error/699…………………………
『重心移動を行えません。本機を接地させてください』
「お姫様抱っこは喜ばれるものなんだがなぁ。しかし、御主人がメイドをお姫様抱っことは、どうなんだろうね?」
Error/699………継続……………解除。m9000:Halの意向を優先。待機モードに移行。
「良い子だ。階段は降りたけど、このまま車に乗ってしまおう。案外、悪くないね」
環境情報の取得を開始。現在位置の住所タグを受信…………ポート・リンクス203番地ノッカー・ストリート、ハル・ハイス邸…………取得。
「偉いぞ! 手が空くと自動で学習しようとするのか。僕が運転するのを見たら、アイリーンも運転出来る?」
『運転免許を取得していませんので、不可能です』
「そっか。免許はまた考えとく。これ、家の車だから覚えといてくれ」
『はい、御主人様』
指定車両の管理タグを受信…………2030年モデル、マクライアン社製コメットハーレー・ブルー…………取得。
「高級車だぜ? さぁ乗って。出発だ」
『はい、御主人様』
搭乗座席を視認。着席。待機…………………………
「……映画でも見に行こうか」
『はい、御主人様』
発車を確認。位置情報を更新…………
「……なんだかデートみたいだね。君の経験値、つまり生活に必要な集積データを稼ぐためなんだがね。そこのところ勘違いしないでくれたまえ」
『了解しました』
「いや冗談だよ。君がデートだと思ってくれるなら、身に余る光栄だ。君はとても美しいから」
『了解しました。これはデートです』
「あぁ……難しいなぁ……」
周辺マップ構築。位置情報を更新…………ポート・リンクス、セントラルモール前パーキング…………取得。
「近場にモールがあって助かる。服や食料品なんかはネットで買えるから、場所自体に価値が付く映画館くらいしか残ってないが。寂しいだろ?」
コメットハーレー・ブルーより降車。ハル・ハイスに追従。
周辺の動体反応、極めて小数。
『はい、寂しいです』
「ふむ、周囲の人口密度からそう定義したのかな? そうだ。そこのショーウィンドウを見てごらん」
ショーウィンドウ。
見せるモノ。空っぽのケース。
映すモノ。一人の女性。
「君、自分の姿を確認してなかったよね。鳶色の長い髪、群青色の瞳、白磁の肌、上品なメイド服には銀のボタン。空っぽの虚像がアイリーンの実在を証明している」
《私》の実在………………………………取得。
「君がいつか、この言葉を理解してくれますように」
『努力します』
「そうか。映画……何を見ようか?」
ハル・ハイスに追従……………………目的地に到着。
位置情報を更新…………ルービック・シアター、ポート・リンクス支館…………取得。
「僕ら以外に客はいないようだ」
『寂しいです』
「や、そういう事じゃなくてだね……貸切状態て事」
エントランスホール通過。上映プログラムの受信……不可能。館内の無線ルータに不具合を確認。
「壊れてそのまま放置か。価値が付くとは言え、映画館だって廃れてくんだなぁ」
『モニターを直接確認します』
「それが良い。経験値の足しになりそうな映画を、君が選んでみてよ」
文字配列情報から検索ワード《メイド》を抽出…………
『出ました』
「どう?」
『昼下がりの情熱~メイドと御主人様とのイケない―』
「ダメだっ! 認めないぞそんなの!」
『発言の意図を理解出来ません』
「ごめん、僕が選ぶよ。そうだな……ブルー・マグノリアの墓標、なんてどうかな? ロボットが出てくるぞ」
……………………………………………
雨。
廃墟。
人を模倣した殺戮兵器の、残骸。
男が一人、弔花を捧げる。彼女の魂を鎮めるために。
膨大な電子の海に身を投げ出した彼女は、なおも闘いを止めようとしない。癒せぬ傷を引きずったまま。来る日も来る日も、同じ回路を巡り続けている。
命題は救済。
道端の花を見つめて、男はただ彼女の魂の平穏を祈るしかない。
………………………………………………
「……」
『いかがなさいましたか?』
「……これが機械になった人間の話だと、はたして君は理解出来たのかな? いささか突拍子も無い映画だ」
『現代の技術を用いれば、全身の98.3%をマシン・テクスチャーで代替することが出来ます。概算して、人間は機械になれます』
「なるほど。じゃあ機械は人間になれる?」
『不可能です。マシン・テクスチャーは構成材質が人間と異なります』
「そうじゃない。人間の魂を持った機械は、果たして機械と言えるのかって事さ」
魂。空っぽの虚像は魂を映す?
映すなら、彼女は人間。
映さないなら、彼女は――
思考中………………………………
『…………判りません』
「ま、そうだろう。帰ろう」
ハル・ハイスに追従。ルービック・シアターより退出。さらに追従…………コメットハーレー・ブルーに搭乗。
「…………ふふ」
『いかがなさいました?』
「質問の意図は理解してくれたようで嬉しいよ。君はどうなるかな、アイリーン」
ハル・ハイスの表情筋にプラスの感情を検知。
笑顔…………トレース開始。
「おや、君も嬉しい事があったのかい? 素敵な笑顔だ」
『ブルー・マグノリアの墓標』についてはこちら
http://ncode.syosetu.com/n7768cm/
3分で読めますので、よろしければどうぞ