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人工惑星  作者: 赤靴下
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6-1 アキ

 アキは片方の手でカンテラを持ち、もう片方の手で肩に担いだ巨大な精算伝票を支えながら、キジの家へと続く幅広い一本道を歩いていた。小高い丘の麓をぐるりと回っていく町はずれの夜道に人けはなく、アキは自然と早足になった。この町の治安が悪いというわけでもなかったが、先日のリンゴから聞いた犯罪組織、ハイエナの話がふと頭をよぎり、辺りの暗闇に何となく警戒心が募っていた。そんなわけで、キジの巨大な一軒家の窓から漏れる明かりが目に入った時は、アキは幾分ほっとした気分で伝票を抱え直そうとした。

 

 だから、途端にバーンというすさまじい音とともにキジの家の玄関の引き戸が開き「出て行け!」という大音声が響いたことに、安堵しかけたアキが驚きの余り腰を抜かして尻餅をついてしまったのは仕方のないことだった。アキが取り落とした丸めた伝票は道の端へ転がっていき、アキは腰が抜けたまま慌てて四つん這いになり伝票を追いかけた。伝票は道端に沿って広がる林の手前で木にぶつかって止まり、追いついたアキはそれを抱え上げようとしたが、またしても夜空に轟いた怒鳴り声に身を凍らせた。


「馬鹿を言うのもいい加減にしな。さもないと――」


 アキとキジの家との距離はまだそこそこ離れていたが、それでも家の明かりを逆光にして、戸口に仁王立ちになっているキジの姿がアキにははっきりとわかった。巨大な体が生む迫力も相まって、激怒するキジの姿は遠目に見ても何とも恐ろしいものだった。


「今すぐあんたを踏み潰してやる。このろくでなしめ――」


 怒声を張り上げるキジは誰かを――あるいは何かを――見下ろしているようで、何かを蹴飛ばすように足を振るのが見えた。アキのいるところからは遠い上に暗く、キジが何を相手にしているのかは分からなかったが、あまり間を置かずに誰かが慌てたようにキジの家の方から走ってくる足音が近づいてきた。どうやら追い出されたキジの訪問客らしい。


 黒い服を着たその人物は暗い道を明かりも無しに、街の方に向かって這う這うの体で、道端にうずくまるアキに気付くこともなく駆けて行った。キジは逃げ去る訪問客の背中に「二度と来るんじゃない」と最後の罵声を浴びせ、夜の闇に訪問客が消えた後も睨みを利かせるかのようにしばらくその場に立っていた。


 アキが伝票を担いで恐る恐る道の真ん中に出てきた時に、ようやくキジは踵を返し、戸をいささか強く閉めた。アキには気づいていないようだった。


 今のは一体何だったのか、アキはしばし立ち尽くして考えていたが、まずは伝票を届ける任務の達成を優先すべく明かりのついた巨大な家に向かって歩きだした。もっとも、今のキジの機嫌を考えればおっかなびっくりにならざるを得ない。少々強面で厳格そうな性格ではあっても、彼女がここまで激昂するようなところは、知り合ってまだ短いとはいえ見たことがなかった。訪問客は余程の粗相でもやらかしたのだろうか。


 キジの家の戸口の脇には、大きな釣鐘がぶら下がっている。大きいと言ってもそれは通常の人間から見たサイズであり、キジにとってはハンドベルに近い。キジの家を訪れる者はこの釣鐘をガラガラと鳴らす音で、巨大な家主に訪問を知らせるのだ。アキはキジの憤怒が少しでも収まっていることを願いつつ鐘を鳴らした。


 音を立てて勢いよく引き戸が開いた。案の定と言うべきか、切れ長の目をギュッと吊り上げ眉間に皺を寄せた怒りの表情でキジが顔を覗かせた。


「言ったはずだよ――」またしても大声で怒鳴りつけようしたキジは、釣鐘の傍で身を竦めているのがアキだと気が付いた。

「ああ……アキだったかい。怒鳴って悪かったね。どうしたんだい」


「あ、あの」アキはどもりながら伝票を差し出した。

「今日の売り上げです。リンゴさんがつけてくれました」


 キジはしまった、と額を手で打った。

「いつもならこっちから店に取りに行くのに。うっかりしてたよ、すまなかったね」


「いえ」アキは差し出されたキジの指の間に伝票を収めながら一瞬、さっきの訪問客について尋ねようかとも思ったが、今のキジの機嫌を考えればやめた方がいいと思い直した。

「夕飯も作らないといけないですし、店に戻りますね」


 おやすみなさい、と続けようとしたアキをキジが遮った。

「ああ、それなら送って行こう」


「大丈夫ですよ、そんなに遠くもないですし」


「いや、いや、最近は物騒だからね。可愛い孫娘に一人で夜道を歩かせるわけにもいかないよ」キジは冗談めかして言ったが、眉間にはまだ怒りの皺がわずかに残っていた。


 キジは伝票を家に置き、アキは巨大な老婆と連れ立って元来た道を辿った。


「リンゴの容体はどうなんだい。まだ寝込んでいるのかい」歩きながら老婆が訪ねた。


「熱はだいぶ下がって普通に喋るくらいの体力はあるんですけど、吐き気がするそうです。ベッドから立った途端にふらついてましたし、まだ具合が悪そうです」リンゴの今日までの様子を思い出しながらアキは答えた。

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