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その時だった。
俺の目の前に迫っていたモンスターが横から放たれた魔法で吹っ飛んだ。
「ナイスヒットおおぉ!」
聞こえたのはいつものように胡散臭い軽薄そうな声。
そこにはシエロが立っていた。ただ、そのスーツはボロボロで、手にしたホッケースティックからは煙が出ている。
「よぅ、さすが元不良。でも少しばかり無謀だな」
「あんた、違うところにいたんじゃ…」
すると奴はニヤリと笑った。それはあまりに不敵で、そして何だが安心できる笑みだった。
「あんな雑魚、超特急で終わらせてきた。もう少しすれば全員揃う」
瓦礫にめり込んでいたモンスターが戻ってくる。苛ついたように頭を振っており、明らかに怒り狂っているのが分かった。シエロは真面目な表情になると再びホッケースティックを構えた。
「テレビ中継は拒否ったから最高に泥臭い戦いになるぞ。華麗なる魔法で魅せられる俺はともかく、田舎者のミコトはお綺麗な戦いが出来ないからな」
「―――綺麗事でハンターが務まるなら考えてやってもいい」
突然現れたミコトさんの声は上から聞こえてきた…上?
頭上を見ればそこには武装したミコトさんがいた。が、その背には全身を包めるほどの大きな翼が、そして生え際には片方だけ途中で砕けた双角があった。彼はスーツ姿ではなく、いかにもハンターといった格好で、隙間から見える首筋などには鱗が見え隠れしていた。
その姿はまさに龍人だ。
「とはいえ再生力に任せて色々と強行突破しすぎだって!これだから特攻野郎は!」
「うっせぇ。てめぇもナユタ狩猟区に永住してみやがれ」
その間も二人はモンスターに魔法や斬撃を与え、結界から遠ざかるように誘導している。会話はレベルが低すぎるがやっていることはすさまじい。
「やだ。だってあそこ、超原始的じゃないかよ!」
「よし、後でぶん殴る。雪飛竜大量討伐ツアーにご招待してやんぞ」
と、不意に言い争いをしていた二人が吹っ飛んだ。
「―――ちょっとぉ、二人ともサボらない!」
どうやらシズカさんも合流していたらしい。ただ、手に持っていたのはいつもの大剣ではなく、何故か投石器だ。なんというかとても無骨である。
「いきなり後頭部に岩ぶん投げてくるとかどんなドSだ!いってぇな、この人間失格!」
「僕は悪くない。二人はこのまま時間稼いでてよ…さて、光くん。君の中で答えは出たようだね」
シズカさんが俺に向かって微笑みかける。
「光くん、君にとっての勇者とは何だい?力が無くても立ち向かおうとするんだから分かってるよね」
俺は真っすぐにその瞳を見据えた。握り締めていた鉄パイプが剣へと変わっていく。
「勇者は…自分のためじゃなくて他者のため、戦い続ける者だ!」
それからの日常は少し変化した。
「《勇者》シリウス!出動要請だ。事務所に向かいたまえ」
授業をしていた教授が不意に言った。俺は無言で立ち上がる。
「後でプリントを渡しておくから。それじゃ頑張っておいで」
もう誰も俺を魔法青年とは呼ばない。代わりに《勇者》と呼ぶ。
「怪我すんなよ?」
「ノートは俺達に任せておけ!」
「行ってらっしゃい」
同級生や魚谷も和やかに俺を送り出す。俺は軽くお礼を言って教室を出た。そして校門まで迎えに来ていたシズカさんのバイクの後ろに乗る。やがて見えてきたのは一つのどこかくたびれた事務所。
俺はいつものようにそのドアを開けた。聞こえてきたのは仲間の声。さて、今日もまた魔物退治としゃれこみますか。
「―――人材派遣会社エンドレス…いいや、世界勇者組合《ヒーローエンドレス》にようこそ」
とりあえずこの章はここで終わりです。
本来この章の部分だけで完結していた作品なのですがせっかくなので閑話を挟んでシリーズものとして続ける予定です。なので少々投稿期間あきます。