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その日、日が沈む頃にキジが店にのっしのっしとやって来た。ちょうど店のガラス戸に閉店の札を出していたアキは、突然夕日が巨体にさえぎられて気が付き、外に出た。
「ああ、アキ」キジはこちらを見下ろした。
「手伝ってみてどうだい、店の方は」
「いい経験になると思います」アキはにっこりした。
「それはよかった。リンゴは店にいるかい?」キジは巨大なチュニックのポケットをごそごそと探りながら尋ねた。
「母屋の方ですよ」アキはガラス越しに店の中を確認して言った。
「掃除するのに箒を取りに行ったんですけど」
そう言った途端に、カウンターの奥の扉が開いて箒と塵取りを持ったリンゴが顔を出した。リンゴはアキが外に出ているのに気付き、店から出てきた。
「どうしたの?ああ、店長」リンゴはキジを見上げて会釈をした。
「今日は早いですね。今、閉店してるところで」
キジは頷いて、チュニックのポケットから何やら束ねた紙を取り出した。老婆の太い指の間でひしゃげていたが、アキにはそれが新聞だと分かった。
「お前、今日の新聞を読んだかい。ちょっと気になることがあったよ……ハイエナだ。近くの町で強盗があったそうだ」
「ハイエナ?」リンゴが驚いたように眉を吊り上げた。
「本当ですか」
「これだ」キジは新聞を放って――というより落として――こちらによこした。両手がふさがっているリンゴの代わりにアキが受け止め、リンゴに渡した。ちらりと見たリンゴの顔は、わずかに緊張しているように見えた。
「ごめん、ちょっと掃除しといてくれる?私も後で行くよ」アキに新聞の換わりに箒と塵取りをよこしてリンゴが言った。アキはキジが言ったことが気になったが、頷いて店の中に入った。
店内を箒で掃きながら、アキは店の外に目をやった。ガラス越しに、新聞を見ながら話しているリンゴが見える。会話の中身までは聞こえてこなかったが、あまりいい話ではないことがリンゴの表情から分かった。キジはハイエナと言ったが、アキはその名前に聞き覚えがあった。確か、ずっと前に新聞で見たはずだ。
少しするとリンゴが店に入ってきた。キジが持ってきた新聞の記事を見つめて険しい顔をしている。
どうかしましたかとアキが呼び掛けると、リンゴが目を上げた。
「ハイエナって知ってる?」だしぬけに問われてアキは目を瞬かせた。
「聞いたことがあるような。何の名前かは忘れましたけど」
「犯罪組織の名前だよ。十年くらい前までこの国のあちこちで大掛かりな窃盗や強盗を繰り返してた。結構有名なはずだけど……そうか、アキは東部の出身か。あっちでは目立った事件もなかったね」
「そのハイエナっていう犯罪集団が、近くの町で強盗を?」アキはさっきキジが言ったことを考えながら尋ねた。
リンゴが頷いた。
「たぶん、そう。ひと月前にも別の町で窃盗事件が起きてる。でも、ハイエナはここ十年は全く事件を起こしてなくてさ。最後に私がハイエナの新聞記事を見たのは学生のころだったよ。ああ、それじゃアキが覚えてなくても仕方ないか」
「それじゃ、そのハイエナがまた活動しだしたってことですか。しかも、隣の町で」アキは不安げに言った。
「そう言われてる……まあ、うちの場合はめぼしい物なんかありゃしないから、大丈夫だと思うけどね」リンゴはそう言いつつカウンターに新聞を置いた。
「ほらこれ見てみなよ。新聞は大はしゃぎだ――それももっともだけど」
アキは掃除の手を止めてカウンターの新聞を覗き込んだ。一面記事に三日ほど前に起きた宝石店の強盗事件と、犯罪組織ハイエナの復活についての大きな記事があった。
「でも、どうしてこの強盗事件がハイエナが起こしたと分かるんですか?もう何年も活動していなかったのに」アキはふと思いついて尋ねた。
リンゴは答える代わりに新聞記事のあるところを指した。そこには、一度逮捕されたことのあるハイエナの構成員の遺体が、現場で発見されたと書いてあった。
「ひと月前の窃盗事件の時も、逮捕歴のあるハイエナの下っ端の死体が現場で見つかったんだそうだよ。その時はハイエナ復活なんてただの噂でしかなかったけど、またこんなことが起きたもんだから、ハイエナが関係してるんじゃないかって、皆そう考え始めてるんだろう」
リンゴはしかめ面で新聞を丸めた。
「嫌な話だね。アキも、こっちに来て早々物騒なことが起きちゃってさ」
「この町では何事もないといいですけど」
「大丈夫、うちには店長がいる。あの人にかかればどんな悪党だって文字通りペシャンコだろうさ」リンゴは冗談めかして言った。




