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アイリーン  作者: 冷水
1/3

再起動

認証キー、m9000:Hal……認証。


「グッドモーニング、アイリーン。聞こえるかな?」


画像スキャン開始……適合率94%……照合完了。


「オーケー。残りの6%が気になるけど、初めまして。僕が君の御主人様。名前はハル・ハイス」

『エラー。コール設定をやり直してください』


Error/606……処理。レコーダー起動。マイク起動。集音補整拡大。


「あれ? 自己紹介が早すぎたか。集音補整はプラス50、それ以上は法に触れるからね。あー、何で君のやってる事が分かるかって不思議に思って……ないか。内部的な思考は君の頭上にホログラフィックで表示されてるんだ。一応言っとく」

『コール設定をやり直してください』

「あ、うん。僕のことは御主人様と呼んでくれたまえ」

『了解しました、御主人様』


待機………………………………


「……えっと、まずは身の周りについて説明しようか。ここは僕の家の書斎。メイドロイドである君の役目は僕のお世話をすること。ここまではオーケー?」

『O.K.』

「違う。かしこまりました、だ」

『かしこまりました』


待機………………………………


「……うん、経験値が不足してるな。外に出てみようか。ついて来てくれ」


歩行プログラム起動。トレース開始。


「ちゃんと歩けるようで安心だ」


………………………停止。最適なプログラムを検索中……


「ん? どうしたんだ、アイリーン?」

『進行方向に大きな段差を検知しました。降下に適したプログラムを検索中です』

「あー……階段かぁ。初期型は階段の登り降りにもプログラム組んでたっけ」


……該当プログラム無し。


『マニュアル操作による重心移動を行います。すべての段差の降下まで、本機に触れないでください』

「なるほど。時間がかかりそうだね。僕が運んであげよう……よいしょっと」


Error/699…………………………


『重心移動を行えません。本機を接地させてください』

「お姫様抱っこは喜ばれるものなんだがなぁ。しかし、御主人がメイドをお姫様抱っことは、どうなんだろうね?」


Error/699………継続……………解除。m9000:Halの意向を優先。待機モードに移行。


「良い子だ。階段は降りたけど、このまま車に乗ってしまおう。案外、悪くないね」


環境情報の取得を開始。現在位置の住所タグを受信…………ポート・リンクス203番地ノッカー・ストリート、ハル・ハイス邸…………取得。


「偉いぞ! 手が空くと自動で学習しようとするのか。僕が運転するのを見たら、アイリーンも運転出来る?」

『運転免許を取得していませんので、不可能です』

「そっか。免許はまた考えとく。これ、家の車だから覚えといてくれ」

『はい、御主人様』


指定車両の管理タグを受信…………2030年モデル、マクライアン社製コメットハーレー・ブルー…………取得。


「高級車だぜ? さぁ乗って。出発だ」

『はい、御主人様』


搭乗座席を視認。着席。待機…………………………


「……映画でも見に行こうか」

『はい、御主人様』


発車を確認。位置情報を更新…………


「……なんだかデートみたいだね。君の経験値、つまり生活に必要な集積データを稼ぐためなんだがね。そこのところ勘違いしないでくれたまえ」

『了解しました』

「いや冗談だよ。君がデートだと思ってくれるなら、身に余る光栄だ。君はとても美しいから」

『了解しました。これはデートです』

「あぁ……難しいなぁ……」


周辺マップ構築。位置情報を更新…………ポート・リンクス、セントラルモール前パーキング…………取得。


「近場にモールがあって助かる。服や食料品なんかはネットで買えるから、場所自体に価値が付く映画館くらいしか残ってないが。寂しいだろ?」


コメットハーレー・ブルーより降車。ハル・ハイスに追従。

周辺の動体反応、極めて小数。


『はい、寂しいです』

「ふむ、周囲の人口密度からそう定義したのかな? そうだ。そこのショーウィンドウを見てごらん」


ショーウィンドウ。


見せるモノ。空っぽのケース。

映すモノ。一人の女性。


「君、自分の姿を確認してなかったよね。鳶色の長い髪、群青色の瞳、白磁の肌、上品なメイド服には銀のボタン。空っぽの虚像がアイリーンの実在を証明している」


《私》の実在………………………………取得。


「君がいつか、この言葉を理解してくれますように」

『努力します』

「そうか。映画……何を見ようか?」


ハル・ハイスに追従……………………目的地に到着。

位置情報を更新…………ルービック・シアター、ポート・リンクス支館…………取得。


「僕ら以外に客はいないようだ」

『寂しいです』

「や、そういう事じゃなくてだね……貸切状態て事」


エントランスホール通過。上映プログラムの受信……不可能。館内の無線ルータに不具合を確認。


「壊れてそのまま放置か。価値が付くとは言え、映画館だって廃れてくんだなぁ」

『モニターを直接確認します』

「それが良い。経験値の足しになりそうな映画を、君が選んでみてよ」


文字配列情報から検索ワード《メイド》を抽出…………


『出ました』

「どう?」

『昼下がりの情熱~メイドと御主人様とのイケない―』

「ダメだっ! 認めないぞそんなの!」

『発言の意図を理解出来ません』

「ごめん、僕が選ぶよ。そうだな……ブルー・マグノリアの墓標、なんてどうかな? ロボットが出てくるぞ」


……………………………………………


雨。

廃墟。

人を模倣した殺戮兵器の、残骸。

男が一人、弔花を捧げる。彼女の魂を鎮めるために。

膨大な電子の海に身を投げ出した彼女は、なおも闘いを止めようとしない。癒せぬ傷を引きずったまま。来る日も来る日も、同じ回路を巡り続けている。


命題は救済。

道端の花を見つめて、男はただ彼女の魂の平穏を祈るしかない。


………………………………………………


「……」

『いかがなさいましたか?』

「……これが機械になった人間の話だと、はたして君は理解出来たのかな? いささか突拍子も無い映画だ」

『現代の技術を用いれば、全身の98.3%をマシン・テクスチャーで代替することが出来ます。概算して、人間は機械になれます』

「なるほど。じゃあ機械は人間になれる?」

『不可能です。マシン・テクスチャーは構成材質が人間と異なります』

「そうじゃない。人間の魂を持った機械は、果たして機械と言えるのかって事さ」


魂。空っぽの虚像は魂を映す?

映すなら、彼女は人間。

映さないなら、彼女は――

思考中………………………………


『…………判りません』

「ま、そうだろう。帰ろう」


ハル・ハイスに追従。ルービック・シアターより退出。さらに追従…………コメットハーレー・ブルーに搭乗。


「…………ふふ」

『いかがなさいました?』

「質問の意図は理解してくれたようで嬉しいよ。君はどうなるかな、アイリーン」


ハル・ハイスの表情筋にプラスの感情を検知。

笑顔…………トレース開始。




「おや、君も嬉しい事があったのかい? 素敵な笑顔だ」

『ブルー・マグノリアの墓標』についてはこちら

http://ncode.syosetu.com/n7768cm/

3分で読めますので、よろしければどうぞ

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