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「医務室に来た時から熱があったんですか?」シグレが尋ねると、看護師は頷いた。
「ただの熱中症と先生もおっしゃってたんですが、体温調節補助剤を投与しても効用があまり見られないんです」
私は、額に冷却シートを貼って眠っているその職員――初対面の時カリンと名乗っていた――を見下ろした。確かに発熱しているように顔が赤いが、極端に具合が悪いようには見えなかった。もっとも、私は医学には全く詳しくないのだが。
「薬の効き目が薄い人もいますから」看護師は大丈夫だろうという口調でそう言った。
「幸い微熱ですし、きちんと水分を摂って休めば元気になりますよ」
「そうですか」シグレは少し心配そうにカリンを見やった。
「まあ、休んでいるのなら今は邪魔しない方がよさそうね」
シグレの言葉に私も同意した。
「出直すか」
カリンに私達が見舞いに来たことを伝えるよう看護師に頼んで、私達は医務室を後にした。
「看護師の人の話だと、二、三日発熱が続くかもしれないと言っていたな」私は暗い声で言った。
「それは可能性の話よ。明日にはぴんぴんしているかも」そうは言うものの、シグレも少々落ち込んでいるようだった。医務室に一泊以上するような大病や大怪我するような事態が科学者にはほとんどないので、その時の私と、そして恐らくシグレも、カリンの病状を見た目よりも重く捉えていた。
「そういえば、ヒバリさんはどうしたの?」シグレはふと思いついたと言うよりも、重い雰囲気を変えようとしてそう言ったようだった。
「発見した惑星を本部に届けに行ったんでしょう。もうこっちに戻ってきているの?」
私は首を横に振った。数日前にヒバリは、今回の件で盗まれ、この町で発見された惑星を持って本部に向かったはずだが、その後は連絡がない。
「こっちに調査官をよこすように本部と交渉してみると言っていたが、それで揉めているのかもしれない」
「それは健闘してほしいわね」シグレは冗談交じりの口調でそう言った。
「ヒバリさんは押しが強いから、ひょっとするかもよ」
「そうだといいね」私は自分の代わりにヒバリが本部に赴いてくれたことを改めてありがたく思いながら答えた。
「あいつが帰ってきたら、何かお礼しなくちゃな」
「そうそう」シグレが思い出したと言うように手を打った。
「ヒバリさんから芋をもらったのよ」
「芋?」私は突然出てきた話題に困惑してオウム返しに言った。
「なぜ芋なんだ」
「祭り市で買い込んだんだけど、凍結保存しても食べきれないって言っていたわ」シグレはおかしそうに答える。
「『シグレならおいしく料理してくれそうだから』って、押し付けられちゃった」
「なんだそれ」私は呆れ気味に笑った。人工惑星を本部に届けなければ、と言う話をヒバリにしたとき、芋の話をヒバリから聞いたことを思い出していた。
「じゃあ、あいつが帰ってきたら、料理して返してやったらいいんじゃないか」
「ちょうどそう思ったところ」そう言うシグレの笑顔は、今度こそ屈託ないものだった。
*
探索用のスーツとマスクは重く、呼吸がしづらい。おまけに視界が狭まるので、こんなごつごつした岩場では少し歩くにしても足元に注意を払わねばならない。スーツの前腕部分に取り付けられたライトの光が斜面の岩盤を照らし、銀色に乱反射して瞬く。
私はどうにも慣れることのない息苦しさと、それに耐えながら岩場を登って行かねばならないことにうんざりして、少し休もうと振り向いて斜面に腰を下ろした。眼下には低い木立が岩盤の隙間に根を張って、葉と幹が月明かりに鈍い光沢を放つ。彼らは岩場の鉱物に含まれる銀――正確には銀に近い物質――を摂取して、大気に漂う細菌から身を守るのだ。
行かなければ。
私は立ち上がり、また斜面を登り始める。しかしその時、ユキ先生に持ってくるように頼まれたファイルの整理番号をメモし忘れていたことに気が付いた。
大丈夫だ。ヒバリ達が先に行っているはずだし、それなら彼女に聞けばいい。私は安堵して息をついた。
行かなければ。
銀色に光る岩場のてっぺんが見える。あそこくらい高い場所からなら、中央街が丸々見渡せるに違いないだろう。私は雨に濡れるのを心配していたが、考えてみればスーツには防水機能がついていた。これでユキ先生が風邪をひくこともないだろう。
突然稲光がひらめいた。どしゃ降りの夜空を見上げる。きっと今夜は見えるはず。のしかかるような暗雲を裂いて稲妻が走った。一瞬まばゆく輝く空に、巨大な影がその身をくねらせながら浮かび上がる。
行かなければ。
*
「速く」そういう自分の寝言と携帯電話のバイブレーションで目が覚めた。頭は半分眠りこけたまま白衣のポケットを探り、携帯電話を引っ張り出す。
「もしもし」
「ヒイラギさん?」電話の向こうから男の声がした。
「もしもし。エナガです。今、ちょっとお時間よろしいですか」
私はとっさに腕時計に目をやった。




