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「観測?」アキは聞き返した。
「ええ。人工惑星についてはどの程度ご存知ですか?リンゴさんからいくらか聞いていらっしゃるのでは」
アキがある程度は、と頷くのを見て、ヒイラギは続けた。
「簡単に言えば、小さな星――世界と言ってもいいでしょう――を創り、その星における様々な事象を観察、研究しているのが我々です。この部屋では、その黒い円柱の中に疑似的な宇宙空間を作り出し、その中に惑星を設置し、生じる事象を観察しているのです」
よくわからないという感想がアキの顔に出ていたのか、少年が割って入った。「まあ、説明するより実際に見てもらった方がわかりやすいでしょう。ご覧になりますか?」
アキは一瞬考えたが、好奇心に任せて頷いた。
「見てみたいです」
「きっと驚かれますよ」少年はにっこりした。
「確か、19番のが使える」ヒイラギが少し離れた場所の円柱を指した。
「ソラクジラのやつだよ」
「ああ、いいですね」少年はアキをその円柱の方へ導き、円柱の根元の直方体の台を手で示した。
「これは操作盤です。これでこの円柱の中にある惑星の環境をコントロールしています。そして、ここに付いているのが観測鏡です。少しお待ちください――」
少年は台から突き出ているY字型の筒に両目を当て、台に付いているつまみやらボタンやらをちょっと操作すると、よし、と言って顔を上げた。
「さあ、どうぞ。観測鏡に目を当ててみて下さい」
促されたアキはいったい何が見えるのか、想像もつかないまま怖れと好奇心が半分ずつの心境で、観測鏡を覗き込んだ。
目に入ったのはごつごつした岩場の景色だった。鈍い赤銅色の岩が積み重なった急勾配の斜面を、アキは上空に浮かんでいるかのように斜め上から眺めていた。視界の端に移る空は青く、雲が浮かんでいる様子も見えた。
「今ご覧になっている人工惑星は、私達が住む世界と環境はそんなに違いません」アキの耳に少年の声が届いた。
「ただし、それでも私達の世界では考えられないような生物が発生し、進化しています――」
少年の話をそこまで聞いたとき、視界に灰色の動物が表れた。とんがった岩を長い指でつかみ、身軽に駆けるその姿にアキは見覚えがあった。口は首元近くまで大きく裂け、顔の側面に2つずつ、合計四つの黒い眼が瞬いている。まぎれもなく、雑貨屋の母屋で見たリンゴの絵に描かれていたあの動物だった。
「何か動物が」アキは驚きの声を上げた。
「目が四つあります」
「その惑星では、私達の惑星における哺乳類に相当する種の生物の多くは四つの目を持っています」少年は丸暗記しているかのようにすらすらと説明した。
「やや気温が高い環境で、植物の数は私達の惑星と比較すると少なく、一部の地域に偏って生息していますね。今ご覧の生物――私達は便宜上モンキーホースと呼んでいますが――は、植物が少なく寒暖差の大きい地域に適応しているようで、この惑星において現在最も個体数が多いと考えられている哺乳類です。主に土や小石を摂取し、その中のわずかな栄養分で効率よく活動することを可能としているようです」
何とも珍妙な四つ足の動物を呆気にとられて見つめているアキの耳には、少年の解説は半分程度しか入ってこなかった。最初の一頭に続いてさらに二頭が視界に入ってきた。じゃれるように頭をこすりつけ合っている様子は馬によく似ている。
「ご覧の岩場には多くの個体が生息しています」という少年の声とともに視点がすっと後ろへ引き、より上空から俯瞰するような眺めになった。
バックに荒涼とした起伏のある台地が地平線まで続いているのが見える。そして赤い岩山の断崖のあちこちで、ざっと十数頭のモンキーホースなる生物が狭い足場の上を器用に移動していた。急な斜面を横切り、皆同じ方向へ向かっている。集団の中には目に見えて子供とわかる小さなものもおり、親らしき個体の後をついて岩場を渡っていた。
「群れが見えていますか?」少年が尋ね、アキが頷くのを待って続けた。
「十六頭もの群れは大きい方ですね。モンキーホースは通常、雄と雌に分かれて群れを形成します。今ご覧になっているのは雌の群れですね。彼らは繁殖期のみ、一頭の雄が数頭の雌を率いる交尾群を形成しますが、こうした群れを作ることのできる雄は壮年期に達して体格がひときわ大きくなった個体がほとんどです。ただ交尾群を形成しない若い雄にまったく子孫を残すチャンスがないわけではなく、他の雄が形成した交尾群の雌を狙って交尾することもあるようです。逆に交尾群を形成する雄は、そうしたほかの雄から群れを守る役割があり――」
少年のモンキーホースの繁殖から子育てについての説明を話半分に聞きつつ群れを見つめていたアキは、突然視界の右上に異変を感じた。




