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贄の娘と支配の魔王  作者: 八千
<3>魔王の王
14/20

 会議の終了後は、晩餐会が催された。魔王と生贄だけでなく、他にも多くの魔族がいたので、ティティはメイストの影に隠れた。

「全部味方だから、大丈夫だって。オヤジの手下どもだ」

「だっておら、モブだど?多分、肩がぶつかっただけで死んじまう」

「……いちおうそのドレス、防御力高くなるやつ。幸運のパラも上がってるから」

「ぱらぁ?」

「……ぶつかっても死なないドレス」

「んだのが!そりゃあ、大したドレスだなぁ~」

 ティティは自分の着ているドレスをまじまじと見つめた。華やかで可愛らしいだけでなく、そんな能力も備わっていたとは驚きである。

「着せたときは喜ばなかったのに、防御力高いって分かったら喜ぶのかよ」

「へっ?だって、おらには勿体無いべ……似合ってねぇし」

「似合ってるよ」

「ふえ」

 ティティの前に、突然太陽でも現れたのかと思うほど、顔が熱くなった。

「何だその反応……初めて聞きましたみたいな」

「そそそそっただこと、一言も聞いてねえですだ」

「そうだっけ。あれ?言った気でいたわ」

 メイストはティティに背中を向けたまま、適当に答える。給仕係からワイングラスを取る。それから料理をさっと眺めて、クラッカーをつまんだ。

「俺、オヤジに用があるから、勝手に飲み食いしてろ。あと、部屋のあっち半分には行くなよ。魔族用の飯しか並んでねえから。お前、見たら多分ぶっ倒れるぞ」

「ふげっ!」

 ティティは壁に張りついた。魔族は総じて人間よりも大きいので、室内の魔族が料理の様子を遮っているのが幸いだった。

 メイストはさっさとどこかへ行ってしまった。突然ひとりにされたティティは、心細くなる。

 誰か生贄でも来ないだろうかと視線を動かす。会場内にいるのかもしれないが、人……魔族が多すぎて見つけることができなかった。

 だが、ティティが辛抱強く入り口のほうを見ていると、生贄が姿を現した。

 マリローダ、と呼ばれていた、デリランテの生贄だ。彼女は俯いたまま、それ以上入って来ようとしない。ティティは彼女に話しかけてみることにした。

「こんにちは!具合はもう大丈夫だか?」

 突然話しかけられて驚いたのか、ティティの声に彼女は「ひっ」と悲鳴を上げた。しかし、ティティが人間……同じ生贄であることに気づくと、警戒を解いた。近くで見た彼女はやはり、とても美しかった。年はティティと同じぐらいのようだ。

「だ……大丈夫。お、驚いてごめんなさい」

「なんもだ。おら、ユースティティアって言うだ。よろしくな。ティティって呼んでけれ!」

「私は、マリローダ……」

 マリローダは、俯いてティティと目を合わせようとしなかった。彼女の首や腕、あちこちに赤い痕がある。会議の間に入ってきたときには、何も無かったはずだが……。彼女は色が白いので、目立ってしまっていた。

 彼女はティティと言葉を交わしたあとも、所在なげに視線を彷徨わせていた。魔族がたくさんいて心細いのだろうと思ったティティは、励ますつもりで料理を指差す。

「なんか食わねが?うまそうなのいっぺぇあるど。マリローダさんは痩せてるから、食ったほうがいいど?」

「あ、わ、私……は、いらない……デリランテ様に怒られる……」

「へ?飯食って、怒られんのが?」

「う、うん……勝手なことしたら、だめ……」

 食事を取ったら怒られる。そして先ほどの、会議の間でのデリランテの言葉や態度。

 ティティは彼女が、何に怯えているのかわかった。魔族ではなく、デリランテに怯えているのだ。

「コーちゃぁ~ん?どこぉ~?」

「むぐぇっ」

 高い声と共に、ティティの視界が突然暗くなった。マシュマロのように柔らかい何かに、顔全体が覆われている。

「あらぁ。ふふふ。ごめんねぇ。見えなくてぇ」

「ぷはっ……はっ!」

 圧迫からもがいて脱出したティティは、自分が埋もれていたのが声の主の胸であることに気づいた。眼鏡の魔王――コラルコの生贄、アメリアだ。

 彼女は両手に山盛りの料理がのった皿を持っている。なんだかわからない生き物の頭部と眼が合ってしまい、ティティは悲鳴を飲み込んだ。魔族用の料理だ。

「ええとぉ、メイスト様の新しい生贄ちゃんよねぇ?はじめましてぇ。アメリアよぉ」

「はっ、はじめまして!ユースティティアだ」

「ティーちゃん、でいいかなぁ?あたしぃ、長い名前覚えられなくてぇ」

 アメリアは料理を近くのテーブルに置いた。下着なのかただの布なのかわからないぐらい薄着だが、だらしないわけではない。体のラインはくっきりとしていて、胸元も尻も魅惑的な線を描いている。

 彼女は、ティティの斜め後ろで俯いているマリローダに気づく。

「マーちゃん、もう動いて平気なのぉ……あらぁ?」

 アメリアはマリローダの体を見て、困ったように頬に手をあてた。「嫌なことは嫌って言ったほうがいいわよぉ?大事な体なんだからぁ」

「だ……大丈夫、です」

 マリローダはハッとして、体の痕を手で隠した。その態度を見たアメリアは、小さく溜息をついた。

「あ。ティーちゃんは魔王会議始めてでしょぉ?疲れたんじゃなぁい?」

「平気ですだ。体が丈夫なのがおらの取り柄だから」

「よかったぁ。何かわからないことがあったら、聞いてねぇ。あたしぃ、ずっとコーちゃんの生贄だからぁ、ここにも何回も来てるのぉ」

「アメリアさんは、コラルコ様と仲がいいんだなぁ」

「うん。あたしぃ、コーちゃんのことだーいすきなのぉ」

 艶かしい色気を湛えていた彼女が、コラルコのことを口にした途端少女のようにはにかんだ。

「だって、超かっこいいでしょぉ?身長高いしぃ、神経質な顔してるしぃ、まじめだしぃ、眼鏡だしぃ」彼女は指を折りながら楽しそうに話す。「人間の男より、よっぽどステキよぉ」

 ティティとメイストの関係も悪くはないが、彼女たちのように恋人同士ではない。どちらかといえば家族のようだ。

 かと思えば、マリローダとデリランテのように、多くの人間が思い浮かべるだろう、魔王と生贄という関係の者もいる。

「ねぇ~、ティーちゃんはどうして生贄になったのぉ?」

「ええと……おらは普通に生贄として差し出されますた。自分の村が順番だったから……」

 ティティが他の生贄と言葉を交わすのは初めてだった。魔王によくしてもらえるなんて、自分だけが運がいいのだと思っていたが、アメリアを見るとそうでもないらしい。他の生贄たちも、魔王と共に楽しそうに過ごしている。

 彼女を除いて……。

「う、うらやましい、わ。二人とも……ま、魔王が怖く、ないのね」

 無言だったマリローダが、声を震わせる。黒い髪の影が、マリローダの肌に濃く落ちる。

「どうして、私だけ……こ、こうなのかしら」

「マーちゃん……あっ」

 マリローダは、顔を上げないまま会場を出ていった。

「だ、大丈夫たべか?」

「ん~。デリランテ様には困ったわねぇ~」アメリアは心配そうに顎に指を当てる。爪の先まで、隙なく手入れがされていた。「あたしが知ってる範囲でぇ、マーちゃんはデリランテ様の六人目の生贄なんだけどぉ、みぃんな殺されちゃって……」

「こっ、殺……」

「まぁねぇ。デリランテ様はいちばん魔王らしいっていえば、そうなんだけどぉ……でもぉ、今時生贄にいたーいことするのなんて、あの人だけよぉ。だって、生贄にはみーんな、〈天恵の姫〉の可能性があるんだからぁ」

「〈天恵の姫〉……」

 度々耳にしてはいたが、ティティはその実態を知らない。

「メイスト様はぁ、生贄を選ばないで、差し出された子を受け入れてるでしょぉ?でも、他は違うのぉ。血筋?とかぁ、容姿?とかぁ、そういうのを調べてぇ、〈天恵の姫〉になれそうな子を生贄に指名するのぉ」

「アメリアさんも、指名されたのか?お姫さんとかなのか?すげぇ綺麗だし……」

「うふふっ。あたしはただの娼婦よぉ。人気はあったけどぉ。うふふ」

 アメリアは、ティティの言葉にうれしそうに笑った。「生贄になるはずだったえらーいお嬢様とぉ、顔が似てるからって身代わりになったのぉ」

「そういうこともあるのが……」生贄の事情にも、色々あるようだ。

「すぐバレちゃったけどぉ、コーちゃん怒らなかったのぉ。こーんなあたしのこと、ずっと面倒見てくれてぇ。優しくしてもらってぇ……超ラッキーでしょぉ?」

「んだなぁ」

 幸せそうなアメリアに、ティティも温かい気持ちになる。しかし、アメリアが不意に顔を曇らせた。

「でもぉ、マーちゃんはねぇ、私と正反対。お父さんがねぇ、議会の選挙に出るからってぇ、娘のマーちゃんが生贄にさせられちゃったのぉ。マーちゃん、運悪く生贄の候補リストに入っててぇ」

 選挙と生贄が結びつかず、ティティは首を傾げる。

「自分の娘が進んで生贄になればぁ、選挙に有利でしょぉ?みーんな同情したりぃ、立派な娘を持ってるとかってぇ、投票してくれるのよねぇ」

「そ、そんな……父ちゃんなのに、娘が大事でねぇのか!」

 ティティは、ウィトスのことを思い出した。父はティティを必死に守ってくれた。それができないときは涙を流してくれた。そんな父親がこの世に存在するなんて、信じられなかった。

「おまけに、父親はデリランテ様に殺されちゃったのぉ。マーちゃん、本当に可哀想よねぇ……」

 同じ魔王と生贄だというのに、マリローダは誰よりも不幸だった。ティティはマリローダと比べるような生まれではないけれど、魔王がメイストでなかったら……どうなっていたかわからない。

 彼らは魔王だ。恐ろしいほどの力を持ち、生きていることが支配することと同義だ。

 マリローダの運が悪かったのではない。ティティやアメリアの運がよかったのだ。

「うふふ……もっと楽しいお話のほうがいいわねぇ~」といって、アメリアがグラスを渡してくれた。真っ赤なワインが入っている。

「ねぇ~ティーちゃんは、メイスト様とどうなのぉ?どこまでしたのぉ?」

「ぶぽっ!」

 ティティは盛大に噴き出した。まるで吐血したような有様だったが、アメリアは驚くわけでもなく「あらあら」と言いながら拭いてくれる。

「うふふ、その反応はまだなんだぁ。んん~、メイスト様、殿方が好きなのかしらぁ」

 同じことを、ロニーにも言われていたなとティティは思い出した。

「メイスト様の生贄もねぇ~、何人か見てきたんだけどぉ。だーれも、なーんにも無いって言うのぉ。でも、ティーちゃんはいい感じに見えたからぁ、もしかしてって思ったんだぁ」

「い、い、いい感じって……おら、よくわかんねえだ」困り果てたティティは、ワインに口をつけた。普段あまり飲まないワインが、今日はするすると入ってくる。

「メイスト様はともかくぅ、ティーちゃんの気持ちはぁ、どうなのぉ?」

 アメリアは興味津々で尋ねた。ティティのグラスが空になると、すぐに新しいグラスと交換していく。

 ティティは、メイストのことは好きだった。

でも、アメリアがコラルコを好きな気持ちとは、違うのではないだろうか。メイストは仕えるべき魔王であるし、ティティにとっては命の恩人だ。感謝の気持ちが大きすぎて、それ以外の感情の入る余地がない。

「わ、わかんねえです……メイスト様は尊敬してるだ。立派なお人だと思うだ。おらで役に立てることがあるなら、なんでもしてぇとは思うども……」

 自分がすごく恥ずかしいことを言っている気分になり、再びグラスを傾ける。ティティの言葉を、アメリアは意味深な笑顔を浮かべて聞いていた。

「じゃあ、〈天恵の姫〉にならなくちゃ~」

「〈天恵の姫〉……そうだ。一体、それって何なのだ?おらでもなれるだか?」

 会議の内容を聞いていると、魔王たちは、〈天恵の姫〉を探しているようだった。メイストがそれを望んでいるかはわからないが、ティティは生贄だ。ヴォーゲントも、アメリアも、生贄に〈天恵の姫〉の可能性があると言っていた。ならばティティにも可能性はあるはず。

「それが、わからないのよぉ。伝説だしぃ、本当にいるのかしらぁ」

 アメリアはティティの空っぽのグラスをせっせと取り替えた。「でも、やっぱりいろんな力?があるみたいよぉ。魔法じゃなくても触れるだけで回復させたりとかぁ、死人を蘇らせるとかぁ、キセキのちから?っていうのぉ?そういうの、あるみたぁい」

「ふわぁあ……すげぇなあ……」

 ティティは小間使いと変わらない、ただの人間だ。容姿も普通だし、特別な身分もない。そんな自分が〈天恵の姫〉だなんて、やはり無茶な話だろうか……。

「ティーちゃん。がんばろうねぇ」

 アメリアがティティをまっすぐに見つめる。

「あたしもぉ、〈天恵の姫〉になってぇ、コーちゃんの力になりたいんだぁ。あたしぃ、バカだからぁ……それしかできないんだもぉん」

 アメリアの瞳を見ていると、ティティも不思議と気持ちが熱くなった。

――おらが〈天恵の姫〉になれたら……魔王様も喜んでくれるべか?

 彼に仕えるのではなく、役に立てるようになるのではなく……喜ぶ顔が見たいと思った。その違いが何なのか、ティティ自身にはわからなかった。

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