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人工惑星  作者: 赤靴下
47/49

8-4

「驚きましたよ、ベッドが空っぽだったんですから。あなたに何かあったら、私達はソテツ博士に殺されてしまいます」


 女性がほっとした顔でそう言う間にも、雨脚がだんだん強くなってきた。


「あの――」


「こちらへ。この雨で熱がぶり返しでもしたら大事です。状況が分からないでしょうけれど、きちんと説明しますから」


 口を開きかけたアキを遮り女性はアキの上に傘を差し出したまま、もう片方の手でアキが出てきた大きな建物を指し、まだ半分放心状態のアキの肩を取って誘導した。


「ここまで歩いて出てこれるんですから、体力は十分回復したようですね」アキと並んで歩きながら、女性が言う。

「気分が悪かったり、頭が痛かったりしませんか?」


 女性はぼーっとして歩いているアキの顔を覗きこむように体をかがめた。


「アキさん?」


「い、いえ、大丈夫です」アキは脳裏に焼き付いた光景を振り払うように頭を振った。今考えるべきなのは、何がどうなっているのかさっぱり分からない現状だ。


 建物に入り、濡れたスリッパを脱いだ。


「すみません、汚してしまって」


「かまいませんよ」女性はアキの謝罪に笑みを浮かべて答えたが、すぐに不思議そうな表情になった。

「それにしても、なぜ外へ出たんですか?体力は回復したとは言え、動くと疲れるでしょう」


 女性はそう尋ねてから思い当ったように目を開く。


「もしかして、ちょっと混乱してしまいましたか?熱が出ていた間はほとんど意識が戻りませんでしたから、起きたら全然知らない場所にいて、驚いたでしょう」


「それなんですが」アキはさっき通った薄暗い待合室を歩きながらおずおずと尋ねた。女性の口ぶりは優しかったが、初対面の相手にここまで愛想よくされるのは何だかおかしな感じがした。

「ここはどこなんですか?雑貨屋で倒れてから記憶が無くて」


「ここは、そうですね、医療施設です」女性は、どう説明すればよいかと考えているように少し間をおいて答えた。

「外の町を見たでしょう。ここはこの町の住人達が利用していた診療所ですが、今は私達がちょっと拝借させてもらってます」


「私達?」アキは聞き返した。


「はい。私達――つまり、科学者です」


 女性とアキは廊下を通り、アキが寝ていた部屋のドアを開けた。


「さあ、横になって下さい。熱は下がりましたが、まだあなたには休息が必要なはずです」


 アキは女性に促されてベッドに腰掛けた。女性の言うとおり、急速に疲労が襲ってきていた。しかし、横になる前に、聞いておかなければならないことがあった。


「さっき、ソテツ博士と言いましたけど」アキは突拍子もない予想を突如思い浮かべ、それが間違いであることを祈った。

「その人も科学者なんですか?」


「え?」女性は目をぱちくりさせた。

「ええ、それはもちろんそうですよ。というか、ソテツ博士はあなたのお父様ですよね?」


 アキがそれを聞いて最初に考えたのは、人違いではないかということだ。同名の人間なんてこの世に山ほどいるだろう。自分の父親と同じ名前の科学者がいたっておかしくはない。そもそも父からそんな信じがたい話は一度だって聞いたことはなかった――自分が科学者であるなどと。


「アキさん?」女性が茫然自失のアキを訝しむように呼びかけた。

「大丈夫ですか?やはり、疲れているんでしょう。今は眠ったほうがいい――」


「い、いや、あの」アキは急いで遮った。混乱しているせいで舌がもつれる。

「父親?私の、ですか?」


「ええ、そうですよ」女性はうろたえるアキを心配そうに見た。

「ソテツ博士です。あの人が熱を出したあなたをここに連れてきたんですよ。あのまま地上にいたのでは、あなたの命の危険がありましたから」


「父が……?」あまりにも唐突すぎる話にどうにも理解が追い付かない。一体どういうことなのか。アキの父親は学院で教鞭をとっている、ごく普通の教師のはずだ。そしてそれよりも、アキには父親についてどうしても確かめねばならないことがあった。雑貨屋で倒れる前に目にした、あの手紙に書かれていたことだ。


「あの」女性がまさか、というような表情でためらいがちに尋ねる。

「知らないんでしょうか?ソテツ博士が――お父様が科学者だということ」


 アキはごちゃごちゃになりつつある頭を抱え、女性をぼんやりと見つめた。


 答えが欲しい。祖母のこと、科学者のこと、人工惑星のこと、父のこと、自分のこと、自分が今まで信じていたこと、ここがどこで、何が起きているのか。何もかも事情を知る誰かがいるなら、説明して欲しい。


 霞がかったような現実と病み上がりの疲労に、もはや脳が限界を迎えたのか、またしても強烈な眠気がアキを襲った。頭が勝手にがくんとかしぐ。


「アキさん?大丈夫ですか?」女性の慌てた声に重なるように、別の声がした。


「ホウジャク、娘さんの容体はどうだ?」


 足音が近づいてきたが、その主を見るだけの余裕がアキにはなかった。視界がゆれて、暗転する。せめて次に目覚める時は、もう少し頭の中がすっきりしていることを願った。

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