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贄の娘と支配の魔王  作者: 八千
<2>勇者、現る
12/20

 城の中庭に下りようとしたところで、ドラゴンがあっと声をあげる。

「知らない魔族が城にいる!」

 ほとんど眠りに落ちていたメイストが、眼をこすりながら中庭を見下ろす。

 ドラゴンの声で、ティティとロニーも身を乗り出した。中庭には、獰猛な牙をのぞかせた、四足のモンスターがいる。徘徊している彼らが、地面に足を着くたびに、接した所から雷のような光が瞬く。

「……反乱か?とうとう俺のこと嫌いになっちまったかな」

「何をのん気なことを言ってんだよ!城が攻められてんだぞ!」

「あーっ!畑に入ろうとしてるよ!」

「ぶっ殺す」

 畑という言葉に眼の色が変わったメイストは、階段を下りるようにドラゴンの背から足を踏み出す。

「ちょっと!魔王様、魔力が――」

「少し寝たから回復したよ」

 彼はそのまま直立して、地上へ放たれた矢の如く落ちていく。

 庭に降りたか降りないかの所で、腰の杖を抜いた。空に向かって掲げた杖に、どこからともなく炎が集まってくる。火という果実が成る木のように。

それはひとつの固まりになると、モンスターに向かっていった。同時にではなく、一匹ずつ。あらかじめ引かれていたルートを辿るように、進みながら敵を倒していく。

しかし、城のなかにはまだモンスターがいたようだ。中庭の戦いの気配に気づき、次々にモンスターがやってくる。

「アンタも手伝いなさいよ!勇者でしょ!」

「わーってるよ!ドラゴン、俺を下ろ……」

「わあああっ!」

 ドラゴンが急に悲鳴を上げた。背中にいたティティとロニーは、振り落とされそうになって咄嗟に鬣にしがみつく。

「ドラゴン!」

「いやーっ!やだーっ!」

 振り回されながら、ティティはドラゴンの顔が何かに襲われているのを見た。ドラゴンは大量の蝶にまとわりつかれていたのだ。

 ティティはメイストに買い与えられたモップを握り締めた。モンスターは無理だが、虫ならティティにも退治できるはずだ。

「なにするだ!あっちいけ!」

 なんとかドラゴンの顔のほうまで進み、片腕でモップを振り回す。しかし、蝶たちは煙のようにティティのモップにまとわりついた。

「よせ、ティティちゃん!そいつはただの蝶じゃない!」

 ティティの目の前で、蝶たちが金色に変化していく。ティティのモップか、ドラゴンの爪がそれに触れた途端、一羽が弾け飛んだ。それが連鎖して、空中で火花が散る。

 驚いたドラゴンが体をしならせて、ティティが振り落とされた。

「ティティ!」

 モニクが後を追う。ロニーは運よく、ドラゴンの手にしがみついた。

 落下するティティを引き上げようとモニクが奮闘するが、逆に落下速度に引っ張られる。

「魔王様あああ!」

 モニクの声に気づき、メイストが頭上の異変に気づく。目の前のモンスターを薙ぎ払い、宙に舞った。

「ドラゴン!ロニーを隠せ!」

 ティティをキャッチしながら、大きく息を吸い込む。そして、杖の頭をドラゴンに向けて息を吐くと、巨大な炎が噴出した。

その一撃で、ドラゴンの全体が炎に包まれた。猛烈な火力に、蝶たちは、一瞬で灰燼と化す。

「魔王様、ありがとう!」

「おいメイスト!黒こげになるところだったじゃねえか!」ドラゴンの手の中にいたロニーが、指の間から顔を出す。

「このまま王の間へ行け!埒があかねえ」メイストの指示に、ドラゴンは城の上部へと向かった。

「ティティ、怪我はねえか」

「へ、へえっ!申し訳ありません!」

「いいよ。あんま無茶すんな。ったく、人の城で好き勝手してくれやがって」

 メイストの黒いマントが更に広がり、上空へティティたちを押し上げる。中庭のモンスターは減るどころか増えていく一方だ。

「あのモンスターたちは一体……」

「心当たりがあり過ぎてわからん。だが、あいつらは知能は低い。誰かに操られてここに集まってきたとしか思えない」

「誰かって?」

 メイストは答えなかった。高度を上げて、城の最上階……王の間へと向かう。

 その場所は、メイストが立ち入りを禁じていた。とはいえ、城の中から王の間へ繋がる階段は崩れており、そもそも入ることが不可能だった。その場所に何かあるというわけではなく、危ないからだった。

 王の間は天井のほとんどが崩落していた。円形の広間は巨大な煙突のようにも見える。壁に沿うように並んだ柱が、今では夜空を支えている。

 一際太い柱が二本あった。その根元には、玉座が据えられている。そこに、人影を見た。

「誰かいますだ」

「わかってる」

 玉座から離れた場所に降りる。先に来ていたドラゴンたちも玉座と向かいあい、睨みあいを続けている。

「大丈夫だったか、ドラゴン」メイストがドラゴンの背を叩く。

「うん。魔王様……アイツって」

「心配すんな」

 メイストはドラゴンたちを背に、玉座へと進んだ。杖はベルトに収めていく。彼は、そこにいる人物が敵ではないと知っていた。

「残念だなあ。意外と衰えてねェようだ」

 男の声だった。彼は玉座から腰を上げると、メイストに向かって歩いてくる。柱の影で闇に隠れていた顔が、中央まで進んでくるとはっきりと見えた。

 彼は右手に先のない柄を持っていた。メイストが台座だけついた杖を持っているのと、同じ種類の武器だ。

「デリランテ……」

「前回の魔王会議以来だな。許せよ兄弟、今日のはほんの挨拶だ」

 デリランテという名前には、その場にいた全員が覚えがあった。

 今日行ってきたばかりのヒロイの都を支配している魔王のことだ。

「さすが、動きが早いな。やっぱり、ドラゴンのことで気づいたか」

「ああ。ドラゴンが現れたって報告が入ってな」

「悪かったよ。騒ぎにするつもりはなかったんだ。だからこっそり行ったんだが」

「水臭ェこと言うなよ、メイスト。俺がお前に危害を加えるわけねェだろう?」

 大げさに両腕を広げて、デリランテはにやりと笑った。

「今時、ドラゴンなんて使役してるのテメェぐらいだからな。すぐにテメェだってわかったんだ」

「……使役してるんじゃない。俺の友人だ」

「……ドラゴンがダチ?ハハッ!冗談はやめろ!」

「ちょっと!失礼じゃないっ?」ティティのフードにすっぽり隠れたまま、モニクが反論した。その姿に気づいて、デリランテが「おお」と感嘆の声をあげる。

「妖精族を捕まえたのか。そいつは薬だろ?羽に治癒能力があるからな。えーと、それからそっちのオッサンは……晩飯……にしちゃあマズそうだな。そういうゲテモノ好きだったか?」

「俺は勇者だっつーの!」ロニーが一歩前に出る。「ロニー・J・ムスディオ!覚えとけ!」

「……テメェ、何で勇者と一緒にいんだよ」

「理由を聞かれると、俺にもよくわからん」

「いやいや!そこも俺の友人だから、って言っておこうぜ、メイスト!」

 喚きたてるロニーを無視して、デリランテの冷たい瞳がティティに注がれる。

「で、まさかとは思うがその女は……テメェの生贄か?」

「うん」

 メイストの返答を聞いた途端、デリランテが広間中に響き渡るような大きな声で笑った。

「ハハハ!テメェの支配地の人間は、こんな生贄を寄越して済まそうとすんのかよ!完璧にナメられてんな、お前」

「そんなことねえよ。こいつ、よく働くぞ。ほら、ティティ。挨拶しろ」

「ゆ、ユースティティアと申しますだ!長ぇので、ティティと……」

「テメェなあ……魔王の威厳ってやつはねェのかよ」

 心底軽蔑したという風に、顔が歪む。

 角や体毛や手の形にメイストと同じ種族であろう――魔王の特徴は表れてはいるが、その顔つきはメイストとは似ても似つかない。彼はこんなに仄暗い表情を持っていない。

「テメェの支配地も見て回ったよ。会議じゃ顔突き合わせちゃいるが、こうして来るのは初めてだったな。よくもまぁ、ここまで人間を増やしたもんだ。いい農場……」デリランテの目が、射るようにメイストを見つめる。「ってわけでも無ぇんだろ?人間に肩入れしすぎじゃねェか、テメェ」

「俺の支配地のことより、自分のとこの心配しろよ。どうすんだ、あの〈真の勇者〉」

「ハッ!やっぱりそのことで俺の土地に来てやがったのか」

 メイストはこれまでで、一番つまらなさそうに答えた。

「どんな奴だろうと、俺がぶちのめすだけだ。勇者だろうと、魔族だろうと、俺に歯向かう奴は支配するのみ」

「お前は魔王の鑑だよ」メイストが軽く首を振る。

「ちっともそう思ってねェ顔だ。……まあいい。オヤジから伝言だ。実は今日は、そのために来たんだよ」

「ついでみたいに城荒らすなよ」

「荒らさねェほうが失礼だろ、魔王として。『緊急の魔王会議を招集する。〈裂け目〉に集まれ』とよ」

「そうか。やっぱりオヤジの耳にも、この話は届いてたんだな」

 メイストは杖の台座を握りしめた。「……わかった」

 それから、と言ったデリランテの顔が、苦虫を噛み潰したように渋くなる。

「ん?」

「『生贄の顔も見せろ』……だと。ったく、何考えてんだ、あのクソオヤジ」

「生贄を?」メイストがティティの顔をちらりと見る。「定例会議じゃないのに?」

「こっちが聞きてェよ。じゃあな」

 デリランテは、メイストたちに背を向けて、段差を上がっていく。そして、玉座を踏み台にして飛びあがると、弾丸のような速度で空に吸い込まれていった。

 城から物音が消えた。おそらく、散らばっていたモンスターたちも立ち去ったのだ。残されたのは、騒ぎのあとのせいで、やけに密度のある静寂だった。

「なっ……なによアイツ!二度と来んなー!」

 終始隠れっぱなしだったモニクが、デリランテが完全にいなくなったのを見計らって大声を上げた。

「あの……魔王様。魔王会議って……魔王様がいっぺぇ来るんだか?」

「まあな。会議だからな」

「……生贄って、おらのことです……よね?」

「そうだよ」

 全員がメイストのような魔王ではない。きっと、デリランテのような魔王や、もっと凶悪な魔王がいるに違いない――ティティは想像した。そんな魔王たちが集まる場所に、モブの自分が連れていかれるなんて。モンスターであっさりと死ぬのなら、魔王たちの呼吸ひとつで、ティティは吹き飛ばされてしまうかもしれない。

「……お、おら行きたくねえだ。殺されちまう」

「大丈夫だって」

「なにを根拠に!」

「大丈夫だって」

「同じこと二回言ってるでねえか!」

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