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人工惑星  作者: 赤靴下
8/49

2-2

 正午まであと少しという時に、初めて窓ガラスの向こうに人が見えた。ぼんやりしていたアキははっとして、膝の上に手を置き背筋を伸ばした。痩せた人がガラスの前を通り過ぎ、すぐに店のドアが開いた。


「いらっしゃいませ」アキは入ってきた人に声をかけた。


 客はひょろりと背の高い男だった。頬がややこけているのと、ぴっちりした上着のせいでかなりやせて見える。アキを見て男は驚いたように瞬きして、こんにちは、と挨拶を返しまっすぐカウンターに歩いてきた。


「あー、リンゴはいますか。先日連絡を受けたのですが」アキが尋ねる前に男は用件を言った。


「リンゴさんですか?」一人目の客が予想外のことを言い、アキはちょっと拍子抜けした。

「はい、います。今呼びますね」


 呼び鈴を鳴らすとリンリンと大きな音が響き、すぐに階段を下りてくる音がした。


「どうしたの?ああ、あんたか」顔を出したリンゴは、どうやら知り合いらしく男を見て頷いた。

「そういや今日来るって言ってたね」


「忘れていたのか」男は呆れたように言った。

「星はどこに?」


「今持ってくるよ」リンゴはそう言って奥へ姿を消し、すぐに戻ってきた。右手に持っているガラス箱が、昨日この店のカウンターで目にしたものだとアキはすぐに気が付いた。

「これだよ」


 男はガラス箱を受け取り、それを目線の高さに持ち上げて眺めた。


「やっぱり惑星ってやつでしょ?」


「確かに」男はガラス箱を見つめたまま頷いた。

「誰が置いていったか分からないのか」


「うん、前に言った通り」リンゴは首をかしげた。

「この間、閉店の時に気が付いてさ。カウンターに置いてあったんだけど。誰かの忘れ物とか?」


「私以外に科学者がだれか来たのか?」


「来てないね。じゃあ忘れ物ってわけでもないか」


「そうだな……科学者でもない人間がこんなものを持っているとは考えにくい」男はガラス箱を下ろした。

「ナンバーは入っているな。調べればどこのものかは分かるよ。とりあえず、こっちで預かるぞ」


「そうして」リンゴは頷いて、話す二人を交互に見ているアキの方を向いた。「アキ、こいつはヒイラギ。科学者だよ」

「ヒイラギ、この子はアキだ。店長の孫だよ、前に話したろ?」


「ああ、この子がそうなのか……」ヒイラギという男はアキをちょっと眺めて会釈した。

「はじめまして」


 アキも会釈を返した。

「科学者なんですか」


「そうだよ。星の研究をしている」


「星?」


「人工の星を作っているんだ。こいつもそうなんだ」ヒイラギは手に持ったガラス箱を持ち上げて見せた。


 箱の中に小さな球体が浮かんでいるのを、アキはじっと見つめた。

「これが星なんですか?」


「星のもとみたいなものだ。これが成長していって、星になるんだよ」


「はあ……」


「興味があるならさ、研究施設に行ってみるといいよ」リンゴが言った。

「今ならすっごく歓迎してくれるから。それこそ貴族みたいに」


「まあ、それくらいのもてなしもあり得るな」ヒイラギが笑った。

「本当に客が少なくてまいる」


「宣伝が足りないからじゃないの?」


「そうなのか……外じゃ人と話すたびにパンフレットを渡しているんだが」


「そのやり方もまずいわ。胡散臭いと思われてるんだから、チラシとかじゃなく実績で証明しないと」


「実績ね……」


 ヒイラギは少しの間リンゴと世間話をして、それからパンフレットをアキに渡すと店から出て行った。


「科学者と会ったのは初めてでしょ」


「はい。宗教人みたいな感じかと思ってましたけど、普通の人ですね」


「うん、まあ普通だよ。うわさが独り歩きしてるのかも。実際、中には変人もいるみたいだけど」


「よく来るんですか、あの人」


「時々ね。食べ物とか本を買いに来るんだ。今回はちょっと違ったけどね」


「あの、星って呼んでたのは何なんですか」


「さっきヒイラギが説明してたでしょ。あれが連中が造って研究してる、星だよ」


「何かの比喩なんですか?」


「違う違う。あのガラスの中に白い球があったでしょ。あの中に陸とか海とかが実際にあるんだ。科学者はあの中で植物とか、動物を育ててるんだって」


「そんなことができるんですか」にわかには信じがたい話に、アキは眉をひそめた。


「まあ、胡散臭い話だよね。実際に見るまでは私も信じなかったよ」


「実際に見たんですか?」アキは驚いて尋ねると、リンゴは頷いた。


「そのためにあいつら、科学者は研究施設を公開してるんだよ。一般人にとっては得体の知れないものを、ちゃんと知ってほしいのさ。今も行けば実際に星が見られるよ」


「へえ……でもなんで、この店に星があったんですか?」


「あれかい?それがさ、あれ気が付いたらうちにあったんだよ」リンゴは眉をひそめた。

「この町の科学者の連中が扱っててさ、もちろんそこらの店で売られてるようなものじゃないんだ」


「普通の人が持ってるようなものじゃないってことですか」


「そりゃ物が物だし、普通の人間なら気味悪がって持とうとしないだろうしね」


「それで、ヒイラギさんに引き取ってもらったんですか」


「そう。後はあいつ任せだね」そう言うと、リンゴは伸びをして首をこきこき鳴らした。

「そろそろ昼だね。何か飯作ってくるからさ、それ食べたら店番交代しよう」

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