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立ち話もなんですから、と言うヒイラギの案内でアキは観測室を出て休憩室へ向かった。廊下を通る時、エレベータの前で二人の科学者が話しているのを見た。
「つまり、マザーの大気中に含まれている毒素を中和できるわけだ。後は気温の問題だけ……」ぼそぼそと言う声が通り過ぎるアキの耳に滑り込んできた。
「科学者の方は、この施設に何人くらい居るんですか?」ふと思いついてアキは傍らを歩くヒイラギに尋ねた。
「この施設はかなり大きそうですけれど」
「科学者だけでなく、事務員やその他の職員も含めるとおよそ700人程です。昔はもっと居たようですが、いかんせん最近この分野は人気が無くて優秀な人材も減る一方なんですよ」ここだけの話ですが、と言いつつヒイラギは頭を掻いた。
「この分野っていうのは、惑星を創ることですか」アキは尋ねた。
「まるで学問みたいですね」
「その通り、学問です」ヒイラギが答える。
「これでも天文学の一分野なんですよ。いや、もはや天からは切り離されているわけですが」
廊下の先で、どうぞ、と促されて入った休憩室にアキは驚いて目を見張った。板張りの床と壁はここまで白づくめだった内装を思えば場違いに感じたが、それよりもアキを唖然とさせたことは、入ってきたドアの正面の壁に開け放された窓があり、レースのカーテンが風に膨らんでいることだった。
「地下じゃなかったんですか?ここ」アキは、何食わぬ顔で部屋の隅に置いてある大きなピッチャーの方に向かったヒイラギの背中に問いかけた。
「もちろん地下ですよ」ピッチャーを持って振り向いたヒイラギは、エレベータを説明した時の案内の少年とそっくりの、よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの表情をしていた。
「その窓は装飾なんです。見えている景色は地上で映しているこの町の映像で、風は人工的に発生させているんですよ」
とてもそうは見えない。窓の向こうに見える町並みはまさに実物をそのまま見ているかのようで、顔に吹き付ける風もほのかに草木の香りがした。ただし、炎天下の風景から吹いてくる風が程よく涼しいことにはさすがに違和感を覚えた。
「さて――」さっきもいただきましたから、というアキを押しきってテーブルに茶菓子を出すと、ヒイラギは口を開いた。
「先ほど届けていただいた惑星ですが、改めてありがとうございます。実は最近、今回のようなことがこの町で立て続けに起こっているのですよ」
「今回のようなこと?人工惑星が町なかに放置されていることが、ですか?」アキはキジの雑貨屋に初めて訪れた時に見た、カウンターに置かれていた人工惑星を思い出しながら言った。
ヒイラギは頷いた。
「しばらく前に、人工惑星が大量に盗難にあうという事件が起きまして。その盗まれた惑星が、先月からこの町のあちこちで見つかり始めたんです。先日、キジさんのお店にお邪魔した時に回収したのもその一つです」
「盗難……人工惑星って、価値のあるものなんですか」
「ピンからキリまで、ですね。でも盗難されたものは、希少なものばかりです。ただ、だからといって金銭に換えられるような価値は持ってはいないんですが。ご存知のように、一般に流通しているようなものではありませんから」
「じゃあ、盗まれた理由は他にあるってことですか」アキはいきなり不穏な話になったな、と思いながら尋ねた。
「そうでしょうね。実をいうと、盗んだ犯人が一切不明なもので、盗まれた理由もさっぱりわからないのですよ。私達のうちでも、人工惑星の門外漢にとっては、大抵の場合は無価値、専門とする者にとってはわざわざ盗むまでもありませんから」ヒイラギは一呼吸おいて続けた。
「とにかく、盗難にあった惑星が、今この町で次々と見つかっているのです。恐らくはまだその多くがこの町のどこかにあると私は睨んでいます。もちろん、こちらとしては全力を挙げて捜索する所存ですが、今回のあなたのように、町の住人の方が発見されるという場合もあるでしょう。そのような時は、私どもに連絡を下さるか、あるいはこちらに届けていただければありがたいのです」
本当ならこれはリンゴに話すつもりのことだったのだろう、とヒイラギの話を聞きながらアキは考えた。科学者という者達に対してアキやキジが抱く、胡散臭い、怪しいというイメージは至極一般的なものであり、今まで見聞きしたことから考えれば、科学者の巨大施設が地下に広がっているこの町でもそれは例外ではないのだろう。となれば、町中に散らばっているかもしれない人工惑星を探すのに、科学者達自身が働きかけて町の住民の協力を得ることは難しい。そこで数少ない科学者との繋がりがある住民であるリンゴを介して、他の住民にそれとなく呼びかけてもらおうというつもりなのかもしれない。
案の定、ヒイラギはリンゴにもこのことを伝えてほしい、と言った。
「本来ならば、私達が解決すべき問題ではあるのですが、何分、今は捜査が追い付いていない状況なので。もちろん、協力というような大げさなものではなく、偶然見かけた場合で構いませんから」
「わかりました」アキは頷き、ふと思いついて尋ねた。
「危ない物ではないんですよね?町なかにばらまかれると何か危害が及ぶようなものであったりすることは……」
「もちろん、ありませんよ」ヒイラギはこちらを安心させるように微笑んだ。
「ただ、少々重い物ではありますから、持ち運ぶ際には少々気を付けていただければ。何とも面目ないことではありますが、よろしくお願いします」




