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人工惑星  作者: 赤靴下
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1-2

 目指す雑貨屋を見つけるのに、そんなに時間はかからなかった。町の端を囲むように伸びる一本道をたどっていけばいいだけだったからだ。大きな通りに出ると、向かい側に「雑貨…日用品、食品、書物、装飾品」と書かれた看板が軒先に出ている店が見つかった。四角い屋根の、小さな建物の右隣りには通りに沿って家が並んでいたが、店の左側には何もない。そこで町は終わり、道だけが丘を回りこむようにして続いていた。

 

 アキは通りを横切り、入り口の脇のガラス越しにちらりと中をのぞいてみた。少し暗い店内には本が並んだ棚や陶器が置いてあるテーブルがある。店内はがらんとして客はいなかった。奥にカウンターが見えるが、そこにも誰もいないようだ。木製の古びたドアを引っ張って開けると、頭上でドアにぶら下がる鈴が鳴った。

 

 アキはテーブルと棚の間を縫うように進んでカウンターまで近づいた。外から見た店はそれほど小さくはないように見えたのに、あれこれと置かれた店内はやけに狭かった。やはりカウンターに人はおらず、奥にあるドアからも誰も出てくる気配がない。今入り口の鈴が鳴ったのにな、とアキは思いながらカウンターを眺め、呼び鈴が置いてあるのに気が付いた。鳴らそうとして、突然呼び鈴の横にある小さい透明な箱に目が吸い寄せられた。

 

 アキはその箱をじっと見つめた。直径が15センチくらいのガラスのような透明の立方体の中に、白い球体が浮いている。手に取ってみて、箱が大きさの割にずっしりと重いことにアキは気づいた。近くで見ると、透明な箱の中で球体はくるくると回転しているように見える。なんだろう、と思った途端に声がかかった。


「いらっしゃいませ」

 アキが目を上げると、オーバーオールにエプロン姿の若い女が一人、カウンター の奥のドアから入ってきた。浅黒い顔に愛想のいい笑みを浮かべている。


「何かお探しですか?すいません、それは売り物じゃないんです」アキの持っているガラス箱に目をやりつつはきはきと言った。

「そういうインテリア系のならそちらのテーブルに――」


「あの、リンゴさんですか?」アキはさえぎって尋ねた。祖母の手紙には、店には店員が一人いると書いてあった。あとリンゴという名前だとも。


「はい、そうですが?」店員は笑顔のまま、アキの上から下まで視線を走らせた。


「私は――」


「はいはい、店長のお孫さん!」アキが最後まで言い終わる前に店員がぽんと手をたたいた。

「そう、今日来るんだったね」

 

 アキは頷いた。

「祖母が店で待っているようにと手紙にあって」


「聞いてるよ。奥へどうぞ。店内で立ち話もなんだし……」店員はカウンターの奥のドアを指した。


 アキは店員の後を追って店の奥へ入った。

「お店の方はいいんですか?」


「大丈夫でしょ。ちょっと外すだけだし、客が来たらわかるから」

 アキと店員は小さな廊下を通って別の部屋に入った。アキは歩きながら、小さな油彩画や木彫りの装飾が廊下の壁にかかっているのを見た。

 

 入った部屋は小ぢんまりとした台所だった。お茶でも淹れるよ、と店員に促され、アキは中央の木のテーブルに着いた。


「こっちにはどうやって来たの?」茶の葉の瓶を開けながら店員が尋ねた。


「途中まで乗合馬車で。この町までは祖母の知り合いの人に乗せてもらいました」


「店長の知り合い?」


「はい。前もって祖母が知らせていて、市に行くついでに乗せてもらったんです。夫婦で農業をしている人で」


「ふうん」店員はやかんを火にかけた。

「さすが店長。顔が広いな」


「そうなんですか」


「そりゃ」店員は大げさに目をぐるりと回した。

「この町じゃ店長を知らない人はいないよ。あんなに目立っているし」


「目立っている?」突然アキの脳裏に紫色のけばけばしいドレスを着て、大きな帽子をかぶった老婦人が浮かんだ。


「うん……え?」店員は不思議そうにアキを見た。

「目立つと思わない?」


「えーと……私は祖母の記憶がなくて」アキは言った。

「どんな人か覚えてないんです」


「へえ」店員は面白がっているような顔をした。

「写真とかで見たこともないの?」

 

 アキが首を横に振ると、店員はそうなんだ、とますます愉快そうな様子で言った。


「祖母はどんな人なんですか?」


「それはね」なぜか店員はにんまり笑った。

「実際に見たらわかるよ。その方がびっくりするだろうし」


「びっくりする?」

 アキが怪訝な顔をするのを見て、店員はむふふと笑いながら茶のカップをアキの前においた。


「どうぞ」


「ありがとうございます……いただきます」


「これから店に戻るけど、なんか気になることあったら遠慮なく言いに来てよ」


「はい」


「店長も来るのにそんなに時間はかからないと思うし、ちょっと待っててね」

店員は出て行きかけて振り返った。

「まだちゃんと名乗ってなかったね。私はリンゴ。ここで店員をしています」

 

 アキは立ち上がり、差し出された手を握った。

「アキです。よろしくお願いします」

 

 リンゴが出て行き、台所は静かになった。アキは部屋の中をぐるりと見回し、壁に何枚か絵がかかっていることに気が付いた。廊下で見たのと同じ、油彩画だ。どこかの部屋や、森の中、緑の野原を描いた風景画の中で、アキは一枚の絵に目が行った。町の通りを描いたものらしい。道の両側には、ベランダが突き出し、あちこちにアーチ形の吹き抜けがある白壁の建物が絵の奥まで続いていた。壁や屋根のあちこちから草木が生え、建物は古そうな雰囲気を出している。まっすぐに続く通りの奥で建物は途切れ、その先には緑の草地が見えていた。丁寧に書かれていたが、絵の枠は装飾が全くない木製で、手作りのものだとすぐわかる。もしかして祖母が描いたのだろうか。後でリンゴさんに訊いてみよう、とアキは思った。

 

 時間をつぶそうとアキは皮袋をごそごそ探り、読みかけの小説を取り出した。


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