4-1 アキ
アキと案内の少年は再び来た道を戻り、さっきのホールでエレベータに乗った。どうにもこの浮遊するような感覚は、アキはあまり好きになれそうになかった。エレベータの扉が開くと、今度は左右にまっすぐ伸びる廊下に出た。廊下の左右にはいくつもドアが並び、無機質な白い明かりに照らされている。
「こちらへどうぞ」
歩き出した少年にアキはついて行きながら、この少年に惑星を渡せばそれで済むのでは、と考えていた。少年はヒイラギの助手なのだからそうすることに何の問題もないはずだが、どういう訳かアキが直接ヒイラギに渡さなければならないことになっているとこの少年は思っているようだ。常に笑みを絶やさず丁寧にかつてきぱきと案内をこなすため、なりゆきでここまで来てしまった。ただ、リンゴはこの施設の科学者たちを信用しており、中でもヒイラギとはそれなりに親しいようなので、このまま会わずに帰るのもなんだか悪いような気がしていた。
この階は主に人工惑星に関する実験室が並んでいます、見学者の方も希望をいただければ入室できる部屋もいくつかあるんです、というにこやかな説明を遮って帰ります、とはなかなか言い出しにくく、結局どうするか考えているうちに目的の部屋に到着してしまった。
「どうぞ」そう言って少年が開いたドアには、「第3観測室」という札が付いていた。
部屋の中の光景は、アキが今まで見たことのあるどんな部屋よりも奇妙だった。だだっ広い空間の床から、黒い円柱がにょきにょきと突き出て規則正しく並んでいる。その大きさはまちまちだが、目につく範囲で最も小さい物でも、高さも太さも人間の大人より一回り大きいほどで、大きい物は巨木の幹のようだった。どの円柱の根元にも人間の腰の高さほどの台がくっついており、目盛りと針のついた小さな円形の文字盤や丸いボタンが幾つも並んでいる。ブーンと何かが唸るような低い音がするこの部屋には人の姿はほとんどなかった。
「あちらです」そう言って少年が手で示した先には、無数に立つ円柱の中の一つの前に立っている痩せた姿があった。少年とアキは円柱の群れの間を通り、白衣を着た後姿に近づいた。
「ヒイラギさん」少年が声をかけると、その男はこちらを振り返り目を丸くした。
「や、これは。地上の客だと言うから、てっきりリンゴだと思っていたが」ヒイラギは驚いた様子で言った。
「キジさんの雑貨店で会いましたね」
「こちらアキさんとおっしゃる方です」少年はにこやかに言った。
「ヒイラギさんに御用があるそうです。アキさん、こちらは僕のチューターのヒイラギさんです」
アキは会釈をして差し出された手を握った。「こんにちは」
「こんにちは。早速ですが、御用というのは?」ヒイラギはにこやかに挨拶を返したが、目の下のうっすらした隈のせいか、若干くたびれたような感じが漂っていた。
「この間、町なかでこれを拾ったんです」アキはそう切り出し、袋からずっしりと重い惑星を取り出して見せた。
疲れ気味の笑顔を浮かべたヒイラギの表情がさっと緊張した。
「惑星ですね」
低い声でつぶやくように言うと、アキの手から惑星を取り、目線の高さまで持ち上げてそれを見つめた。
「ナンバーは三桁か。いつ、街のどこでこれを?」
「中央地区の広場で、四日前に。旧行政館の塀の内側に落ちていたんです」アキはあの日、日陰を求めて座った塀に囲まれた建物の名をリンゴから聞いていた。
「雑貨屋にヒイラギさんが引き取りに来られた惑星と同じものだと思って、こちらに持ってきたのですが」
アキがそう言いつつちらりと助手の少年の方を見ると、ヒイラギと同じく驚きと緊張の入り混じった険しい表情が浮かんでいた。
「成程」ヒイラギはしばし何かを考え込んでいる様子だったが、すぐに愛想の良い笑みを浮かべて礼をした。
「お手数をおかけしました。確かにこれは、私どもの施設で管理しているものです。こちらで不手際があったようで、こうした人工惑星の核がいくつか紛失していたのですが、助かりました。ありがとうございます」
「いえ……」アキはすんなり任務が終わったことに安堵と若干の拍子抜けを感じていた。
「しかし」ヒイラギは惑星をかっちりとした四角い鞄にしまいながら少年の方に目をやった。
「わざわざここまで案内せずとも、上階の応接室で対応できただろうに」
「応接室はすでに予約が入っていまして」少しためらうようなそぶりで少年は答えた。
「研究室を使おうとも思ったのですが……今は少々散らかっていますから」
「ああ」ヒイラギは苦笑した。
「そうだった」
ヒイラギと少年が話している間、アキは立ち並んでいる大小さまざまな円柱を眺め、何に使う物なのかと考えていた。白い床と壁と天井に囲まれた空間に真っ黒な円柱が無数にそびえ立つ光景は、なんとも日常からかけ離れた異様なものだったが、アキは物珍しさに少し興味を覚えてもいた。そのせいか、ヒイラギが言い出した提案にはさっさとこの施設を出たいという思いを抑えてやってみようかという気になっていた。
「せっかくここまでおいでになったのですから、人工惑星を観測してみてはいかがですか?」




