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贄の娘と支配の魔王  作者: 八千
<3>魔王の王
15/20

 晩餐会の会場にはバルコニーがついている。魔王会議のあと、ヴォーゲントはここでくつろぐのがお気に入りだった。大きな椅子に腰を下ろし、料理はほとんど食べず、ウィスキーを飲むだけだ。

「いい景色だろ」

「何も見えません」

 メイストに見えるのは、ぼうぼうと音を立てる上も下もない空間だけだ。昼夜変わらずに赤紫色のまま、変化しそうで、まったくしない。永遠のような時間を生きる魔王を嗤っているようで、メイストはこの景色が嫌いだった。

「オーウェンに会ったのか」

 ヴォーゲントは空のグラスを持ち上げる。メイストは、そこに琥珀色の液体を注いだ。人間も飲んでいる、普通の酒だ。

「影を出したときに、オメェの顔色が変わったからな」

「なら、話は早く済みます」

「奴は〈真の勇者〉なのか?」

「……さあ、わかりません。だが、立派な男でした」

 グラスを揺らすと、氷がカラカラと音を立てた。人間だろうと魔王だろうと、ウィスキーを飲めばこの音は同じだ。ヴォーゲントが、唸りながら首をひねる。

「ハァ~……オメェは昔っからそうだよなァ」

「オヤジに似たんだと思いますが」

「そーだな。女の趣味までソックリだ。ティティを見てると、女房を思い出すぜ」

「……オヤジは、人間が好きか?」

 バリバリと頭をかいていたヴォーゲントの手が止まる。

「ああ、好きだぜ。歯向かわないで、こっちの言うことさえ聞いてりゃぁ、人間ほど使える種族はいねェからなぁ。食っちまうのは勿体ねェよ。そこまで美味くもねェしな」

 素直じゃないところもそっくりだ、とメイストは思った。

「……俺は怖いんです。こんなでも、俺は魔王だから、人間が俺たちに歯向かってきたら、力で支配せざるを得ない。勇者なら戦えばいいが、弱い人間たちが向かってきたら……」

 ゆっくりと話すメイストに、ヴォーゲントは返事をしなかった。この先に話が続くとわかっていたからだろう。

「ティティが襲われました。生贄が逃げ出したっつって……殺されかけたんです。俺は学んでなかった。あの時、思いました。俺さえいなければ、ティティはこんな思いをすることはなかった。そもそも魔王がいなければ、村人たちの飢饉はあそこまでひどいことにはならなかった。……俺の支配は、やっぱりろくでもないんです」

 ティティと過ごせば過ごすほど、あの日の出来事が恐ろしいものだったと思えてくる。

 初めは、過ちを繰り返したことへの後悔だと思っていた。だが、違ったのだ。

 ティティを傷つけたことが怖かった。これ以上何かあったときに、その先にある結果に、メイストは耐えられないだろうと、彼は気づいてしまった。

 魔王として自分は未熟で……支配が完全でないことに。

生贄を逃がし続けたのは、彼女たちへの同情ではない。ただの保身だった。

「だからオーウェンにやられて魔王をやめちまう、ってかァ?甘ったれてんじゃねェ」

 ヴォーゲントは、そんなメイストの単純な思考など見抜いていた。

「じゃあ、兄弟たちのために犠牲になるってことで」

「わかったよ。もう決めてんだろ?好きにしろよ。オレぁ、オーウェンって野郎が〈真の勇者〉だとは思ってねェからなァ。百年後に復活するオメェの間抜け面を楽しみにしてるぜ」

「なぜ、そう思うんです」

「勘だ」

 豪胆な見かけと態度でも、ヴォーゲントは理知的な男だった。慎重で、確証のない行動は取ろうとしない。そのヴォーゲントが、感覚で判断していることにメイストは面食らった。

「ははは!だから言ってんだろ。好きにしろって。昔はわざと勇者に倒されて、封印される奴もいたくれェだ。復活のために、百年分のエネルギーが集中するからな、お手軽に強くなれるからよォ」

「俺がマジで死んじまったらどうすんですか」

「なんだよオメェ、俺にしくしくと泣いて欲しいのかァ?」

「あまり想像したくないですね」

「おうおう。口ばっかり達者だなァ」

 にやにやと笑いながら、彼は皺だらけの頬を撫でた。

「しかし、オーウェンに倒されるってお前……そりゃあ、ティティが〈天恵の姫〉じゃねェって言ってるのと同じだろ?失礼な奴だな。言ったろ。嬢ちゃんが生贄で、〈真の勇者〉がいる以上、〈天恵の姫〉の可能性はあるんだぞ」

「あいつは普通の女ですよ。妙な喋り方した、痩せっぽちで、働き者の人間の女です」

――そして、俺は魔王だ。

 生贄たちと触れるほどに、自分の心とはかけ離れた自覚をする。




 その夜のうちに、ティティとメイストは〈裂け目〉をあとにした。

 来るときの不自然な暗さと違い、今度こそ本当の夜だった。空に月が出ていて、海面がガラス玉を散らしたように光っていた。

「魔王様、寝ねくていいのか?ずいぶん遅ぇど?」

「あの場所には魔王に最適のエネルギーが満ちてんだ。お前の村の飢饉の原因になったようなやつが。一日いるだけで、しばらく寝ずに動けるようになる」

「ほあっ!それはいいなぁ~へへっ」

「嫌だよ。夜が長くて暇になるだけ。……お前、飲みすぎ」

「にはは……勧められちまって……」

 アメリアの声かけで集まった生贄の女性たちと、延々と飲んでいた。メイストたちが魔王会議をしたように、ティティたちは生贄会議だった。

 顔が熱い。肩が出たドレスも、夜の風も、酔ったティティには心地よかった。

「魔王様は、オヤジさんと、何話してただ?」

「あー、まぁ、色々」

「久しぶりだから、積もる話もあったべ?」

「久しぶりってほどでもねぇよ。一年前には会ってるし」

「一年も会わねでいれば、十分久しぶりだべ!」

「お前らとは時間の感じ方が違うから。それに、別に父親でもないしな。ボスっつうか、頭下げる相手だから」

「人間みてえな繋がりは無いのかもしれねえども……でも、魔王様にとってはお父さんみてえなもんだべ?」

 メイストが黙っていた時間は、どれぐらいだっただろうか。長くも感じられたし、一瞬のことのようにも思えた。酔っていたティティには、正しく感じることができなかった。

「……まあ、そうかもな」

「んひひ……だよなぁ。あー、なんだかおらも、父ちゃんに会いたくなってきただ……」

「眠かったら、寝ていいぞ、ティティ」

「ん……うん」

 突然、ティティは眠気に襲われる。疲れていたせいか、メイストがあたたかいせいか。自然と、目を閉じてしまった。

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