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人工惑星  作者: 赤靴下
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5-1 ヒイラギ

 アキという女性が訪ねてきたその日の夜、私は第1観測室にて彼女が持ってきた惑星核を観測した。例の盗難事件において、この町で発見された惑星は既にコハクともどもいくつか観測していたが、それと同様、この惑星もまたナンバー3桁に設定される物の特徴を一通り備えた、何の変哲もないものだった。


「謎ですね」研究室に戻った時にその話題が出て、コハクは眉をひそめた。

「発見された惑星全部を観測したわけじゃないですが、今まで観測した惑星が悉く何の特徴も持ってないなんて。残りの惑星もそうなんでしょうか」


「そうかもしれん。まあ、何か特徴を持っていたから盗まれたんじゃないか、というのはあくまで仮説だ。犯人の動機は、別のところにあったんだろう」私は先日の会議で配布された資料をなんとなしに眺めていた。


「と言っても、その動機がなんなのかは見当もつかんが」コハクの言おうとしたことを察知して私は先回りして付け加えた。


 コハクは開きかけた口を不満顔で閉じ、ペンをくるくる回してレポートを睨んでいたが、ふと思いついたように顔を上げた。


「そういえば、今日おいでになったあのアキっていう人、誰なんですか?リンゴさんの妹さんとか?」


「いや違う。雑貨屋の店員だ。あそこの店主の孫娘だそうだ」


 私の答えを聞いて、コハクは目を丸くした。

「冗談でしょう?雑貨屋の店主って、あの巨大なお婆さんじゃないですか」


「冗談ではないと思うぞ。少なくともリンゴは冗談を言っているようには見えなかったが」


「いや、でも、人種自体が違うじゃないですか。ライオンから虎は生まれないでしょう?」


「遺伝子の繋がりがあれば、どんな形で子孫を残そうともそれは子孫だろう。人種が違うと言っても、我々とあの老婆の違いは単に体の大きさの問題なのだから、科学技術に頼ればこのホームの環境に合わせた子孫を残すことも可能だ」


「つまり、あのお婆さんはこっちと少なからず繋がりがあるってことですか」


「そうなんじゃないか。あの大きさは恐らくホーム12の出身だろう。それなら我々科学者と面識があっても不思議じゃない」


「そうだったんですか」コハクは腕組みをして唸った。

「僕はてっきり、このホームにもあの種の人類が住んでいるのかと思ってましたよ」


「このホームの原人類は1種類だけだ。だから、ホーム12の人種がこのホームで生活しているのは、いささか奇妙なことなのだが」


「何か、理由があるんでしょうか」


「さあ……」私は肩をすくめた。

「面識がないんだ。リンゴの店には時々行くが、店主とは会って話をしたこともないな」


「ふーん。おっかなそうですもんね、あの人。大きいだけじゃなくて、厳しそうな顔ですし」コハクはそういうとまたレポートを睨んだ。

「先生、ギンイチョウの発芽について書かれた論文ってあります?」


 

 コハクは図書館で論文を借りるとそのまま自室に戻ると言い「お疲れ様です」の挨拶とともに出て行った。私はこまごまとした雑務を片付けると、茶を淹れてぼんやりと物思いにふけっていた。


 惑星の盗難事件について、ごく少数を除けば誰も彼も無頓着だ。確かに最近は大した発見もない斜陽の分野だと言われている上、最近の大発見で科学者の関心はもっぱらマザーに向いている。しかし、だからと言ってここまで誰もが無関心なのはいささか奇妙ですらある。人工惑星分野に疎い者ならばともかく、この施設の科学者でさえマザーの話題で持ちきりとは。

 

 私はカップから立ち上る湯気を見つめた。ニオは自らの研究を買われたらしく、話題沸騰中のホーム5へ出張した。そんなふうに、専門分野が違っても研究内容が他の分野へ応用できれば高く評価される。この施設の科学者たちも、自分を売り込もうと必死なのだろうか。


 ヒバリもニオも何も言ってはいない。他の科学者も表立っては口にしないが、もしかするとこんなにも皆がホーム5の事件に執着するのは、そういう理由が裏にあるのかもしれない。


 私は子供のころ、疑似宇宙で満たされた円柱の中にぽっかりと浮かんだ惑星を初めて見た時のことを思い出した。観測鏡を覗きこむと、黒雲が渦巻き風が激しく吹き荒れる風景が目に入った。見たこともない動物が目の前を駆けてゆき、銀色の葉をつけた木々が嵐に吹きすさぶ様を驚いて見つめていると、突如として風雨が収まり日の光が差し込んだ。観測鏡の映像が空を向き、逆光に照らされて空を泳ぐ巨大な影が浮かび上がったのだった。

 

 そうだ。私は無意識のうちに目を閉じた。今日アキが惑星を観測しているときに見た、あの光景とよく似ていた。コハクは滅多に見ることのできないソラクジラの遊泳を一目見ようと夢中になっていた。私も同じだった。あの子供の頃に見た、嵐の中を泳ぐ巨大な姿をもう一度見てみたい、そんな気持ちで人工惑星の世界へ足を踏み入れた。それなのに――


 ポケットの携帯電話の振動にハッとして目を開けた。居眠りしかけていたらしい。慌ててポケットに手を突っ込んで取り出そうとしたが、つかみ損ねて落とした。床で唸る携帯電話の画面には、知らない番号が映っている。

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