見た目が正しいとは限らない
鋭く、絶えず周囲の気配を追うような隙のない目つき。動きに合わせて揺れ動く、金色のたてがみ。大きな体格の割に、小さすぎる足音。
どの動きを取っても、他のどんなオモチャにもない緊張感と圧迫感を感じて、ジョージは身構えた。
【顔は怖いが優しいヤツ】
さっき、ラクダはそう言っていた。話しかけなくてはいけない立場のジョージとしては、ぜひともそれを信じたいのだけれど、怖いものは怖いのだ。
一歩近寄ると、迫力のある姿が近くなる。それにつれて、心臓の鼓動も大きくなる。
━━━━逃げたい。
そう、そこに見えているのはもちろん、オモチャのライオンのはずで、まさか食べられる、なんてことはないはずだ。でも、ジョージが今いるこの場所は、話せるはずのないオモチャと話ができ、動けるはずのないジョージ自身でさえ、こうして動き、歩くことができる。だったら、オモチャがオモチャを食べるはずがない、なんて常識がいったいどこまで通じるだろうか。
━━━━まーくん。
足が震えて前に進めなくなったその瞬間、ジョージに笑いかけるまーくんの笑顔が思い出された。
━━━━ぼくは、まーくんの親友だ。
それがジョージの誇りだったし、勇気そのものだった。魔法の呪文のように唱えて、足をもう一度前に踏み出す。相変わらず震えていたけれど、心臓も口から飛び出してしまいそうだったけれど、逃げ出してはいけない時というのがある。
(今逃げ出したら、たぶん一生ぼくは後悔する。・・・人に作られたぼくに、命がどれだけ与えられているかはわからないけれど。)
(そう、少しずつだっていいんだ。近づきたい、まーくんのいるところへ・・・・!)
だんだんとライオンが近くに見えてくる。一歩・・・一歩・・・あれ・・?
もう少しで話しかけても声が届くところへつく。そう思ったとたん。
(━━━━消えた。)
ライオンが、消えた。たった今、そこにいたと思ったのに。どこかの道を曲がったのだろうか。
急いでドタドタと音を立てて、駆け寄ろうと思った瞬間。足元で何か小さなものが跳ねるような気配がして、とっさにそちらに視線を向けた。
小さな身体をさらに小さくして、全身の毛を逆立てているそれは、確かにさっきまであちらにいたライオンのように見えて、ジョージは丸い目をさらに丸くした。
「・・・え?」
ライオンはその声にすら反応して、びくりと身体を震わせた。
「えっと・・・あの・・・」
どんな言葉をかけたらいいのかとか、どうしてこんなところにいるのかとか、瞬間移動したのかとか、思ったより小さいなとか、一気に頭を駆け巡って、ジョージはひどく困惑した。
なにより、こちらを振り返ったライオンは、怖い顔を恐怖に歪ませていて、その様子が怖いのだ。
かつてまーくんが言っていた。敵に襲われ、逃げ場を失った野生動物は、命をかけて襲いかかってくるものなのだと。図鑑とぼくを抱きしめて得意げにお父さんに教えていたまーくんは、なんだかえらい人のように思えた。
それを思い出して、ジョージは相手から視線を外さずに退いた。
(背中を向けて逃げてはだめ。視線を外してはだめ。もちろん、こちらから攻撃をしてもだめ。力の差で勝てないときは、逃げるが勝ち。)
ところがライオンは、恐怖にひきつった顔をさらに歪ませたかと思うと、ポロポロと涙を流し始めた。さらに、さっときびすを返すと、ライオンは走り去ろうとしている。
(に・・・逃げちゃうの!?)
色々なことがもう、予想の外すぎて、ジョージは一瞬あっけにとられた。でも、すぐに焦った。話を聞けなくなるのは困るのだ。
「━━━━待って!まーくんのところへ、行きたいんだ、ぼく!!」
焦って色々な説明をすっとばしてしまう。それがまたジョージ自身を焦らせる。
「話を聞かせてほしいの!!!おねがいっ!」
自分でもムチャクチャだと思った。なんの説明にもなってない。でも、精一杯だった。
それでもライオンは、驚きの様子を見せたあと、少しためらってから、ゆっくりと頷いた。
「・・・・いじめたりしないって、約束してくれるなら・・・」