博学ライオン
相手を威圧する迫力のある怖い顔のライオンが怯えながら口にした言葉を、ジョージは頭の中で反芻した。
(いじめないって約束してって・・・それはぼくが言いたい。)
心の中ではそうツッコむものの、初対面の相手にそれは言えないよね。
「も、もちろんだよ!どうしてそんなにぼくを怖がるの・・・?」
ジョージはただのぬいぐるみだ、クマの。それも、子供向けの。
「怖いんだから仕方ないでしょう?大きいし。」
「あなたのほうが、こわ・・迫力のある強そうな顔をしているよ。確かに、ぼくのほうが身体は大きいけど。」
ジョージは言葉を選んで口にしながら、しげしげと目前のライオンを眺める。さっきは大きく見えたけど、彼は自分の頭部と同じくらいのサイズ。怖い怖いと思っていたから、勝手に大きいと思い込んでいたんだろう。
「自分の顔は自分では見えないもん。みんなが怖いっていうから、見たら怖いから、オレは鏡だって見ないことにしてるんだ・・・」
眉の端を下げて、上目遣いでジョージを見つめるライオン。彼には、ジョージがひどく恐ろしいものに見えてるのだろう。
少し考えてから、ジョージは道の真ん中だというのに、そこに体育座りをした。それにすらビクリと毛を逆立てるライオンに、少し困惑しながら。この世界はあちらと違って、道を行くのはスキップするかのようにのんびり散歩しているオモチャの車が多いようだから、大丈夫だろう。・・・たぶん。
「こうすれば、少しは怖くない?」
問いかけるジョージをしげしげと観察するように見つめたあと、ライオンは破顔した。
「きみ、顔は怖いけど、いいやつだな!!!」
(どっかで聞いたような・・・そう、それあなたのことだよ・・・)
ライオンの笑顔につられ、ジョージもにこにこ笑ってしまったが、内心、ちょっと複雑だ。
「オレ、キングっていうんだ。きみはなんて名前なの?」
ライオンの家でお茶を出してもらいながら、ジョージはようやく慣れてくれた彼と向かい合い、話をしていた。この家自体も、昔まーくんが、いとこのお姉さんにプレゼントされたままごと用の家だ。まーくんはジョージのベッドがわりにしていたが。それにしても、実物よりもやけに大きい気がする。
「ジョージ。・・・・・・たぶん、以前一度だけ、あなたに会ったことがあると思う。」
「知ってるさ、ジョージ。」
頷くキングに、ジョージはほっとする。どうやら、思い出してくれたらしい。
「さっき、会ったじゃないか」
続いた言葉に、ジョージは困惑した。話が噛み合っていない気がする。
「フィルムカメラのように、時間ってのは一瞬一瞬を映し出しては、次々と過去になっていくものだからね。・・・この本に書いてある。」
キングが椅子の近くの棚から、なんだか古そうな本を出してくる。まーくんのお父さんが読んでいたやつだろうか。見たことがあるような気がした。
「難しそうな本だね」
思ったことを素直に口にしたら、キングは嬉しそうに胸をはった。
「知らないというのは怖いものだからね。オレは怖いのは何より怖いんだ。」
(━━━━相当な怖がりさんらしい。)
「怖がりな生き物ほど、知識を必要とする。人間がその最たる見本だね。・・・それはこっちの本に書いてあったよ」
気づけば、テーブルにはまた別の本。ところで、さっき本を棚から出したとき、キングは二冊も本を出していただろうか。この本も、昔見たことがあったような気がするけれど。
それをキングに伝えたら、意外だと言いたげにテーブルを指差した。
「きみだってできるだろう?たとえば・・・ほら。」
指先に、さっきまでは確かになかった茶菓子が現れる。
「えっ!どうして?」
「欲しいと思ったものを具体的に思い出す。それから、それが欲しいと強く思うんだ。大きさは、思った通りになるようだ・・・ただし、手に入らないものもあるみたいなんだ。」
「たとえば?」
ジョージは身を乗り出すようにして聞く。もしかしたら、まーくんにも会えるのかもしれない。
「たぶん、まーくんが見たことのないものはダメだ。この世界にあるものは、なぜかみんなまーくんとかかわり合ったものばかりだ。住人も、景色さえも。この本だって、まーくんのパパさんの書斎にあったものだよ。オレは、パパさんの書斎のガラスケースに飾られていたからさ。」
試しに、ジョージはまーくんを思い出す。思い出せば、自然に強く願っていた。
(━━━━まーくんに、会いたい・・・・!!!)
だけど、何一つ変化はない。考えてみれば、キングに聞かされる前から、何度も何度も願ったことだったのだ。
「まーくんを呼ぶことは、できないんだね・・・」
がっかりして項垂れるジョージに、キングは無邪気に言った。
「鏡、見たことないんじゃない?怖いし。」
たぶん、本気なのだと思う。でも・・・
(それはないと思うよ、キング・・・)
「どうしたら、まーくんのところへ行けるのかなあ。」
ヒントを見つけたと思えばまたすり抜けていく。分からない。全然分からない。
気ばかりが急いて、涙が頬をつたっていく。
「今日は、ここに泊まっていったら?この世界は一日がとても短いんだ。そろそろ暗くなるしね。明日には、何か知ってそうな友達を集めてみるよ。」
「うん・・・・」
「突破口は必ずあるはずだよ。神様は、越えられない試練は与えないんだ。」
力強く言うキング。強そうなキングが言うと、本当にそうだと思える。
(そうだ。あきらめる前に、やれることはまだあるはずだよね。まーくん・・・)
顔をあげたジョージに、にこりと笑いながら、キングは続けた。
「こっちの本に、そう書いてあった」