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人工惑星  作者: 赤靴下
22/49

4-3

 巨大な暗雲の塊が岩山の向こうから姿を現していた。盛り上がった海原の波に似た形のそれは見る間にぐんぐんと押し寄せ、先ほどまでの晴天を飲み込むように覆っていく。太陽が遮られ薄暗くなった視界を、モンキーホースの群れが横切り駆けていった。次の瞬間、ぱっと稲光が走って雨が降り出し、あっという間にバケツをひっくり返したかのようなどしゃ降りになった。向こう側の音こそ聞こえないものの、激しく明滅する稲光を見ているとゴロゴロという爆音すら聞こえてきそうだったが、実際に耳に入ってくるのは少年が相変わらずモンキーホースの講釈を流暢に続けている声だった。


「――このような生態から、モンキーホース、つまり猿のような馬という意味をこめた呼び名が付けられました。原則として人工惑星で発生した生物は一定の規則に沿った文字列による名前で分類するのですが、それでは普段、会話などで名前を口にする時に不便なので、こうした呼び名が付けられるのです。ちなみに――」


「雨が」アキは口を挟んだ。

「さっきまで晴れていたのに」


「雨?」少年は説明をぷつりとやめて聞き返した。

「強い雨ですか?」


「ええ、とても」アキは観測鏡のレンズから目を離した。

「すごい速さで雨雲が近づいてきたら、すぐにどしゃ降りになってます」


「そうですか……ちょっと確認しても?」アキが頷いて場所を替わると、少年は観測鏡を覗き込んで、ほう、と驚いたように声を漏らした。

「これは――」


 少年は操作盤の目盛りを睨みながらつまみをいくつかいじると、顔を上げて向こうにいるヒイラギを呼んだ。

「ヒイラギさん、大規模な積乱雲の塊ですよ。これはもしかすると、中に生息しているかもしれません」


 ヒイラギは珍しいことを聞いた、という顔で歩いてきた。

「本当か?今観測しているのは乾燥地域だろう」


「だからこそですよ。普通は乾燥した地域にこんなに大規模な積乱雲は突然発生しない。それが現れたということは、きっと内部に生息しているはずです。ちょっと待ってください――今、そちらの携帯に映像を送信しましたよ」少年はまた観測鏡を覗きつつ操作盤のつまみをいじっていた。


「ああ、そうだ」少年は白衣のポケットから小さな銀色の板状のものを取り出し、アキに差し出した。

「こちらにも映像を送りました。画面を見てください……そう、そっちです。今観測鏡に映っている映像がこっちにも映っているんです」


 アキは板の画面に映った映像に目を丸くした。さっきまで観測鏡に映っていた光景が見える。暗雲は稲光で激しく明滅し、赤い岩山に叩きつける雨はますます激しくなっているように見えた。


「運が良ければ――」ヒイラギの持っている黒く小さな板にも観測鏡の映像が映し出されているようだった。

「珍しい物を見られるかもしれないですよ。この惑星に生息している動物の中でも個体数がきわめて少ないものが」


 アキは映像を見つめた。視界がゆっくりと岩山から離れ、少しふらふらと揺れながら上昇していく。


「気を付けろよ」ヒイラギが少年に声をかけた。


 コハクの目は観測鏡を覗きながらその手は操作盤を忙しく動き回っている。「承知しています。まあ、慣れていますから」


 何気ない声の調子とは裏腹に、少年の眉は真剣につり上がっていた。


 板に映った視界は地上から遠ざかり、雲に近づいていく。雲の表面を稲妻が走り、画面がぱっと光った。その瞬間、風にあおられたように突然映像が激しく揺れた。


「おっと――」少年がつぶやき、操作盤の青いボタンを叩くように押した。

視界ががくんと高度を下げた。さっきまで岩山の上空にいたのに、今は岩山の頂上に並ぶほどの高度になっているようだ。


「慎重にな」ヒイラギがまた声をかけた。

「壊れたら面倒だ」


「ええ」少年は返事をしながらも、心ここに在らずといった様子で観測鏡に両目を押し付けている。

「この……よし……いいぞ」


 操作盤の目盛りがゆっくりと傾き、ぐらぐらと揺れていた映像が安定してきた。再び視界は高度を上げ、豪雨と閃光でいっぱいの黒い空を映し出した。そのとき、アキは雷雲の向こう側に晴天が見えるのに気が付いた。雲が移動するにつれて、青空との境界がこちらに近づき雨は弱まりつつある。始まった時と同じく、嵐は突如終息するようなそぶりを見せていた。


 ヒイラギと少年もそれに気づいたらしい。

「もう終わるみたいだぞ。今回は無理そうだな」


「うわ、本当だ。今回は見られると思ったんですが」


 ヒイラギはよくあることだという調子で、少年は心底残念そうにつぶやいている。少年は観測鏡から目を離してため息をついた。


「そう簡単に見られるものでもないさ」ヒイラギは映像を映していた小さな板を白衣の懐にしまいながら言った。

「特に生で観測するならよっぽどの――」


 ヒイラギの言葉はあっと言うアキの驚きの声に呑まれた。アキは小さな板の映像をまだ見つめていた。

「何か大きなものが見えますよ。雲の中に――」


「何ですって」アキが言い終わる前に少年は観測鏡に飛びつくように覗き込み、息を呑んだ。

「やっぱり出た。出ましたよ、ヒイラギさん」


「おお、本当だ」映像を映す小さな板をまた取り出したヒイラギも驚きを隠せないように、目を丸くして見ている。

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