おいでよナユタ狩猟区ー新人研修は危険な香り(2)
《神龍》を討伐するのは俺だけで行く。
そうミコトさんは言って姿を消した。残された俺はシエロに連れられ、併設している酒場に来た。
「ゴミ虫、《神龍》ってどんなのか知ってるか?」
「食人するモンスターとして有名だな。別名《剣神鬼》とか。この世界のモンスターで危険度はトップクラスのまさに神。個体数こそ少ないが一度暴れたら村の集落などあっという間に滅びる。しかもバリエーション豊富だとか。生態系の王者とかミコトは形容してたな」
酒場にいるハンター達は真剣な顔で依頼書を見ている。文字はわからないが、所々図があり、多様なモンスターがいるのがそれだけでも伺える。
「そんなモンスターに一人で挑んで大丈夫なのか?」
幾らミコトさんが凄腕ハンターとはいえそんなヤバい相手に無傷は無理だろう。
するとシエロは呆れたように俺を見た。
「はぁ?ミコトも《神龍》だ。お前知らなかったのか?」
「え?《神龍》ってドラゴンじゃないのか?」
「じゃねーよ。あのな、これあんまり知られると面倒だから騒ぐなよ?」
耳元で囁かれた言葉はあまりに衝撃的だった。
「モンスターだと思われてるが《神龍》は突然変異を起こし龍に変身できるだけのれっきとした人間の末裔だ」
人が人を喰らう。人が人を狩る。
それに直結する事実に俺は思わず口元を押さえた。
「ミコトは人食っちゃいねえよ。シズカの血が混ぜられた完全な《神龍》になれないまがいもんだからな。食人衝動は無い」
だが、逆に言えばミコトさん以外の《神龍》は元は人間でありながら人を餌と見なす。そういうことだ。
「落ち着け。幾ら新人ハンターでもモンスターの話だけで吐くのはレアで悪目立ちする。深呼吸しろ」
「……ミコトは、それを、知っているのか?」
伏せられた目は何よりも雄弁だった。
「……奴は本能的にそれを知ってた。だから実力はありながら《神龍》狩りはほとんど参加しなかった。龍の時でも相手の言葉がわかるからだ」
ならば何故彼は今狩りに出たのだろうか。シエロは黙って俺をカウンターに引きずっていく。そして先程の係員に話しかけた。
「ミコトがいる場所に行ける依頼をくれ」
俺達が斡旋されたのは薬草採集だった。俺は初めての依頼だし、シエロも大して差のない初心者なのだから仕方ない。係員からは、俺らが今着てる探索用装備では大型モンスターとは戦わないようにと何度も念押しされた。それでも相当今現地は危険な状況らしく、出来れば請けない方がいいと言われた。
「他のハンターに見つかると厄介だから魔法使ったりギリギリまでシリウスにはなるなよ」
「わかってる」
シエロが持っていたのは双剣だ。一見すると普通の剣だが振り回しやすいようにやや長さは控えめである。が、これは使う機会がなさそうだ。
何故ならば移動用の荷車を降りた俺達の目の前は既に血の海だった。
「うっ……」
喰い散らかされている小型の獣は光を消した目で虚ろに空を見ている。それがまるで数分後の俺らであるかのような錯覚に襲われる。
俺が戦ってきたモンスターとは違う。この世界のモンスターはあまりに死した後も生々しく、そして何より無慈悲に、当たり前のように命を奪われている。
「草原狼の幼獣だな……その分だと剥ぎ取りをしろってのは酷か。そいつはほっといて先に行くぞ」
「草原、だって……?ここが……?」
死骸は一つじゃない。それこそ下が草だと分からないほどに赤く、千切れ、濡れている。
「今回の《神龍》は狂ってる。本来ならこんな狩猟区の入り口になんて降りてこないしこんな喰い散らかすような奴らじゃないってのにこの有り様じゃ犠牲者どんだけ出てるんだ……ほら、あそこに俺達と同じ新人向け装備の奴が倒れてるだろ。ああならないように気をつけろ」
そのハンターは腰から下が無かった。その恐怖に引き攣った死に顔と剥がれた爪を見る限りどうやら即死はできず、そのまま這って逃げようとしたらしい。おそらく他のモンスターと戦っているところを強襲されたのだろう。
「間違えるな。俺達じゃ《神龍》は倒せない。だから逃げることだけを考えろ」
「わかってる」
と、目の前の山から咆哮が聞こえてきた。あれが《神龍》だろうか。