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誰だ?そう思って携帯電話を拾ったとたん、着信は切れた。私は慌てて履歴を開き、その番号に掛け返した。発信音が鳴っている間、これはいたずら電話じゃないかとも考えたが、ともかくもそのまま相手が出るのを待った。
「はい」ずいぶん長く発信し続けた後に、妙にぼんやりとした男の声が電話から聞こえてきた。
「もしもし?」私は名乗り、今しがたそちらから着信を受けたことを伝えた。
しかし、相手からは「はい?」という疑問形の返事をした。
「えーと……」
よく聞こえなかったのだろうか。私はもう一度説明しようと口を開いたが、その前に相手が「ああ」と納得したように言った。
「お宅の番号、○○○‐○○○○‐○○○○ですか?」
「そうですが」いったいどこに繋がっているんだ、と思いながら私は慎重に答えた。
「失礼ながら、お名前をお伺いしても?」
「え?テンといいますが」
聞き覚えがない。しかしその疑問は程なく解消した。
「ああ、こちらは外部連絡用の中継ですよ」何やら事情を察した相手がそう言ったからだ。
「外部連絡?」私は聞き返した。
「はい」そう答えた相手の声はやはり妙に低くかすれており、それで私は相手が寝起きであることに気が付いた。
「今さっきお宅の番号に、ホーム1から連絡があったみたいですね」
ホーム1から?
「外部のホームから個人の携帯電話に連絡が来るんですか?」
「そうなんですよ」相手は面倒臭そうに言った。
「今年の春から、ホーム間の連絡をスムーズにすることを狙って幾つかのホームに――このホームは外れてますけど――試験的に設置されたシステムだそうですよ。向こう側からだと個人の端末から端末に中継を介して連絡できるんです。おかげでうちの仕事がまた増えて……」
なぜか途中で愚痴に変わった説明を遮るように、私は尋ねた。
「では、ホーム1の誰かから連絡があったんですね?誰からですか?」
おおよその予想はしていたが、外れた。
「ホーム1の南部の支部の連絡室からです。誰が掛けたのか、というのはちょっとわかりません」
どうりで知らない番号のはずだ。
「こちらから掛け直すことは――?」
「できませんよ。向こうからの一方通行です。こんなシステムじゃあんまり意味がないと思うんですけどね。まあ、用事があればまたそちらに掛かってきますよ」
それはそうなのだろうけれど。とりあえず私は寝起きの中継員との電話を終えた。
電話をかけてきたのはヒバリだろう。向こうからならホーム間でも携帯電話での通話が可能になったようだが、ヒバリはそうと知らずに支部の連絡室を利用したんだ。
私は物思いにふけって椅子に身を沈めた。こんな夜中に連絡をよこすのは、何かいい知らせなのか。正直に言えば、ニオのような本部でも有名な者でもいなければ今の本部から協力は得難いのではないか、などと考えていたが、もしヒバリが惑星盗難事件に関して有益な結果を引き出せたのならばありがたい。本格的に捜査が始まればさほど時間もかからず解決できるはずだ。何しろ既に盗まれたものが次々発見されているのだから、犯人が尻尾を出しているようなものだ。
何にせよ、また連絡があるだろう。明日にでも、この厄介な問題に頭を悩ますことからおさらばできるかもしれない。
*
だが翌日、ホーム1からの連絡はなかった。私は通信室で個人間だけでなくホーム間のやり取りもないことを確認した帰りに、突然のぎっくり腰で動けなくなったという老教授の講義が休講になったことを伝えに講義室へ走らされる羽目になった。
午後からたっぷり時間がとれると知った学士達が嬉しそうにざわつきながら講義室から出て行くその中に、私はコハクの姿も見止めた。講義室の隅で、私の同じくらいの年に見える学士の男と話している。コハクが何か言ったようでその若い学士が笑い、首をやれやれと言うように横に振った。
と、その学士と私の目がばったりあった。学士が何か言って、コハクが振り向いて私に気付き会釈した。私は曖昧に微笑んで手をちょっと上げて挨拶を返し、若い学士がコハクに大袈裟に手を振って別れ、こっちに歩いてくるのを眺めた。その途中で、それが誰なのかやっと気が付いた。
「やあやあヒイラギ、久しぶり。元気にしてた?」笑顔の若い学士は弾むように言った。
「元気だよ、ウスイ。いつ帰ってきたんだ?」私は長らくあちこちのホームを渡り歩いていた同期の、差し出された手を握った。
「今朝さ」ウスイは握った手をぶんぶんと振った。
「懐かしの我が家に帰還したと思うと、涙がちょちょぎれる思いだったね。お前は相変わらずつまらない会議に出て、難しい本とにらめっこして、面倒くさい研究をしてるの?」
「そんなところだ」私は旧友の、ヒバリを上回る相変わらずの元気の良さに思わず笑った。
「それじゃ、帰って来たのなら――」
「ああ、食堂で話そう。腹が減った」ウスイが振り向いて講義室の出口を指すと同時に、その腹が盛大に鳴った。




