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贄の娘と支配の魔王  作者: 八千
<1>生贄の娘・ユースティティア
8/20

 数日後……。

 それは、気持ちのよい晴れの日だった。


 城壁の間際にある、生贄の墓。

 苔むした大岩を丁寧に拭き、花を添えた。

「ありがとな。きっとあいつも喜んでる」

「綺麗になったもんなあ。よかったべ。……魔王様、たまには会いにきてやらねえとダメだぞ?」

 ティティの言葉に、メイストは目を反らした。

「草刈りはしてたさ。けど、恨まれてるだろ。なかなか足が向かねえよ」

「恨むことなんて、ねえべよ。同じ生贄のおらが言うんだから、間違いねえです」

 胸の前で手を組み、祈りを捧げる。

 ふと、横に気配を感じた。メイストも墓に向かって膝をつき、頭を垂れていた。

「今度は守れたよ。ぎりぎりだったけど。……少しは償えたか?」




 城の出口に、メイスト自らが見送りに出た。

「色々お世話になりますた!」

 頭を下げるティティの背後には、眠るウィトスを手に乗せたドラゴンがいる。これから二人は、勇者のいる土地に向かうことになった。そこで、ウィトスを療養するのだ。

「ティティ、本当にお城を出るんだね。僕、結構寂しいよ」

「なぁに、ドラゴンの翼があれば、ひとっ飛びの距離だべさ」

「うん。いつでも迎えにいってあげる。だから遊びにきて」

「こらこら。そんなに涙ぐんだら、前が見れねえべ?おらと父ちゃんを、しっかり運んでけれよ」

「魔王の城に遊びに来る人間なんて聞いたこと無いわよ!」

 モニクはメイストの頭の上にいる。羽が生えきっておらず、まだ飛べないらしかった。

「それは悪かったなぁ。モニクも元気でな?怖がらねで、虫とか鼠、倒すんだど?」

「ふ……ふん!アンタがいなくたって平気よ!魔王様がいるんだからっ!」

 そうして、モニクはメイストのマントにすっぽりと隠れてしまった。

「俺のマントで涙拭くなよ……」

 ふいてないわよっ、という声が、くぐもって聞こえてきた。

「元気でな。お前といると面白かったわ」

「はい……おらもです」

「そこの勇者に言っとけよ。生ぬるい平和な治世なら、魔王が襲いに行くぞってな」

「へへへ!それじゃ全世界が魔王様に支配されちまうべ!」

 メイストが目を細める。ティティは、初めてメイストが笑うところを見た。

――こんなやさしい笑顔の魔王様なんて、やっぱりおかしいべ。

 ドラゴンが飛び立った。次第に城が遠ざかる。緑の畑と、色とりどりの実が成る木に囲まれた、穏やかな魔王の城。その内面は黴臭く、虫と埃だらけの異様な姿。

 メイストは、ずっとティティたちを見送ってくれていた。

 さよならの言葉が出てこなかった。この土地を離れても、気持ちが離れることはないかもしれない。

 それは多分……ティティは既に、支配されてしまったからだ。




 ティティが旅立ってから、月日が流れた。

「ぎゃーっ!ネズミぃぃぃ!」

 メイストの耳元で、モニクが飛び回る。その元気があってなぜネズミを倒せないのか、メイストにはいつも不思議だった。

「魔王様ぁ!退治してよお!」

「今、読書中」

「魔王様の魔王でなし!いやーっ!」

「モニク~、僕のノミ取ってよー」メイストの近くで眠るドラゴンが、かゆそうに体をよじる。

「自分でやんなさいよ!今それどころじゃないの!」

 モニクが大騒ぎするリビングで、メイストは静かにページをめくる。

「そろそろ新しい生贄の時期よね!ねっ!早く来ないと、こき使わないと、あたしが死んじゃう!もう五年くらい経ったでしょ!」

「ちっとも経ってねえから。まだ三ヶ月だから」

「ウソつきー!ティティがいなくなったのってだいぶ前だもん!」

「その間に魔王会議あったか?」

「……無かった!ああっ、どうしよう!ってことは、このまま生贄不在で魔王会議に行くことになるの?つまり……次の予算はどうなるの?」

 メイストは無言で、ぱらりとページをめくる。モニクは身震いした。

「もう貧乏生活はイヤー!イケメン執事ー!あーん!」

「泣くなよ。……ほら、これやるから」

 溜息をつきながら、足元のマントをめくる。すると、鉄製の容器が表れた。彼は靴を履いたまま、足をそこに入れていた。その容器から、石の塊を取り出す。割れ目から赤い輝きが波打っているのが見え、ジュウウ、と音を立てていた。

「なにこれ」

「フシ山の火岸石。風呂に入れたらグツグツって、ジャグジーみたいに……気持ちは金持ち」

「いらないわよ!それ、魔王様の足あっためてる奴!」

「年々寒さが堪えるな。今年はもう出しちまった」

 良いアイデアだと思ったのだが、モニクはバカバカと叫びながらリビングを出ていった。仕方なく、火岸石を缶に戻す。

「……モニクは寂しいんだね」

静かになったリビングで、ドラゴンがぽつりと呟いた。メイストは黙って本を閉じると、ドラゴンの頭を撫でてやった。

「どこだ、ノミ。取ってやる」

 メイストはドラゴンの横に座り、ノミ取りを始めた。

 ティティがいなくなって、たった三ヶ月だ。

 魔王たち異種族の三人は、人間に比べて時間の概念があいまいだ。人間の何十倍も生きるために、時の流れの感覚が人とは違う。この三ヶ月は、自分たちにとっては半月程度の時間だったはずだ。……ティティが現れるまでは、そのはずだった。

 人と違う時間を生きているはずの魔王にも、この三ヶ月は、確かに三か月分の長さを持っていた。むしろ、それより長くさえ感じたかもしれない。

 生贄との別れなど、数え切れないほどあった。早く出て行けと思った者もいたし、最後まで心を開かなかった者もいた。ティティのように城の異種族と仲良くなり、モニクやドラゴンが別れ際に駄々をこねることもあった。こんな状況は、初めてではない。

 だからこの気持ちも、いずれは消えることも知っていた。人より長く生きる分、人よりそれにかかる時間が長いだけで……。

「ティティ、元気にしてるかな」

「あいつなら平気だろ」

「僕知ってるよ。魔王様が、勇者様のいる土地に生贄を行かせるときは寂しい時だって」

 ノミを潰そうとしていた手が止まった。

「だって、勇者様がいるところには見回りに行けないから。顔を見たら、攫いたくなっちゃうしね。魔王のショーブン?ってやつで」

「うるせえよ」

 ドラゴンの発言のせいで、ノミが逃げた。 膝に手をつき立ち上がる。翼竜族についたノミは、魔力を帯びて光っているので見つけやすい。それを追って――

 顔を上げたところで、ぎょっとした。

 ティティが……いや、ティティの服が、廊下に立っていた。

「あ、ああ……お前か。何か用か」

 一瞬、呆けていたメイストは、そこにノーバディがいるのだと気づいた。ティティの服を着せたのは、多分モニクだろう。

 ノーバディは一生懸命に何かを訴えていた。

「……誰か来てるのか?」




 玄関にいた少女の姿に、メイストは言葉を失った。

「お前……」

 ティティだった。大きな袋を背負い、一人で立っていた。この城に、初めて彼女が訪れた日と同じように。誰かがティティに化けているのかもしれないと、確かめるために近づいていく。

 しかし顔をよく見る前に、彼女は深く頭を下げた。太腿にべたりと額をつける、彼女がティティであることを証明付ける何よりの動作だった。

「あ……あの!おらのこと……もう一度生贄にしてくだせえっ!」




 ティティは自分の茶を自分で入れて、皆の分も一緒にいれて、この三ヶ月の間にあったことを話した。父はすっかりよくなり、今では元気に畑を耕している。

「父ちゃんにこの城での生活のことを……生贄のことを話したら、おめぇも魔王様にいい嫁ぎ先を紹介してもらえ!って」

「娘の言うこと、そんな簡単に信用するなよ親父……」

「でも、魔王様もみんなも優しかったっていうのは事実だべ!それに……おら、生贄としてはてんで役立たずだったから。今度はちゃんとお仕えしてえんです」

「いい心がけじゃない!それでこそ、生贄の鑑だわ!」

 モニクはティティの膝の間に座ってふんぞり返っていた。その横では、ドラゴンもまるで犬のように嬉しそうに尾を振っている。

「自分から魔王に捕まりにくる生贄なんて聞いたことねえよ。しかも、勇者のいる土地から生贄って……全面戦争モンだぞ」

「そうしたら、魔王様の勝ちに決まってるべ!」

 ティティは、にんまりと笑った。

「勇者との戦い!最高ねっ!勇者から土地を奪うなんてことになったら予算は倍額……ううん、桁が増えるわ!」

「僕、戦いは苦手だな……火も吐けないし」

「アンタなんかお呼びじゃないわよ。魔王様ひとりで、勇者なんかあっという間にドッカーンよ!やったあ!」

 ティティは再び、支配されることを選んだ。勇者のいる美しく優しい土地よりも、魔王の統べる土地にいたいと思った。

 それは、メイストが魔王たる何よりの証。力も呪いも使わずに、人間を支配する魔王の――。

「俺、これ以上支配地が広がったら過労働で死ぬわ」

 それが本気なのか照れ隠しなのかは、メイストにも、誰にも、わからなかった。

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