嗚呼、素晴らしきTKG
二年ぶりです。とりあえず独断と偏見。
TKG、卵かけご飯。
それは日本人にとって至高のソウルフードである。とろとろとした黄身が白米に絡み、えもいわれぬ艶を出す。
味もシンプルな醤油や塩、変わり種ではラー油や焼き肉のタレなど今もなお様々なTKGが開発されている。
その日俺が事務所に入るととてつもなく張りつめた空気が漂っていた。ミコトさんは渋い顔で、シエロはニヤニヤ笑いを止めている。
何があった。
と、その間に炊き立てと思しき炊飯器、そしてそれぞれの手にもれなくお茶碗があることに気付く。と、最初に口を開いたのはシエロだった。
「おい、お前は卵かけご飯は何派だ?」
そういえばお腹が空いた。俺もご飯を貰おう。ほかほかのご飯を事務所に置いてあるマイ茶碗によそいながら卵を割り、そして周囲を見る。あれは……ないのか。
「醤油は?」
次の瞬間。
般若がそこにはいた。
この事務所に所属している男性陣はあまり料理が得意でない。だから普段は極力昼は外食である。が、残念なことに今日は祝日。それぞれの行き着けのお店がことごとく閉まっていたし、そのあおりを受けてファミレスも混んでいて、外で食べるのは諦めたらしい。
「なんかしっくりくるやつ、ないなぁ」
「ミコトもここに?時間が時間だから弁当の棚、壊滅してるな。とはいえカップラーメンの気分じゃないし」
たまたま事務所最寄りのコンビニで遭遇した二人。
「分かる。今日はカップラーメンの口じゃない。レトルトカレーもちょっとなぁ……」
「もっとさっぱりしたやつでいいんだよなぁ……ん?そういえばこの前、シズカさんが出てたCMの新米、事務所にあったよな?」
シエロの視線の先にあったのは卵六個パック。
「あるぞ。シリウスにあげるつもりだったから」
「それで卵かけご飯しないか?」
「あ、今卵かけご飯の口になった」
二人は仲良く卵を購入することにした。
それからこの修羅場になったのはご飯が炊け、さて食べようとした時に調味料を出した瞬間。
ミコトさんは焼き肉のタレ、シエロはチーズ。
「チーズ?」
「シンプルでいいだろ?焼き肉のタレとか邪道」
そしてこの状態である。
醤油を所望した俺の肩をシエロが掴む。
「どうして醤油!?」
「日本人なら醤油だろ!?むしろ塩って何!?」
ちなみに俺は目玉焼きも醤油をかける。異世界にとばされた時は醤油が存在しなかったためとても辛い食生活だった。現地の飯も旨かったが。
「チーズはな!卵の甘みを引き立てる!」
「甘さなら焼き肉のタレも負けちゃいないぞ!」
力説し始めたのはミコトさんだ。
「絶妙な香辛料の塩梅に隠し味の林檎。うまくないはずがない!」
「ふざけんな!全部焼き肉の味になるだろ!」
そういえばミコトさんの味の好みは割とがっつり系だ。そしてあの世界の料理は保存の関係で臭みを消したり防腐のための香辛料を混ぜたタレが多用されていた気がする。
「これだから味の繊細さが分からん原始人は!」
「いや、チーズもないわゴミ虫。卵かけご飯を洋風にするなよ」
そしてこっちも同罪。卵かけご飯はもっとシンプルな味なはず。何故にくどくした。
「うるさい、新人。てめぇはドリアの旨さを知らないのか」
「ドリアと卵かけご飯は別物だからな?」
と、その時だった。
ドアがガチャリと開く。現れたのは私服姿のシズカさん。隠しもしない呆れ顔だ。
「事務所の外にまでアホらしいやりとりが聞こえたんだけど」
「シズカさん!シズカさんは卵かけご飯にかけるなら何派なんだ!?」
真剣にシエロが問いかければ、彼は少しばかり驚いたように大きな目を見開き、そして深々と溜め息をついた。一方のミコトさんは明らかにまずい、といった様子で目元をおさえている。
「あー、シエロちゃんは知らないんだっけ。僕、味覚ないんだよね」
正確に言えば人の血肉以外の味がまともに分からない。とてつもなく物騒で、同時に何故か自然な気がしてしまうのはシズカさんだからだろう。
「それに卵かけご飯は人の手がほぼ加わってないからね。僕は味の代わりにその料理にこめられた感情は分かる。愛情がこもってるほどやっぱり美味しいって感じるから、卵かけご飯そのものがあんまり、ってとこかな」
生卵を食べられる珍しい文化圏に生まれたのに勿体ないよね。シズカさんはどこか不満そうに唇を尖らせた。そして俺達と同じようにご飯をよそう。
「だから逆にこの米だけの方が感覚にくるね。スタッフのCMへの情熱がこもってるから。君らからすると不思議な感じかもしれないけど」
そして固まる俺達を横目に美しい所作で銀シャリを口に運び始めた。
それ以降俺達は卵かけご飯の調味料で争うことはなくなった。否、そこで争うのは贅沢なことだと悟ってしまった。
だが。
「シリウス、ラーメン食いに行こうぜ」
「いいっすね。氷室屋行きましょう」
戦闘訓練の後はとにかく腹が減る。特にめっちゃ動き回るミコトさんとの後は。あれで現地のハンターでは体力そこそこのレベルらしいから現地人やべぇってなる。そんなこんなで塩味がしたものが食べたくて、よく行く醤油ラーメンの専門店を挙げるとミコトさんは動きを止める。
「……お前、醤油ラーメン派か」
「ん?ミコトさん?」
今度は醤油ラーメン対味噌ラーメン、そして乱入してきたシエロこと豚骨ラーメン派による第二次味覚戦争が勃発した。