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俺は中学三年生の時、異世界に飛ばされたことがある。そこでモンスターと戦い続け、魔王を倒し、やがて世界は平和になった。俺は仲間のプリーストの魔法で無事帰還、となったわけだが。
帰ってきた世界はそれまでと豹変していた。見覚えのあるモンスターが突然空から降ってきて、いつの間にか現れていた魔法少女なる存在がそれを倒し、場合によっては見目麗しい魔法少女やカリスマを持つ魔法少女がアイドル扱いをされる。そんな非日常な世界に成り果てていたのだ。数か月行方不明扱いだった俺が両親にどうしてこうなったのか尋ねるも、彼らにすらはっきりとは分からないらしい。今まではそうでなかったことは分かるが劇的に何かが起きたとかではないらしいのだ。何らかの作為を感じる。あれか、世界の修正力とかそういうものか。とりあえずここまで異常に感じてしまうのはどうやらその時異世界にいた俺だけのようだ。
「ん、その表情は何でそれを知ってるのか、って感じ?そうだねえ…じゃーん、《ランドール特製 勇者ホイホイ》!」
懐から得体の知れない何かを取り出した銀縁眼鏡男に俺はすかさず蹴りを入れた。ぐふう、とベタな呻き声が返ってくる。ふ、我ながらいい蹴りだった。
「んなのは割とどうでもいい!俺はあくまで元勇者だが魔法少女じゃねぇ!余所をあたってくれ!」
性別からして違う。と、蹴られた足を痛がるようにおさえていた銀縁眼鏡男は今までで一番胡散臭い笑みを浮かべた。
「そんな君には…はい、これ。つけてみて」
渡されたのは腕時計だった。服装を選ばないシンプルなデザインで普段使いに良さそうだ。あまりに期待に満ちた光のない目で見てくるのがわずらわしいので仕方なくそれをつけた瞬間、変化が起きた。
「な…」
「ひゅー、イケメン!やっぱり俺の目に狂いは無かった!」
その変化に唖然とする俺に対し男は呑気にもそんなことを言いながらへらへらとしている。ちなみにこの間にもモンスターは暴走している。嗚呼、コンクリートが齧られてゆく…。
腕時計をつけ終わった瞬間、俺の姿は数年前勇者として活動していた時のそれになっていた。ただ、現在の姿で。身長がかなり伸びたはずなのに何故か現在のサイズにぴったりだった。本当に何故だ。そして腰には使い慣れた勇者の剣がある。
「魔法もちゃんと使えるはずだぞ。ちなみに念じるか腕時計が外れると自動的に変身が解除されて一般人に戻れるからよろしく!じゃ!」
「待てやゴルア!どないせいゆーねん!」
だが俺を放置して銀縁眼鏡男は目にもとまらぬスピードで走り去る。元勇者の目でも分からない、って…お前が戦えよ。
とりあえず俺は溜息をつきながら脳内で魔法を組み立てる。言葉通り確かに今までは使えなくなっていた魔法が形を成していくのが実感できる。掌の上に岩の塊が現れるのを確認してから俺はモンスターが現れた場所を見る。まだ魔法少女は現場についていないらしくモンスターは好き勝手に暴れていた。
「…仕方ない」
俺は現場に向かって走り出した。
緊急ニュースとして現場を中継するための準備を進めていたテレビ局に人材派遣会社エンドレスから連絡が入ったのはモンスターが現れてから五分後のことだった。
「新人魔法少女が現れるですって?」
魔法少女関連番組の総合ディレクターの板野が眉をひそめる。
「でもあのエンドレスのタレコミなら信憑性は高いし…とりあえず中継ヘリ飛ばすわよ!」
半年前の超大型魔法少女の出現情報をいち早く手に入れた胡散臭い会社を信じることにして板野はヘリコプターに乗り込んだ。
モンスターは遠目で確認した通りやはりドラゴンだった。それも陸上でしか活動できない、現地では上級冒険者への登竜門扱いされていたやつだ。
「…雑魚が」
記憶の通りなら魔力などはなくただ単純に巨大なモンスターである。亜種でなければ。とりあえずビルの残骸からとびだした鉄骨をかじるのを止めさせなくてはならない。資源は有限なのだ。俺は勇者化したことで人間離れした跳躍力でドラゴンの頭上まで跳ぶ。そして車ほどに大きくした岩を力任せに投げ落とした。
「グガァ!?」
ドラゴンは油断していたため狙い通りに角に命中し、角の一部が砕け散る。俺は弱体化したドラゴンに慈悲無く剣を向け、必殺技を放った。
「《焼き滅べ、シャイニングソード》!」
剣から放たれる光線がドラゴンを一刀両断する。俺が地面に着地すると同時にドラゴンは粒子化して消えた。これも慣れた現象である。
「…ふぅ」
と一息ついて気付く。
上空を舞うヘリコプターの存在に。