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人工惑星  作者: 赤靴下
37/49

7-2

 捜索を終えた後、私とシグレは体調を崩した職員を見舞いに医務室へ向かっていた。ウスイは晩飯の約束があると言って姿を消した。きっと今日の憂さ晴らしも兼ねて酒を飲むのだろう。


「原因は」シグレは少しためらってから続けた。

「きっとホーム5のことでしょうね」


 私は唸った。

「もう発表から一週間以上経っているのに。自分の研究分野も放り出して、ここまで皆が夢中になっているだなんて、恨めしい気分だよ」


「むしろ今が一番注目を浴びてるんじゃないかしら。抗毒ワクチンの使用がいよいよ実践に移されるんだもの。それに、この施設に勤めている者なら気にもなるでしょう。人工惑星に関する分野にも関係のあることなのだから」


「まあ、確かに。それだからニオもホーム5に引っ張ってかれたわけだし」


「心配なのは――」シグレは言葉を切って、声を低くした。

「あまり私がこんなことを言っていたなんて口外して欲しくないんだけれど」


「もちろんだ。何だ?」私は怪訝に思って眉を上げた。


「心配なのは、ニオさんに続こうって人がたくさん出てくること」シグレは暗い声で言った。

「昨日、学生の一人から相談を受けたのよ。専攻を変えられないかって」


 その言葉の意味を理解するのに少しかかった。

「つまり、ニオの研究分野に移りたいってことか。そして、あわよくば自分もホーム5に招かれようって算段?」


「そこまでは言わないけど、概ねそんな感じね」シグレが頷いた。

「それだけじゃなくて、ホーム5への留学希望も殺到してるみたい。ここの施設が留学補助に充てられる予算がほぼ全額つぎ込まれたって聞いたわ」


「馬鹿な」私は首を振った。

「以前からホーム5に多額の運営資金が下りていたことは確かだし、今回のことで更に優遇はされるだろう。しかし、だからと言ってそこに行けば全員がその恩恵を受けられるわけじゃない。むしろ人が増える分、科学者間での競争は激しくなるだろう」


「それはそうだけど、そんな理屈じゃないの。今回のことはきっかけみたいなものよ。こっちの施設は年々志望者が減っていたし、資金面でも冷遇されていたじゃない。熱狂に乗じて、うまくやってやろうって人が出てきているんでしょうね」


 私の頭の中にコハクのことがよぎった。彼に限ってそんなことはないだろう。あの時チューターになったばかりの私の研究室の扉をノックして入ってきたコハクは、開口一番「星を創りたいんです」と目を輝かせながらそう言った。科学者としてまだ実績のない私を、彼は人工惑星研究への熱意だけで慕ってくれている。


 彼に限ってそんなことはない。しかし……。


「そうした方がいいのだろうか」私は半ば呟くように言った。


「何?」シグレが聞き返す。


「結果を出さなければ研究のための人材も資金も手に入るわけがないのは、この施設の現状が証明している。そう考えれば、結果を出すために恵まれた環境を求めて競争するのは当然のことじゃないだろうか。そうすることでより良い研究ができるのなら、私達科学者にとって望ましくないはずがあるまい」もちろんコハクにとってもそれは同じだろう。それなら私は、コハクが資金も人材も不足しつつあるこの現状で学び続けるであろうということに安心してよいのだろうか。


 シグレはしばらく沈黙していた。私達が医務室のある階でエレベータを出てから、彼女は口を開いた。

「私がこの話をするのは、もっといい環境を求めて競争しようとする人たちを批判するためではないの」


「分かっているとも」私は急いで言った。

「あなたはただ――」


「私はただお金とか人材とか、恵まれない環境が原因で自分の熱意や関心を曲げなければならないとしたら、それは科学者にとって良くないことじゃないかって思うだけ」シグレは憂いを含んだ微笑を唇に浮かべる。

「だってそれが無ければ、発見もそれに伴う結果も生まれないものじゃない?」


「その通りだ」私は力を込めて答えた。

「少なくとも、学生が不本意ながらも環境のせいで別の研究施設やホームに移らざるを得なかったり、専攻を変えなければならなかったりするようなことは、防がなくてはならないな」


「そして私達自身がまず結果を出さないとね」シグレの笑みの憂いが少し和らいだ。

「この研究が好きだからこそ、好きってだけで終わらせるわけにはいかないもの」


「盗難事件のごたごたが片付いたら、もう一度本部に請願を出そう。署名数も以前やった時より増やして」私は考えながら言った。

「研究者がいなくなって放置されている研究分野も洗い出してみるか」



 シグレの話には改めてこの施設が陥っている窮乏を認識させられたが、同時にここ最近でどうにも沈みがちだった気分に気合を入れ直すきっかけにもなった。だが、医務室に付いた途端にまたしても心配事の種が増えた。


「どうにも熱が下がらないんですよ」看護師は困ったようにそう言った。

「総合免疫不全ではないようなので、夏風邪というわけでもないんですが」


 昼間、貧血を起こした職員が寝ているベッドの脇で私達は看護師と話していた。


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