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人工惑星  作者: 赤靴下
32/49

6-4

「いいですよ」アキは頷いた。どうせ時間はたっぷりある。

「あの、お代はどうしましょう」


「それなら、祭り市が片付いた後にでもリンゴに取り立てに行くよ」ビトウはほっとしたようだった。「手間をかけて悪いね。ちょっと訳があってなるべく早めに渡したかったんだ。後で必ずお礼をするよ」


 ビトウから手渡されたその品物は、小脇に抱えられるほどの四角い木箱だった。アキが受け取ると、それは見た目の大きさに反して、ずしりとした重量感があった。


「中身は何ですか?」アキは好奇心を惹かれて尋ねた。

「画材だよ。珍しい色鉛筆の一式らしいけど、俺にはよくわからないな」ビトウは肩をすくめた。

「今回の祭り市で、うちは遠方の業者からいろいろと委託販売したんだ。それで、リンゴの頼みでついでに取り寄せたのがそれさ。あいつも物好きだな」


「高価なものなんですか」


「いや、その品自体はそれほど高くはないよ。ただ、この国じゃほとんど流通していないらしい」ビトウは悪戯っぽく微笑んだ。

「送料は高くつくよって、リンゴに伝えておいてくれるかい」


 

 木箱を両手にしっかり抱えて、アキは来た道を戻った。

 

 住み込みで生活費があまりかかっていないとはいえ、収入の多くを雑貨屋の店員をすることで稼いでいるリンゴは、決して金持ちではない。リンゴは自由に使える金をほとんど画材につぎ込んでいるらしい、とアキはキジから聞いていたが、それをこんな形で目にすることになるとは思っていなかった。


 本気なんだなあ、とアキは考えた。絵描きという、才能とセンスが物をいう世界で生きようとするなど、金はおろか自分の生き方についてさえあまり悩むことのなかったアキにとっては、自分とは大きくかけ離れたところにいる人間のように感じられた。


 この国は豊かだ。普通の家庭に生まれれば、健康に育ち、学院で学び、望めば安定した仕事と暮らしが手に入る。誰もが金持ちというわけではなくとも、明日の食事に困るほど貧しい者などアキは見たことがない。歴史は、この国が裕福な平和と安寧をもう数世紀も貪ってきたことを記している。


 それゆえに誰もが先のことに懸念を抱かない。まるで誰かが常に一定に調整しているかのような、変わらない安定に満足している。アキもごまんといるそんな者のうちの一人であり、父のコネで得た教職に就くことに、何の不満も不安も感じてはいなかった。別段それが恵まれていると思ったことすらあまりない。それが当然であると、信じて疑わなかった。


 だから、これまでリンゴの絵に対する思い入れを知っていても、どこかそれを、結局趣味なのではないか、と言う冷めた目で見つめている自分がいた。しかし、アキが腕に抱えている画材の重さが、今までキジやビトウ、そしてリンゴ本人から聞いた彼女の絵に掛ける情熱を、なぜだか突然、現実味のあるものに感じさせていた。


 

 アキが画材を手渡して事情を説明すると、リンゴは、うわ、ごめん、と申し訳なさそうに言った。

「今夜にでも、こっちの雑貨屋を閉めた後でビトウの店に取りに行くつもりだったんだけど。手間掛けさせちゃったね」


「いえ、大した手間でもなかったですから。時間も余ってますし」


「そう?でも、ビトウもせっかちだなあ。アキちゃんに頼んでまで、こっちに引き取らせるなんてさ。そんなに急ぐ品でもなかったのに」


「詳しくは聞きませんでしたけど、何か事情があるみたいで、早めに渡したかったそうです」


「ふうん。とにかく、ありがとうね。これ、結構楽しみにしてたものなんだ。大枚はたいて遠方から取り寄せてさ」そう言いながら木箱を持ち上げて見つめるリンゴの表情は、屈託のない嬉しさを語っていた。「開けるのは店番が終わってからのお楽しみだな」


「午後からの店番、代わりましょうか」アキはリンゴが新しい画材を使ってみたくてうずうずしている気持ちを汲んだつもりだったが、言い終わる前にリンゴは首を横に振った。


「いやいや、いいよ。これ以上アキちゃんに借りを作るわけにもいかない。ただでさえ貧乏なんだし、破産しちゃうよ」冗談交じりでそう言った。


 あまり気を使えばおせっかいにもなるか、とアキは思い、おとなしく自室へ引っ込むことにした。元物置部屋はドアと窓を開け放しても結構な暑さだったが、窓際に座るとかろうじて微風が吹きこんでくるのが感じられるので、炎天下の屋外よりも何とか快適だった。リンゴには大したことはない、と言ったが、さすがにもう一度このカンカン照りの下に当てもなく出て行く気にはなれなかった。


 部屋の隅にある小さな棚には、誰のものなのか、十冊足らずの本が並んでいる。そういえばリンゴさんが読書をしているところを見たことがないな、と思いながらアキは何気なくその一冊を手に取った。まさかキジのものではないだろう。彼女が普通のサイズの本を読めるとは思えない。


 窓際に座って本を開いたアキは目をぱちくりさせた。本に書かれている文字は全く読めない。外国語だった。


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