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問題はその科学者が、ソテツ博士ということだ。私が知るソテツという名の科学者は一人しかいない。先日科学者として最も名誉ある勲章を受章したホーム5所属の科学者だ。新聞でしか目にしたことのない人物の名前にこんな場面で出くわすとは予想だにしなかった。
もしかして同名の違う人物なのだろうか。しかしキジの言葉を考えれば、今私達科学者の中で有名なソテツと言ったらやはり一人しかいない。どうやらキジの息子にしてアキの父親というその科学者は、本当に「あの」ソテツであるようだ。
そうだとして、ならばなぜソテツ博士は自分の娘をこっそりと連れて行ったのか。キジが言っていた科学者のテロとは何なのか。ソテツ博士はそれとどう関わっている?こんな田舎町の科学研究施設の私達にもそれは少なからず関係があることなのか?
雑貨屋の前に着くと、キジが振り返った。
「さて。それでお前はあの馬鹿息子について、どこまで知っているんだい?」
「その前に確かめさせてください。あなたの息子さんは、本当にソテツというんですね」私は信じられない思いでそう言った。
「今、私達科学者の内では確かにソテツ博士の噂で持ちきりです。科学者で彼を知らない者はいないでしょう」
「『噂』かい」キジは訝しむように目を細めた。
「ソテツは昨晩、私の家を訪れた。その時ホーム5からここまで駆け付けたと言っていたんだ。星間列車と地下列車を使ってね。ということは、あれはこの町の科学施設に姿を現しているはずだ。ならあんたも、その時あれに会っているんじゃないのかい?」
「あ、あなたは」衝撃に私の口がぱくりと開いた。
「それを知っているのか」
「それっていうのは何だい」キジは呆れたように言った。
「ホームと列車のことなら、もちろん知っているさ。私の息子が科学者なんだから、当然のことだろう」
「じゃあ、あなたはどうして――?」
「そんな質問は後にしてくれ」いらだたしげにキジが私の言葉を遮った。
「今は私が聞いているんだ。お前はソテツに会ったことがあるんだろう?」
私は次々に浮かび上がってくる疑問を飲み込んだ。どうやらこの老婆は、見た目だけではなく、その素性もただの人間ではないようだ。しかしそれを聞くには、まずアキの安否を確認する必要がある。
「私はソテツ博士に会ったことはありません。ですが、博士に会ったことのある者から、彼は確かにこのホーム7に訪れているという話を聞きました」私は昨日のウスイの話を思い出しながら答えた。
「まさか、この町に来るとは思ってもみませんでしたが。というか、ソテツ博士は本当にうちの科学施設に現れたんでしょうか。もしそうなら、私も含め施設内の全員にそれが知れ渡っていてもおかしくない。今、博士はそれほどの有名人なんです」
「だからこそだよ。ソテツがそんな有名な奴だから、お前は、というかこの町の科学者はソテツがここに来たことを知っているんじゃないかと私は考えたわけさ。それに、お前達科学者が使う列車は、科学施設からしか乗れないだろう」
「それはそうですが、私は昨日うちの科学施設にソテツ博士が来たなんて話は全く耳にしていません。今話した通り、知人から博士がこのホームに訪れていると聞いただけです。もし博士が科学施設に現れたというのなら、人目に付かずこっそり来たと考えるしかない」
キジが唸った。
「要するに、お前やこの町の科学施設の他の科学者達は、ソテツがここに来たということについては何も知らない。噂で聞くだけの有名人だってことかい」
「さっきからそう言っているじゃないですか」私は眉をひそめてそう返した。この老婆は、ホームや列車については知っていても、ここの科学者達の現状についてはあまり詳しくないのかもしれない。
「キジさん、あなたはソテツ博士がアキさんを連れて行ったと考えているみたいですが、昨晩ソテツ博士があなたのお宅に現れた時、そう言ったんですか」
「そうだ。あれが夕べ私のところに訪れた時、どうにも慌てた様子だった。この前にあれは、夏の間仕事で家を離れるから、それでアキの面倒を私に見て欲しいと言って、彼女を私の家によこしたんだ。だから私は驚いて、なぜこんなところにいるのかとあれに聞いた。するとあれは、この町にいるとアキの身が危ない、だから家に連れて帰りたいと……」
「そうでしたか」キジがそれ以上続けないようなので、私はそう言った。ようやく、キジがアキの失踪に科学者が関係していると考えた理由が見えてきた。
「それで、ソテツ博士と同じく科学者である私達がその事情を知っていると考えたんですね」
キジが頷く。
「本当にお前は、アキやソテツについて何も知らないのかい?」
「残念ですが」私は慎重に答えた。
「私は本当に何も知りません。アキさんとは先日知り合ったばかりですし、ソテツ博士には会ったこともない。博士があなたの息子だということも初耳です」
私はいったん言葉を切った。
「それで、ソテツ博士はなぜアキさんの身が危ないなどと言ったんです?あなたはさっき、科学者の中からテロを起こした者が出たと言いましたが、それと何か関係が――」
「店長!」
私の話を遮って駆けつけてきたのはリンゴだった。そしてその後ろで息を弾ませている男が一人いる。
「エナガ?」私はびっくりして言った。
「どうしたんだ。もしかしてアキさんが見つかったのか?」
「い、いいえ」エナガの顔は汗びっしょりにもかかわらず蒼白だった。
「そうではなく――」
「よかった、店長、ここにいたんですね――」
「リンゴ、お前、アキから何か聞いていたかい?父親のことで――」
リンゴとキジの声が被る中で、私はどうにかエナガの言葉を聞き取った。
「なぜか、科学研究施設に入れなくなったんです。地上の出入り口が完全に閉まって。どうも俺達、閉め出されたみたいなんです。理由は全然分からないけど……」




