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このスタジオからだと大学までは電車を使うのがベストか。幸いここからなら駅はそう遠くない。
ビジネス街の隠れ家こと裏路地に入り、人目が無いことを確かめて変身を解く。そして元の姿に戻ったのを確かめてスタジオを出てからかけっ放しだった認識阻害の魔法を解いた。そのまま何気ない顔で大通りの人混みへと紛れ込む。ちょうどランチタイムらしくサラリーマンやOLが街へと繰り出していた。
そういえば今日は依頼で出張戦闘指導しているはずのミコトさんも今頃お昼かな。
祭屋命。聞いたところ彼はあくまで元一流ハンターであり勇者ではないらしい。それでも辺境で有力狩猟団を率いて村を防衛していたら彼に目を付けた中央のお偉いさんに喧嘩売られて逆に攻め滅ぼしたというとんでもない経歴を持っているそうだ。と、これはシズカさんが教えてくれた情報である。本人の気質としては基本的に頼りがいがあり、さっぱりとした兄貴分というのが最も適切だろうか。ただ、少しばかり意地っ張りかつ怒りっぽい、そして何より悪ふざけが過ぎるのが玉に傷である。が、俺はその欠点を見たことがない。どうやら美人だが半端なく苛烈だと噂の恐妻によってある程度は矯正されたらしい。とりあえず魔法などの小細工はあまり使わない根っからの武闘派剣士だと俺は推測している。
「あ」
考え事をしながら歩いていると駅の前の広告に見慣れた顔を見つける。そこではシズカさんがあざとい笑顔で舌を出していた。その手にはいつもの体より大きい剣ではなく、ロリポップキャンディー。確かこれは新商品の宣伝ポスターか。いつものウェディングドレスもどきを纏った姿だがなんというか…あざとい。男のくせに。
シズカ。彼女…ではなく彼はミコト以上によく分からない人物である。どうやらシズカというのが本名なのは間違いないが、それ以上に疑いようもない事実が一つある。
それはとても外道鬼畜屑だということだ。
笑顔で人を貶し陥れ、その絶望で愉悦に浸る。魔法少女の時はまだイメージに合わせて可憐に振る舞っているが、一度オフになればその嗜虐性を前面に押し出す。事務所ではよく新入りの俺が被害に遭っている。おかげで少し精神的にくる罵倒にちょっと耐性が出来た。ちなみに素の姿の彼は普通に小柄で顔もほとんど変わらないとはいえ、体つきを見ればちゃんと成人している華奢な美青年であり、声も高いがれっきとした男である。その状態でもあのウェディングドレスもどきを着こなせるからメンタルは相当強い、というより多分彼の真価はその邪悪すぎる精神な気がする。
「あれでもっとしおらしければなぁ…」
本人に聞かれたら笑顔で顔を踏みつけれられそうだ。とはいえ、カリスマ魔法少女である以上彼も多忙。事務所にいることは少ない。
そう、もっとも遭遇機会が多いのはあのシエロなのである。さりげなくあいつの弱みを他の二人から入手しようとしたのだが、彼らもあまりシエロとは付き合いが長くないらしく、残念ながらタラシ野郎であるということ以外新たな情報は手に入らなかった。無念。代わりにミコトは実は三つ子の子供がいる、シズカは実家にヤンデレの恋人がいる、という割とどうでもいい情報だけが手に入った。
とりあえず早く大学に行こう。俺は再び歩き出した。