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魔法少女。可憐な衣装に身を包み、必殺技と共に敵を倒し、人々に平和をもたらすヒーローならぬ戦うヒロイン。女の子からいい歳したオタク共までみんな大好きな少女戦士。もしこれが男だったら、まぁぷにっとした幼さが残る少年ならまだマシだろうが、見ている側のテンションは一気にだだ下がり、挙句の果てにはブーイングものだろう…そう、それは分かっている。だが、仕方ないんだ。
「魔法青年シリウス、只今参上!」
なびかせるはマント、纏うは鎧、そして手にしたのは由緒正しき勇者の剣。
そう、俺は不本意ながらいわゆる魔法青年である。
『日常崩壊系魔法青年の憂鬱』
事は二か月前にさかのぼる。
「はぁ、また駄目だったか…」
俺、犬星光はしょぼくれた顔で雑踏の中を歩いていた。それも当然だ。これで就活五十連敗なのだから。
「あーあ、いい仕事ないかな…」
既に希望以外の職種にも手を出した。が、一向に面接の先に通る気配がしない。おかしい、就職氷河期はもう終わったはずなのだが…。
そんな時だった。
「やぁ、君。うちの会社に来ないかい?」
就活生御用達のリクルートスーツを着た俺に声をかけてきたのは何とも胡散臭い男だった。男もスーツ姿なのだが、何故だろうか、背中には何かスティックのようなものが入ったケースを背負っている。
「あ、怪しい者じゃないからそんなに引かないでね?」
年は多分二十代後半から三十代前半。スティックケース以外は少しラフな銀縁眼鏡の会社員といったところか。日本語を流暢に話しているが、その染めたとは思えない色素の薄い髪と光沢の無いぺたっとした紫の瞳が印象的で、こちらを皮肉るように浮かべた薄笑いがなんとも不気味である。
「…僕、この後用事があるんで」
「仕事探してたのに?どうせハロワでしょ?うちの方がいい給料出せるよ?あ、これ、名刺ね」
なんだこのしつこい奴。しかも俺の動向を知っている辺りストーカーのようだ。変な勧誘じゃないことを願いたいがそうでなくとも十分手に負えない。このまま付きまとわれるのも面倒なので元々の足癖の悪さに任せて目の前の男を蹴り飛ばそうとした時だった。
爆発音が近くで聞こえた。よほど凄かったのか地面が大きく揺れる。周辺にいた人々が音のした方向を振り向き…そして恐怖に悲鳴を上げた。
その先にいたのは崩れたビルを踏み潰す巨大なモンスターだった。
「モンスターよ!」
「誰か!魔法少女を!」
周囲はパニックに陥っている。俺は意図の読めない暴れるモンスターの目を遥か下の大地から睨みつけ、やるせない感情に拳を握りしめた。胡散臭い銀縁眼鏡男が他人事のように呟く。
「ありゃあデカいな。倒せるまでに魔法少女、何人必要かな」
突然異世界からこの現代社会に現れる災厄、すなわちモンスターと戦うことが出来る力を持つ魔法少女はそんなに多くない。いくら出現が日本に限定されているとはいえ日本全域に出現する以上、慢性的な人手不足なのである。あれがおさまるまでにどれだけ被害が出るか…。
不意に目の前の胡散臭い銀縁眼鏡男が口を開いた。
「まあ、あれぐらいならあんたでもいけるだろう?異世界勇者さん」
心臓が止まるかと思った。何故彼がそれを知っているのか。誰にも話していない。親にすら真実は話さなかったのだ。だから誰も知っているはずがないのに。彼は続ける。
「うちの会社に入ってくれれば以前君が異世界で持っていた、魔法少女に負けない力が手に入るんだけどなぁ」