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人工惑星  作者: 赤靴下
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3-1 ヒイラギ

 リンゴの雑貨屋を訪れた後、私は研究施設に足を向けた。肩から下げた鞄にはリンゴから受け取った人工惑星と、大量の施設案内のパンフレットが入っている。世間ではあたかも宗教団体のように思われている研究施設を正しく知ってもらおうという試みは数年前に始まったが、地上に住んでいる人々の、私達に対する認識はほとんど変わっていないようだ。さっきもリンゴに、チラシを配っているようではだめだと言われたが、それはもっともな話かもしれない。開始してから現在までずっと続けてきた手法なのだから、現状を見ればビラ配りが人々の認識を変えることに大した効果を持っていないのは自明のこと。しかし、そもそもこの活動に積極的な者がこの町の施設にはあまりいない――むしろ批判的な者の方が多いかもしれない――せいで、別の方法すらまったく提唱されないままだった。私自身、パンフレットを配るのは、私が研究員の中でも地上に出る機会が多いだけという理由に寄っている。


 ――我々に対する人々の認識を改め、我々が世の中に対してどのような貢献をしているのか、正しく知ってもらおう――

 

 そう主張するニオに賛成したのは、そうなれば少しは町を肩身を狭くすることなく歩けるか、と思っただけだったが、まさかここまで苦労するとは予想していなかった。

 

 私は気を取り直して歩を進めた。中央地区へまっすぐ伸びる通りは人で混み合い、両側にはテントや屋台が並んでいる。今日から一週間、この町では祭り市だ。ふと、コハクに何か差し入れでも買うかという気になって、私は目についた屋台に近づいた。

 

 初めて見たがおいしそうな焼き菓子をいくつか買って屋台を離れようとした時、通りの、私が来た方から、人込みが道の両端へざわざわと移動しはじめた。何事かと思ったその時、道の真ん中を進んでくる大きな荷車が目に入った。大柄な男たちが4人がかりで引っ張る車の荷台には、山と積まれた何かが緑色の布をかぶって運ばれていた。


「何かね、あれは」私が焼き菓子を買った屋台を営業している女性が、私の後ろで言った。

「市に出す品なのかね。ずいぶん多いけれど」


 通りにごった返す人々は、迷惑そうな、あるいは物珍しそうな顔で道の両端へ避けて行き、荷車は人の群れをかき分けるようにして進んでいった。私は荷車が遠ざかり、人込みが元通りになるまで待ってから、研究施設へ向かった。

 

 北地区へ入ると人の数はぐっと減った。この地区の大半は住宅地で、祭り市の喧騒もここまでは侵食してきてはいないようだ。日に照らされて厚くなった坂を汗を拭いながら上る。何度も通っているはずなのだが、どうにもこの坂を息切れせずに昇れたためしがない。ただ坂が急勾配なだけではなく、研究施設が北地区の端にあるせいで延々と上り続けなければならないことも原因だろう。もしかすると研究員の連中が軒並み街へ出たがらない奴ばかりなのは、このことも関係しているのかもしれない。

 

 この町の研究施設は、一見するとただの民家にしか見えない。町の景観を損ねないため、そして周辺住民が親しみやすいようにするためという目的でこんな設計になったそうだが、実際は地下十階の巨大な研究施設が町の下に埋まっている。それを知っている者すら、町の住民にはほとんどいないようだ。


 受付では、エナガがカウンターに突っ伏していびきをかいていた。接客にあるまじき態度ではあるが、そもそも客がいない。クリップボードの受付名簿には今日も名前は一つも書かれていなかった。


 私はエナガの肩を軽く叩いて声をかけた。

「エナガ。おい、エナガ」


 エナガの頭がごそごそ動き、ぼんやりとした寝ぼけ顔が表れた。

「おや……ヒイラギさん。お帰りで?」


 私は頷いた。

「前にも言ったが、客がいないからと言って居眠りをするのはよくないぞ」


「だって、客がいないんですよ。起きてようが寝てようが同じことです」エナガは頭をぼりぼりと掻いた。

「こんな暇なところに飛ばされたなんて、事実上の休職ですよ。俺が何か問題を起こしたわけじゃないのに」


「居眠りなんかしてないで、ここでの勤めをきちんと果たせばまた戻れるだろう。万が一客が来て受付がいびきを掻いてるのなんかを見たら、それこそもっと客足が遠のく」


「冗談でしょう。これ以上遠のく客足なんてありませんよ」エナガはからからと笑った。

「最後の客が来たのが半年前で、俺の前に担当した奴は、自分が受付しているうちに見た客はその一人だけだって言ってたくらいだし」


 私はため息をついた。

「客がいないならもっと集客の努力をすべきだろうに。そんなことだから世間のイメージが変わらないんだ」


「わかりました、では」言うこととは裏腹にエナガは毛ほどもわかっていなさそうだった。

「これからはなるべく起きているようにします」


「なるべくじゃなくて、常に。な?」


「善処しますよ」

エナガの間延びした返事を後にして、私は施設の自分の研究室へ向かった。

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