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人工惑星  作者: 赤靴下
6/49

1-6

「それはね、失敗作」

 アキが目を上げると、リンゴが煮立つ鍋に野菜を入れ、こっちを見て微笑んだ。


「失敗作?じゃあ、これはリンゴさんが作ったんですか」


「その通り。下手くそなもんでしょ」


「いえ……」アキは木彫りをしげしげと眺めた。

「これ、何の動物ですか?」


「クジラをモデルにした動物」


「クジラ?」アキはオウム返しに尋ねた。

「うん。あれ、クジラを知らないの?」リンゴは驚いたように言った。

「そりゃびっくり」


「聞いたことがないです。こういう動物なんですか?クジラって」

「そうだよ。まあ本物は目は二つしかないけど。それにしても最近の子はクジラを知らないのか……」リンゴは呆れ顔でうなずいていたが、彼女もアキとそんなに年は離れていないように見える。


「クジラってそんなに有名なんですか?」アキは眉をひそめた。故郷の町でもそんな動物の名前は一度も耳にしたことがない。


「いや、有名じゃないね」


「はっ?」


「あはは、実は私もよく知らない。ていうか、とっくの昔に絶滅しちゃった動物らしいから、学者くらいしか知らないんじゃない?」


「からかってたんですか」今度はアキが呆れた顔になるのを見て、リンゴが笑った。


 アキはスプーンをテーブルに並べ、皿を料理台の上に置いた。


「そういうのをね、時々作ってるんだよ」リンゴがナイフを手に取って言った。「そこらに掛かってる絵も私が描いたんだ」


 アキは台所の壁に掛かっている大小いくつかの絵を見まわした。今日ここに初めて入った時に見た絵もある。すべて風景画だったが描かれているものはバラバラで、砂漠だったり、森だったり、なんだかよくわからない動物らしきものだったりした。砂漠の絵の砂は鮮やかな赤色で、森の絵の木の葉は灰色に塗られている。描かれた動物は4本足で岩場を歩いており、体全体の造形は馬のようだったが、足には蹄ではなく長い5本の指が生えている上に口は大きく裂けており、横を向いた顔の側面には目が2つ付いていた。仮に顔の反対側にも同じように目が付いているなら、合計で目玉が4つある生物ということになる。


「なんだか……奇抜ですね」アキは絵を見ながら言った。最初に見た街の絵もそうだったが、写生画のように丁寧なのに描かれているものがおかしな具合に現実離れしている。まるで夢に見た光景を描いているようだった。


「表現主義って画風ですか」


「まさか、そんな高尚なもんじゃないよ」リンゴは笑った。

「それは全部写生さ。写真を見て描いたんだけど」


「写真?」アキは唖然としてリンゴを見た。

「じゃあ、こんなのが実際にあるんですか」


「少女よ、世界は広いのだよ」


「はい?」


「うん、つまり、実際にあるんだ。そういうのが」


「はあ……すごいですね」


「大自然の驚異だね」


 からからと笑うリンゴを見て、変わった人だな、とアキは思った。


 

 夕飯が終わった後も、リンゴはあれこれとアキに話題を振った。もともとしゃべるのが好きなことは途中でアキも分かってきた。話し相手に飢えていたのか、リンゴはよくしゃべった。


「そういや、なんでこっちに来たんだっけ?」


「私ですか?父が外国へ行くことになったんです、仕事で」


「へえ、お父さんは何の仕事を?」


「学院で教師をしてます。研究者も兼ねて」


「何の研究?」


「トカゲです」アキはちょっとためらってから答えた。


「トカゲ?変わったもの研究してるね」


「よく言われます」


「その、外国で新種でも見つかったの?」


「ええ、そう言ってました」


「行動的な人だねえ」


「昔から変人で通ってますから」


「お父さんについて行こうとかは思わなかったの?」


「いや、まさか」アキは首を横に振った。

「時間もお金もかかりますし、私には退屈でしょうし」


「それで、店長、というかお祖母さんのところに」


「はい。父も結構長く向こうに滞在するとかで」


「でも学生でしょ?学院はどうするの?」


「学院は今年卒業しました。父が教師の職に空きを見つけてくれたんですが」


「ああ、学者が親だとそういうコネがあるんだ?いいねぇ」


「それしか選択肢がないようなものですよ。恵まれてるのは確かですけど……でも、空きがあるって言っても実際には一年待たないといけないんです。来年退職される方がいらっしゃって」


「なるほど。それで、その人が辞めて空いたところに入るんだ。一年前から予約済みってわけか」


「そんな感じです」


「それまでお祖母さんのところでゆっくりできるのか。うらやましいねぇ」リンゴは横目でアキをじろりと見た。


「はは……」アキは苦笑いした。


「いや、冗談だけどね」

 やっぱりか、とアキは思った。


「私が先生をするのは多分無理だな」リンゴは頬杖をついて言った。

「学院も中退しちゃったし」


「そうなんですか」


「そうなのよ。不良学生でね、授業サボって絵を描いたり、ああいう変なのを作ってたりした」リンゴは食器棚の上のクジラの木彫りを指差した。


「好きなんですね、絵を描くの」


「大好きだなあ。それでここで働きながら絵とかを売ろうとしてるんだ。全然売れないけどね」


「なるほど」


「未来の巨匠の絵だよ。一枚どう?」


「遠慮します……」

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