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人工惑星  作者: 赤靴下
11/49

2-5

 アキがこの町に来てから、何事もなく数日たった。ハイエナの新聞記事が出た翌日には、アキはあちこちで新聞を持って心配そうに話をする人を見たが、その次の日にはそんな姿もなくなった。アキは午前中には雑貨屋で店番をして、午後は祭り市を見に行ったり、中央地区にある大きな図書館へ行ったりした。図書館でアキはクジラについて調べたが、過去に絶滅した動物について書かれた本でその絵を見た。海中に住む巨大な哺乳類らしい。リンゴの言った通り、目は二つしかないようだった。


 リンゴは店番をするとき以外はあまり自室から出てこなかった。いつも絵の具まみれのエプロンをかけているところから察するに、絵を描いているのだろう。アキは一度リンゴに絵のモデルになってくれと頼まれ、部屋に入った。足を踏み入れた途端、絵の具の強烈なにおいが鼻を突いた。部屋の窓は空いているにもかかわらず、思わず顔をしかめたくらいだったが、リンゴはさすがに慣れているのか気が付いていないようだった。あちこちに絵の描かれたキャンバスが置かれていた。多くは風景画で、台所や廊下に飾ってあるのと同じように、奇妙な色や形をした動植物が描かれていた。


「たまには人も描きたくなるんだよ」アキは人物を描いた絵が一枚もないのに気付いてそう指摘すると、リンゴは筆とパレットを持ち、真剣な表情でイーゼルのキャンバスを見つめながらなぜか微妙にかすれた声で答えた。

「でも久しぶりだから描きにくくてね。ちょっとモデルになっておくれよ」


 椅子に座ってポーズをとっている間、アキはちらりと横目でリンゴを見た。キャンバスをにらむ顔つきは真剣そのもので、普段のしょっちゅう冗談を飛ばしている陽気さはすっかり消えていた。


 その日の夕食でアキがそう言うと、リンゴは「そりゃあ真剣さ」とうなずいた。

「今はこんなだけど、いつかは絵描きで飯を食べていけるようになってみせるからね。ああ、でも、前に店長にそう言ったときは鼻で笑われたなあ。あのときは割と本気でショックを受けたよ。いや、自分の腕前にうぬぼれてたわけじゃなくてさ、もっと、こうね……」リンゴは考え込むように、尻すぼみに話を終えた。


 

 その翌日は日曜日だった。リンゴは惑星を届けに施設へ行くはずだったのに、タイミングの悪いことに熱を出して寝込んでしまった。前日はやたらせきをしていたが、どうやらこれが原因だったらしい。


「ただの風邪だよ。大丈夫」とリンゴは笑っていたが、熱はそこそこ高いようだった。


「医者に行った方がいいんじゃないですか」アキは水差しとコップをリンゴの枕元に置いた。

「薬をもらえばちょっとは楽になるかもしれないですよ」


「心配しすぎだよ。寝てれば治るさ」リンゴはひらひらと手を振って言った。

「それよりあの惑星だけど、アキが持って行ってくれる?できれば早いとこ手放したいんだ。店長もそう言ってたしさ。施設の場所は分かる?この間もらったパンフレットに載ってるはずだよ。そんなに遠くないし……頼める?」


 アキは引き受けたが、あまり気が進まなかった。具合が悪いリンゴを放っておくことになるし、科学者に関わるとなるとどうにも胡散臭い感じがした。アキがそう言うと、リンゴは大丈夫だから、と辛抱強く繰り返した。


「本当、科学者は世間で言われてるような変人じゃないよ。ヒイラギだって普通の人だったでしょ。確かに店長もああ言ってるけど……ちょっと一般人には理解できないことをやってるだけで、それ以外は全く変わったところなんてないから」


「その、一般人には理解できないことが不安なんですよ」


 それでも結局、強い日差しの中アキは施設へ向かっていた。正直なところ、先日リンゴが言っていた惑星の中に陸や海があり、その中に生物がいるという話に少し興味をひかれてもいた。手から下げた袋には、見た目の割にずしりと重い惑星が入っている。これを祭り市でアキが拾ってきた夜、店に訪れたキジはそんなものはさっさとどこかへやってしまいな、ときっぱり言った。キジもリンゴと同様、科学者について普通の人よりも知っているようだったが、リンゴとは違い全く快く思っていないのはあの時の様子からはっきりわかった。


 当然のことだろう、とアキは思った。あの後、リンゴの話でキジの常人離れした巨大さの理由がわかった。以前、科学者の何かの実験に協力したところ、失敗してあんな体になってしまったという。リンゴは詳しくは話さなかったが、キジのあの苦々しげな物言いは明らかに科学者を嫌っていた。


「関わるとろくなことがないよ」キジはしかめ面でそう言っていた。

「さっさと持ち主に返すか、でなきゃ捨てちまいな。この間、店に放ってあったって言っていたやつはあのヒイラギって科学者が引き取りに来たんだろう?今度のもそうしてもらえばいいじゃないか」


「それにはヒイラギに連絡を取る必要がありますし、それならこっちから持っていきますよ」とリンゴは答えていた。

「この間引取りに来てもらったのは、たまたま外でヒイラギとばったり会って話をしたからなんです」


「それなら配達屋にでも頼んで届けさせればいい。施設に行くなんて感心しないね」


 キジはさらに言いつのったが、リンゴは首を横に振った。

「気味悪がって配達屋は受け取りませんよ。私がさっさと行って届けてきます」


「まったく」キジはぶつくさ言っていた。

「なんであんな連中と関わるのかね」


 二人の会話を思い出しながらアキは早足になった。さっさと行って届ければいい。それでおしまいだ。

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