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「何だって?」私は目をぱちくりさせた。リンゴがなぜここに来たのかはこれで分かったが、代わりに新しい疑問が現れる。
「なんで、キジさんはそんなことを」
「分からない。理由を聞く前にここに走って来たから。ねえ、本当にアキちゃんがどこに行ったか知らないの?」
「知らないよ。どうしてキジさんはそんなことを言ったのか、私が聞きたいくらいだ」私は眉根を寄せて答えた。
「アキさんとは今日の午後に町中で会ったが。別に大した話もしなかったし、今夜何処かへ行くとも彼女は言ってなかったよ」
「そんな……」リンゴは両手を揉んだ。
「どうしよう……本当にまずいよ。アキちゃん、意識も朦朧としてるような状態なのに」
こんなにもうろたえるリンゴを、私は初めて見た。それほどにアキの容体は酷いらしい。
「とりあえず、キジさんに話を聞きに行こう。彼女は、科学者がアキさんの居場所を知っていると言うのだから、何か知っているんだろう。私もアキさんを探すのに手を貸すよ」
「うん……分かった。ありがとう」リンゴは何とか落ち着こうとするように息を大きく吸った。
「今、店長は町の外にいるんだ。雑貨屋のすぐそば。急ごう」
私は頷いてエナガの方を向いた。
「エナガ、連絡してくれて助かった。ちょっと外へ出てくるよ」
「そうですか」エナガは事情がさっぱり呑み込めないと言う顔だ。
「よく分かりませんけど、人探しですか?何だったら、俺も手伝いますが」
エナガがためらいがちにしたその提案には、一応言ってみた、くらいのニュアンスが多分に含まれているように聞こえて、私はリンゴと顔を見合わせた。
「そうだな」私はしばし思案した。エナガは私が知る限り、あまり地上へ出たことがないはずだ。
「それじゃ、施設の周りでいいから、若い女性を探してほしい。小柄で、短い黒髪だ」
「白い寝間着を着てる。少なくとも、私が最後に見た時には」リンゴが早口で引き継いだ。
「病気で、高熱が出てるんだ。もしも見つけたら、ええと――」
「見つけたら、施設内の医務室へ」私はそう言った。
「何の病気なのかは分からないが、ここの医療設備なら大丈夫だろう」
エナガは眉をひそめた。
「医務室って、一般の人でも利用できましたっけ」
「緊急事態だ。君が町の病院の場所も知っているなら別だが。それに私と連絡を取ろうにも、町なかじゃ携帯は繋がらないだろう」
「分かりました」エナガはむっつりとした様子でそう言ったが、首を縦に振ってくれた。
「探してみます」
「頼む」私はそう言い残して、既に駆け出しているリンゴの後を追った。
*
太陽が容赦なく照りつけていた昼間に比べると気温は低い。それでも蒸し暑いことに変わりはなかった。白衣姿の私は駆け足になると、すぐに汗をかき始めた。先を行くリンゴが手に持っているカンテラの明かりが揺れる。
「来てもらったけど、大丈夫なの?あの施設、もう戸締りするみたいだったけど」リンゴがそう言いながら振り向いて歩調を緩めた。
「問題ないよ。科学者は皆あそこのカギを持ってる」私はリンゴに追いついて横に並んだ。
「それで、アキさんの病気はそんなに悪いのか」
「うん。倒れてから意識がほとんど戻らなくて、うわごとも呟いてた。自分で何処かへ行けるような状態じゃなかったんだ」リンゴはそこまで言ってごくりと喉を動かした。
「ねえ、それじゃ、つまり……」
「つまり自分で動けないなら、誰かに連れて行かれたということか?」私はリンゴの青い顔を見た。自分で言っておきながら、まさかと思う。
「誰が、何のために」
「見当もつかない。でも、店長は……」リンゴはそこまで言って口ごもる。
「科学者が彼女の行方を知っていると、そう言ったのか」私が引き継ぐと、リンゴは無言で頷いた。
私は早足で歩を進めながら唸った。今の話の流れだと、雑貨屋の店主、キジは自分の孫娘の誘拐犯が科学者だと考えているかのようだ。もちろん私にはそんな心当たりなど一切ない。この町の科学研究施設に下りる予算が年々減っていることに耐えかねて、身代金目当ての誘拐を企てる科学者でもいたのだろうか。
ばかばかしい考えを振り払って先を急いだ。静まり返った夜の町中に、私とリンゴの足音だけがやけに大きく響くような気がした。
*
北地区の端の施設を出発して中央地区を通り、南地区の端にある雑貨屋に到着するまではそこそこ距離がある。気温と湿度の高さも相まって、私は雑貨屋に着くころには汗だくになっていた。白衣を着たままで出てきたことをつくづく恨めしく思いながら、雑貨屋の前で額を拭う。
「それで、キジさんはどこに」私が尋ねた時には、リンゴはすでに雑貨屋の裏手にある母屋の方へ回っていた。「店長!」と呼んでいる。
あれだけ大きな図体なのだから、いればすぐに分かるはずだ。しかし巨大な老婆の姿はどこにも見えない。私がリンゴの後を追って店の脇へ回ろうとすると、戻って来た彼女と鉢合わせしそうになった。




