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贄の娘と支配の魔王  作者: 八千
<2>勇者、現る
10/20

 翌朝、城の玄関にはいつもと違う服装のメイストがいた。

「ま、魔王様!その顔……」

 人と獣が混じったような顔をしているいつものメイストとは違う。角がなく、口元も裂けていない。髪の毛の生え際が人間らしい位置になっているし、あの長い指先と爪も人並みになっている。

「化けた。あと変装」

「ほあ……魔王様、そっただこともできるだか……はああ」

「ちょっとこいつと出かけてくるわ」

 メイストは、隣にいるロニーを顎で示す。

「へっ?どこさ行くだ?」

「メイストの奴が、〈真の勇者〉の顔を拝みたいって言うからさ」

「こいつは道案内だ」

「おっ、おらも連れてってくだせえ!」

「ええ~」

 メイストはあからさまに嫌そうな顔をした。

「なんでだよ。連れてってやりゃあいいじゃん」

「だって、人間二人は重いだろ……ただでさえお前は重いのに」と、ちらりとロニーを見る。「その鎧脱ぐっつーなら、二人抱えられそうだけど」

「なにをぅ!鎧は勇者の大事な装備だぞ!」

「なら、おらが服を脱ぐだ!」

「そういう問題じゃないから」

 その時、三人が大きな影に包まれた。上空で、大きな翼が太陽を遮っている。

「なら、僕がロニーを運んであげるよ」

「あたしのことも、忘れないでよねっ!」

 現れたのは、ドラゴンとモニクだった。

「何だよお前ら……寝てる時間のはずだろ」

「昨日早く寝たぶん、早く目を覚ますの当然でしょ。あ~日差しが鬱陶しい!」

 モニクはそう言うと、当然のようにティティのコートに潜り込んだ。

「ったく……遊びに行くんじゃねえんだぞ」

 結局、城の者全員でヒロイの都へと向かうことになった。天気もいいし、こんなことなら弁当でも作っておくんだったとティティは思った。




 ヒロイの都までは三時間程度。この大陸には王様のいる都がいくつかあるが、ヒロイは一番大きな都だ。

 変身もできず、モニクのように隠れることもできないドラゴンは、町外れの森に降り立ち、そこで待機することになった。ドラゴンに乗っていたロニーは歩いて都に入ることになり、街中で合流する約束をした。

「うわあ……でっけえ建物だ!これは城か?」

「それは誰かの家だ。何人かで集まって住むんだよ。アパートつったか」

「それは王様とか、貴族様ですか?」

「普通の連中だよ。平民」

「ふああ……おら、感動しただ!こんなにでっけぇ建物に住めるのは、王様か魔王様だけだと思ってただよ」

「さっすが、田舎者ね~。アパートも見たこと無いなんて」

 ティティのコートのポケットから、モニクが頭だけを覗かせる。

「それにしても……」

 舞い上がるのもそこそこに、ティティは辺りをぐるりと見渡した。

 都には厚くて陰気な雲が立ち込めており、そのせいでどことなくカビ臭い。街を行く人の顔も冴えなくて、この空気に拍車をかけている。まるで、都全体が日当たりの悪い建物の中のようだ。

 店や仕事など、生活面は一応機能している。荒れているというわけではない。だが、彼女が想像していた都とは雰囲気が違っていた。

「これが魔王の支配する世界だ。本来のな」

「本来の……」

 確かに、メイストと会う前のティティは、魔王の支配というとこういう世界を想像していた。カナシ村以外も、このように荒廃しているのだと。カナシ村の飢饉は魔王のせいだと刷り込まれていたし、魔王とは人を苦しめる存在という言葉と同義だ。

「ここの魔王……デリランテって言うんだが、そいつは三年前にここの王……元勇者を倒して支配地にした。それ以来、こんな感じだよ」

 メイストの表情に変化はなかったが、どこかこの都を哀れむ様子が伺える。

「なんだか、つまんないトコね。お菓子屋も開いてないし、ドレスも売ってないじゃない。デリランテはわかってないわね。やっぱり魔王様の支配がいちばんいいわよっ」

「これはこれで、魔族には住み心地がいいんだ。あいつらには天国だろうな。俺のとこは魔族に無理をさせてばかりだ」

「魔王様は、勇者に土地を追われた魔族の面倒を見てやってるだけでしょ!文句言うなら追い出せばいいのよ!人間食わなきゃ死ぬってわけでもないんだし。鶏肉のほうがおいしいわよ。ねえティティ!」

「んだなあ。鶏肉はうめえよなあ」

 いつもなら同意するメイストは、何も言わなかった。

 そうして歩いているうちに、ロニーと待ち合わせをしていた噴水広場に辿りついた。

 水は出ておらず、乾いた苔がこびりついているだけだ。中央の王……元勇者の像が力強く掲げていただろう剣も、腕ごと折れてしまっている。

「ロニーはまだ来てねえか。森からここまで来るんじゃ、時間もかかるだろうし……勇者を探してみるか」

「探すったって……どうするべ?」

「そんなの、地道に聞き込みするに決まってんだろ。勇者の基本だってロニーが言ってたぞ。新しい街についたら、まずはそこらじゅうの人間に話しかけて、情報を集めるんだと」

「勇者様ってのは、意外と地味だな……?」

 ともかく、ロニーの教えに従い、勇者について聞いて回ることにする。




「オーウェン様のことだろ?」

 尋ねた一人目で、早くも名前が判明した。閉店したパン屋の前で、座り込んでいた青年だった。

「あの人は素晴らしい勇者様だよ。きっと、この都を魔王の支配から救って下さるよ」

 貧しそうな花売り娘も、目を輝かせてそう答えた。

「魔王なんざ、オーウェン様が倒してくれるに決まってる!あいつは、卑怯なやつなんだ。国王様をなぶり殺しにしたんだぞ」

「この都は、華やかで立派な都だったのに。今じゃこんな有様だ。貴族も金持ちもほとんど殺されたか、追い出された」

「俺の母ちゃんは魔王のせいで死んじまった。モンスターが都に入ってきて、襲われたんだ」

「オーウェン様が、この都をきっと俺たちの手に取り戻してくれる!」

 酒場の男たちも、露店市場の店主も客も、みんな魔王への不満を口にし、オーウェンという名の〈真の勇者〉を歓迎していた。

 ある程度聞いてまわったが、彼の居場所についてはわからなかった。魔王デリランテの攻撃を避けるため、一箇所に留まらないようにしているのだろうとメイストは言った。それ以上に、都の人々が勇者を守るために安易に居所がわかるようなことは言わないのだろうとも。

 結局勇者は探し出せないまま、メイストが路地に座り込んでしまった。休憩だろうかと近づくティティだったが、メイストは顔を覆ってうなだれていた。

「久々に魔王への恨みつらみを聞くと、堪えるわー……」

「ま、魔王様……打たれ弱すぎだべ」

「しっかりしてよ!魔王様のことを言われたわけじゃないでしょ。デリランテのことを言ってるのよ!」

「人間には、どっちでも変わらねえよ。魔王が一人だと思ってるやつだって多いんだ」

 大きな溜息が、吐き出される。普段も覇気のある顔をしているわけではないが、今は輪をかけて生気がない。

「どうすんべ、モニク……」

「放っておくしかないわよ……引きこもりで付き合いのない魔王様だから、こういうことに弱いのよ」

 モニクが耳元でひそひそと囁いた。仕方なく、ティティはメイストの横に立つ。

 メイストが座り込んでしまったのは、品物のほとんど無い道具屋だった。埃を被った鍋や、畑仕事の道具などが、申し訳程度に並んでいる。

 少し気になったティティは、店を覗いてみることにした。店の奥には、起きているのか寝ているのかわからない老婆がいる。

空っぽの店内で、真っ先に目についたのは、ティティの背丈ほどのモップだった。

「おお……握った感じもいいなぁ」

「モップなんか欲しいの?」

「城にあったやつは、握る部分がちょっと太くてなぁ。もうちょっと使いやすいのがあればいいなと思ったんだども……」

「なんだって同じでしょ?」

「同じじゃねえよう。毎日使うからこそ、いいもんを……」

 値段を見てみるが、ティティに買える値段ではなかった。というか、ティティは金を持っていないので、いくらだろうと購入できないのだが。

「なんだお前……それが欲しいの」

 モップを握っていると、背後からメイストに声をかけられた。

「あ。魔王様復活した」

「買ってやるよ。ばーさん、いくらだ」

「めっ、滅相もねえです!」

「いいから。黙って買い与えられて、俺の魔王としてのプライドを復活させてくれ」

「モップで?」

 メイストはティティのフードをきゅっと縛って、モニクを閉じ込めた。




「ありがとうごぜえますだっ」

 ティティは深々と頭を下げた。背中には紐をつけてもらったモップをかけている。道具屋から噴水広場に戻ってくるまでの間、何度頭を下げたかわからない。

「モップ一本でそこまで感謝されると、俺がすごい小さい男みたいじゃん」

「生贄のおらに、プレゼントをしてくださるなんて、魔王様は大きな男だべ!」

「うっ……それだよ、そういう目だよ」

「魔王様、ずるい!あたしにも何か買ってよ!」

「お前、鍋とか欲しかったの?」

 ティティは、モップをかけた胸元の紐をぎゅっと握り締めた。こんなに嬉しい気持ちは初めてだ。自分ではわからなかっただけで、モップが欲しい気持ちはずっと疼いていたのだろうか。

「ねえ、ロニー遅すぎじゃない?森で襲われてたりして」

 しばらく三人でロニーを待ったが、一向に現れない。

「まさか。あいつ、そこそこレベルは高いし。この辺の雑魚に苦労するような……」

「んだども……いくら森が遠いっていっても、そろそろ着いてるはずだよな?」

 そこで、目の前を男性の二人連れが歩いていく。

「森のほうでモンスターが出たらしいぞ」

「おお、おっかねえな。最近、凶悪なのが出てるらしいからな……」

 ティティたちは顔を見合わせると、慌てて走り出した。そして、建物の影から森へと飛び立った。




 森にはすぐに辿り着いた。だが森は広く、暗い色の木が密集していてロニーはおろか、ドラゴンの姿を見つけることもできない。上空からではとても無理だ。

 高度を下げて森に入ったが、やはり幹や枝が入り組んでいた。飛行しながらの移動では、ティティもいる分余計に時間がかかりそうだ。

「モニク、お前のほうが早そうだから頼む」

「もう!ロニーの奴!あとでうんとお菓子を買わせてやるわ!」

 モニクはティティのフードから飛び出すと、木の間を縫うように飛んでいった。あまりにも早くて、モニクの明るい髪が滑らかなラインを描いて、残像となる。

 メイストはもう少し先まで飛ぶと獣道を見つけ、そこでゆっくりと着地した。

「ロニーさん、大丈夫だべか」

「あれでも勇者だ。あの年まで現役やってられるんだから、心配いらねえよ」

 近くの草むらが、ガサガサと音を立てる。メイストはティティを庇うように立った。音のほうへ手を掲げて、いつでも攻撃できる態勢を取る。

「あれっ……」

 草の塊が割れて、そこから現れたのはモンスターだった。カマキリかトンボのような顔をしているが、目の数が多い。

 一匹ではなかった。続いてもう二匹やってくる。先頭の彼はメイストに気づくと、あっと声を上げて指をさす。

「あ!メイスト様……ですよね!魔王の!」

「うわ、初めて見た。ちーっす!」

 モンスターたちは照れたように頭をかきながら、メイストに近づいてくる。モンスターに足を踏まれただけで死ぬという自分の虚弱さを思い出して、ティティはさっと隠れた。

「お前ら、鎧着たおっさん見なかったか?紅茶みたいな色の髪で、ちょっとくたびれた鎧着てる奴」

「あっ!そいつならさっき……」

 モンスターが答えようとしたところで、ドゴン、という衝撃音に周囲が揺れる。モンスターの背後で土が舞い、鳥たちがギャアギャアと鳴きながら飛び立った。

「って、すみません!今、ちょっとヤバくて」

「俺たち追われてるんです!」

 切実な訴えの後に、彼らはこちらに向かってボールのように飛んできた。とっさにメイストが彼らを受け止めて、踏みとどまった。おかげでティティは何ともなかったが、バランスを崩して、メイストが下敷きになった。

「魔お……」

「シッ」

 メイストはティティを見て、唇に指を当てた。静かにしろといっているのだ。

「御仁!大丈夫であるか!」

――ご、ごじん……?

 言われた通りに口を閉じて、様子を伺う。衝撃と同時に発生した土ぼこりの向こうから人が現れた。

 光り輝く剣を握り、それと同じ色の鎧に身を包んだ男性だ。鎧は全身を覆っていて、よくこれで動けるものだと場違いなことを考える。

 彫りの深い整った顔立ちで、異性に疎いティティでも、彼が美青年であることがわかった。

 彼はモンスターの下敷きになったメイストに気づくと、両手で剣を握る。

「心配するな!今助ける!」

「ひいっ!」

 モンスターは悲鳴をあげて、メイストから離れようとする。だがその瞬間、メイストがモンスターたちを再び引き寄せた。

 青年の剣が空を割く。メイストがモンスターたちを掴んで止めなければ、おそらく彼らの首は今頃綺麗に飛んでいた。

「ちっ……外したか」

「うわー、おそわれるー」

 気が抜けるほどのメイストの棒読み。うまくやろうという気もないようだ。だが、こうやって青年からモンスターを守っているのだ。

「ぎゃ、ぎゃあ~!連れていかれちまう~」

 ティティも援護する。一匹のモンスターの腕を引いて、戦いの場から離れさせる。メイストは目の前のモンスターの胸倉を掴み、囁きかける。

「今のうちに逃げろ」

「すっ、すいません!」

 残りの二匹が逃げようとしたところで、青年が再び剣を振りかぶった。

「逃がさぬぞ!」

 メイストは地面についていた手から、地面に波動を送る。辺りの土が噴水のように湧いて、雨のように降り注いだ。それが青年の進路に対して遮蔽物となる。

「わー、こうげきされた~」

「くそっ……魔物め……」

 その隙に、モンスターたちは全員無事に逃げ延びた。ティティの元へ、青年が駆け寄る。

「お怪我はござらんか?」

「は、はいっ!大丈夫ですだ」

 心配されることよりも、彼が美青年であることよりも、今の手助けがバレないかに緊張する。

「お主も大丈夫か」彼は今度はメイストに声をかけた。

「ああ……おかげさまで」

 座り込んでいたメイストは、差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。

 それから、ティティとメイストをまじまじと見つめる。

「旅の人……たちか?このような場所にいるとは……迷いこんだか?」

「雨で都への橋が崩れていたんだ。迂回するために森に入ったら街道に戻れなくなってしまって」メイストが淀みなく誤魔化した。

「そうだったのか。ふむ。早いうちに都の者をやって修理させよう」

 彼は何かを考え始めた。橋のことなど嘘だ。メイストの堂々とした態度に引き換え、ティティは落ち着いていられない。

「ああ……すまない。警戒しないでくれたまえ」

 そんなティティを見て、彼は自分に怯えていると思ったのか、申し訳なさそうに口を開いた。

「私はオーウェン。教会より神託を賜った、正式な勇者だ。助けたからといって金品を要求するようなことはせんから、安心して貰いたい」

「オーウェン、って……」

 オーウェンはニコリと笑うと、剣を鞘に戻す。

〈真の勇者〉だ。メイストたちが探している、最強の勇者――。

「いやー、すまんすまん!探しにきてくれたんだって?クソが長引いちまって……」

 ガサガサと草をかきわけて、ロニーが現れる。向かい合うオーウェンとティティたちを見て、ロニーは首を傾げた。「どうしたんだ、お前ら?」

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