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「渡したいもの?」アキが聞き返すと、ビトウは頷き「こっちだよ」と手招きして歩き出した。以前に会った時もそうだったが、弾むように快活な足取りだ。何かいいことがあったと言う訳ではなく、元々このような人物であるようだった。アキは渡し物とは何だろうかと考えながら後を追った。
「リンゴの具合はどう?」ビトウが歩く道すがら話しかけた。
「君がここにいるってことは、もう元気になって店番してるのかい?」
「はい、もう熱も下がったみたいです」
「そいつはよかった」ビトウはにっこりした。
「あいつが何か病気をこじらすなんてさ、学院時代でも滅多に聞かなかったもんだから、ちょっと驚いたよ」
「そうなんですか……学生時代からリンゴさんと知り合いなんですか?」
「同期生さ。あいつ、今でも絵ばかり描いてるけど、学生時代からずっとそうなんだ。授業とかサボりまくりでね」
「ああ……」アキは本人と同じ話を聞いたことを思い出した。
「そんなこと、リンゴさんも話してましたね」
「そうか」ビトウの笑みが大きくなった。
「あの絵描き病は、昔から変わらないな。ただ、性格はあの頃に比べて、すごく丸くなったけどね」
「えっ」アキは目を丸くした。
「学生時代のリンゴさんって、そんなに尖ってたんですか」
「まあね。本人に聞いてみるといい。今じゃ酒の肴になるような笑い話だから、あいつも喜んで話すよ」
二人は然程歩くことなく目的地に着いた。祭り市の初日、アキが人工惑星を見つけた中央広場だ。ここでも多くの者が祭りの後片付けをしているようだったが、ビトウはその中の一団へ向かって歩いて行った。
「おっと、あれは――」店仕舞いをする集団に近づいて行ったビトウが突然驚いたように呟いて立ち止まった。
後に続くアキはテントを畳んだり、木箱を荷馬車に乗せたりしている者達に交じって、二人の男が立ち話しているのを目に留めた。片方はビトウと同じ作業着姿の筋肉質な中年の男で、もう片方はこの暑さにもかかわらずフォーマルな上着を着た、小奇麗な身なりの老人だった。二人の男は盛んに談笑していたが、筋肉質の男の方が不意にビトウに気付いて「おう」と声を上げた。
「どうした?荷車は借りられなかったのか?」
「違うんだ、伯父さん。ちょっとある人を見つけてさ」ビトウは二人の男の方へ歩いて行き、老人の方に頭を下げた。
「おはようございます、アズマさん」
「おはよう」アズマと呼ばれた老人はにこにこしながら挨拶を返した。
「今、ヤマシギに話を聞いていたんだが、今回の祭り市はずいぶん苦労したようだね」
「ああ、初日に荷物が遅れたことですか」ビトウは苦笑いした。
「あれには参りましたよ。結局、初日も終わるころになってようやく着いたんですから。大事には至りませんでしたが」
「それで、どうしたんだ?」筋肉質の男が言い、アキに目をやった。
「この忙しい最中に、お前の結婚相手でも紹介しに来たか?」
「馬鹿なこと言わないでくれよ」ビトウが笑った。
「こちら、アキさん。キジさんの孫だよ。ほら、この間に伯父さんもリンゴから聞いただろ」
「アキです。初めまして」ビトウの紹介に合わせて、アキは二人の男にちょっと頭を下げた。
「おお、君がそうなのか」筋肉質の男は少し驚いたように眉根を上げ、アズマという老人はほう、と言った。
「アキさん、こちらはアズマさん。聞いたことあるかもしれないけど、現南地区長の方だよ」
「初めまして。君のお祖母さんにはいつも助けてもらっているよ」
アキは差し出された皺のたくさん入った手を握った。いかにも好々爺といった感じの人物だ。南地区長と言う言葉は以前にもどこかで聞いたなとアキは思ったが、それがどこだか思い出す前に握手の相手が筋肉質の男に変わった。
「よろしく。俺はヤマシギだ」見た目通りの野太い声で男は挨拶した。
「お宅の雑貨屋には、甥共々よく世話になってる。しかし、君があのキジさんのお孫さんとは……」
「『キジさんみたいな巨人だと思っていた』って言うのは、彼女、こっちに来てからはさんざん聞いたみたいだよ」ビトウが口を挟んだ。
「それでさ伯父さん、あの荷物だけど、アキさんに渡しちゃってもいいだろ?彼女、あの雑貨屋に住んでるんだし」
「うん?」ヤマシギは眉をしかめた。
「あれはリンゴちゃんのリクエストで取り寄せたんじゃなかったのか。まあ、アキさんが手渡してくれるならそれでもいいが」
「リンゴさんへの届け物ですか?」アキが尋ねると、ビトウが頷いた。
「正確にはうちが取り寄せて、今日リンゴがここにそれを引き取りに来る手はずだったんだけど。リンゴが風邪をこじらせたって聞いたから、後で時間を見つけて渡しに行こうと思ってたんだよ」ビトウはちょっと申し訳なさそうに頭を掻いた。
「何せ、今日明日はご覧の通り忙しくてさ。こっちの都合で申し訳ないけど、できるならここで引き取ってもらえれば助かるんだ」




