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人工惑星  作者: 赤靴下
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8-1 アキ

 暑い。


 日光がガンガン照りつける。坂を上っていく。早く科学施設の中に行って涼みたい。そうすれば人工惑星も元に戻るはずだ。


 暑い。


 のどが渇く。四つ目の馬面をした珍妙な動物が前足で岩を掴む。突然どしゃ降りの雨が岩場に叩きつけるように降り出した。そうだ、これを飲めばいい。のどが渇く。


 暑い。


 ゆらゆらと空気がゆれる。火が燃えているのだ。階段の下に火がついて迫ってくる。これでは駄目だ。走らねば。


 熱い。


 白い階段を駆け上がる。息が上がり、体が火照る。それでも階段を上る。


 熱い。


 踊り場で立ち止まり、自動ドアが開く。部屋に入ると、一面火の海。部屋の真ん中に床と天井を貫いて巨大な木の幹が生えている。燃えている。


 熱い。


 椅子に座っている父の肩を揺さぶって名前を呼ぶ。早くここから出ないと。そう言っているのに、父はデスクに寝そべる大きなトカゲに夢中だ。早く出ないと。


 あつい。


 光っているのは太陽ではなく、向こうに立っている人の後ろから射しているのだ。だからまぶしくて熱いんだ。もう一度父の名を呼んだが、父は坂を下って行ってしまった。私も急いで行かないと。


 あつい。


「父さん」


 あつい。


「どこ」


「ここにいますよ」


 あつい。


 父はどこに?


 暑い。熱い。


 あつい。



 目が覚めると、ぼやけた白い天井を見つめていた。何度か瞬きをして、ようやく目の焦点があった。寝ている場所のすぐ横には窓があり、緑のカーテンの向こうから弱い日光が差し込んでいる。

 

 上体を起こそうとして、できないことに気が付いた。全身の骨と筋肉が鉛になったかのように体が重い。腕すら少し動かしただけですぐに力が抜けてしまった。


 霞がかかったようにぼんやりした頭に、徐々にパニックが忍び寄ってくる。口を開けたが声が出ない。かすれた奇妙な音が少し発せられただけだった。


 どうにか首を横に曲げると、室内が見えた。きれいに磨かれた木目模様の床に、天井と同じ白い壁。木製の机と布張りの椅子が一組置いてある小さな部屋だ。カーテン越しの日光だけが照明の薄暗い中でさえ、この部屋がとても清潔なのがよく分かった。


 目に異様に映ったのは、自分が寝ているベッドのすぐわきに立っている金属製のまっすぐな棒だ。自分の身長よりも少し高く見えるそれはてっぺんが枝分かれしていて、そこには小さな透明の袋が口を下にしてぶら下がっている。何か文字が書いてあるその空の袋の口には、細い管がつながっていた。


 ベッドの隣には小さなサイドテーブルもある。乗っている水差しとコップに目が行き、そこで初めてのどが焼けているかのようにカラカラであることに気が付いた。


 もう一度起き上がろうとして腹筋に力を込めるが、腹立たしいことに頭を少し持ち上げるので精いっぱいだった。何とか水差しを取ろうと手を伸ばし、ようやく取っ手を掴むことに成功した。水差しをゆっくり持ち上げようとしたところで、ドアの向こうから近づく足音に気が付いた。


 突然ドアが開いて、白い長衣を着た女性が早足で入ってきた。水差しを掴んだまま硬直しているこちらに気が付く。女性は驚いたように一瞬立ちすくんだが、すぐにベッドわきに膝をつき、自分の手から水差しを取った。


「意識が戻りましたか。よかった、あなたは本当に危ないところでしたから」女性はそう言いながら水をコップに注ぐ。

「あなたのお父さんもこれを知れば安心なさるでしょう」


 父。それを聞いてゆっくりと記憶が戻ってくる。あの手紙には――


「ちょっと失礼しますよ」女性は寝ている自分の背中の下に腕を差し入れ、上半身を起こしてくれた。

ベッドのヘッドボードに身体をもたせ掛けて息をつく。


「さあ、どうぞ」女性が差し出したコップを、重い腕を上げて受け取る。手が震えて危うく落としそうになったが、女性がさっと手を差し出して支えた。


「体力の消耗が著しいですね。熱はおおよそ下がりましたから、ゆっくり回復していきましょう」


 そう言う女性の手を借りて、コップを口元に運ぶ。唇に冷たい水が触れた瞬間、のどの渇きが倍になったように感じた。


「少しずつ飲んで下さい。一気に飲むと体が驚きますから」

 しこたま飲み干してしまいたい衝動をぐっと抑え、女性の言うとおりにゆっくりと水を口に含む。カラカラになったのどにしみる感覚とともに、頭の中の霞が少し薄れるのが分かった。それと同時に、どっと疲れが襲ってきた。まるで今まで身体の疲労を感じる機能が麻痺していたかのようだ。


 女性の手が伸びてきて自分の額に触れた。


「まだ少し熱がありますね。休んでください。今あなたに必要なのは何よりも休息ですから」


 頭が枕に乗り、毛布が掛け直されると抗いがたい眠気が全身を覆った。しかし一つだけ、眠る前に確かめなければならない。立ち上がろうとする女性の長衣に触れて口を開く。水に濡れたのどが、今度は何とか言葉を発した。


「父は――?」


「大丈夫ですよ、アキさん」女性は優しく微笑んだ。

「あなたのお父さんは今少し出かけていますが、すぐに戻ってきます。安心して下さい」


 まぶたが重い。それ以上何かを尋ねる前に、眠りが意識を闇に引きずりこんだ。

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