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おもちゃの世界

 瞬きをした、たったそれだけのことだった。

 強い光に、一瞬視界を閉じ、次に開くと、見たこともない、でもなんだか懐かしい場所にジョージは立っていた。

「ここは・・・」


 かつてまーくんが部屋で走らせていたような模型の鉄道が煙をはいて走っている。線路に並行して並んでいる住居は、かつてまーくんと出会った遊園地のように、カラフルで可愛らしい。どれもこれも、まーくんとの生活を思い出すような・・そう、よく見ると、全部に見覚えがある。

 どうしてここに昔のまーくんのおもちゃがあるのか、なんて、冷静な考えはすぐに浮かばなかった。

 まーくんを思うあまり、自分が記憶の中の世界に逃げ込んでしまったのか、としか思えなかった。

 そのくらい、懐かしかった。

 ジョージは自分が目から何かを流していることに気づいた。まーくんが部屋で悲しんでいる時と同じようなものが、顔をつたり落ちていく。


「なに、これ・・・?」

 悲しいときに出るものだと思っていたそれは、どうやらそうでない時にも出るのだろうか。だって、ジョージはぬいぐるみで、これまでどんなに悲しくても、まーくんのように目から水が流れることなんてなかったのだから。

 ジョージは手足を動かそうとしてみた。まーくんを抱きしめてあげたいと思ったとき、いつも動かないそれは、当然のようにジョージの意思通りに動いた。

「動く・・・・・!」


 これで、まーくんを抱きしめてあげられる。守ってあげられる。でも、まーくんはどこにいるんだろう。

 ジョージの気は急いた。だって、ずっとずっと願っていたことが、現実になったんだ。でも、守ってあげたいまーくんがどこにいるのか分からない。


 ジョージはあたりを見回した。あかい三角屋根のおうちと、四角い形の白いおうち。その間には、かつて見たことのある、公園のような場所がある。ジョージは足早にそこへ駆け寄ってみた。

 公園には、砂場があった。そして、ラクダのフィギュアが置いてあり、まるで異国の砂漠のような風情だ。でもそのラクダも、見たことがあった。まーくんが小さな頃、ジョージと公園へ遊びにいき、持っていったおもちゃだ。帰る頃、なぜか見当たらなくて、まーくんは泣きながら家に帰った。あの時のオモチャ。


 「どうしてここに・・・・」

 ジョージがふれようとすると、ラクダは身をよじってそれを避けた。

 「急になんなんだ!!!!失礼な!!!!」

 ラクダはジョージを睨みつける。

 「しゃべった!!!!!」

 目を丸くしてジョージはラクダをよく観察することにした。フィギュアのラクダは、かつてまーくんのところにいたときも、ジョージと会話をしたことがなかったのだ。話さないのではなく、話せないのだと思っていた。だって、声をかけても、反応すらしなかったし、なにより、話のできるマネキンや人形と違って、相手から流れ込んでくる感情の波のようなものがなかったから。まーくんの使っていたえんぴつやケシゴムと同じで、そこにあるだけのものなのだと思っていた。

 ・・それとも、あのときのラクダのフィギュアではないのだろうか。まーくんの持っていたラクダには、ほんのりチョコレートの匂いがした。卵型のチョコレートをまーくんがかじると、その中に小さなカプセルがあって、そこに袋入りで入っていたラクダには、包んでいたチョコレートの匂いがついていた。

 ジョージはラクダに近づき、匂いをかいだ。チョコレートの匂い。

 「おい!!おまえなんなんださっきから!いきなり触ろうとしたり、匂いをかいだり!変態なのか!!!」

 顔を真っ赤にして怒っている。プンプンと擬音語まで目に見えそうだ。ジョージはちょっと焦った。どうもすごく失礼なことをしたらしい。

「ご!ごめんなさい!!!知ってる人かと思って・・・・!」

 頭をさげてごめんなさいという。いたずらをしてお母さんに怒られたとき、確かまーくんはこんなふうにしていたはずだ。

 何度も何度もそうやっていたら、ラクダは釣り上げていた目尻を下げた。


 「そういえば、おまえどっかで見たことあるな。ジョ・・・ジョ・・・」

 「ジョージ。親友がぼくにそうつけてくれました」


 まじまじとジョージを観察したあと、ラクダは一瞬目を丸くしたあと、破顔した。

 「ああ!まーくんとこにいたときの、あいつだな!そう、ジョージっていう名前のテディベア!!!懐かしいな!砂に埋もれて以来だ!!!」

 「砂に埋もれて・・・?」

 ジョージは首を傾げて考える。なんのことだろう。

 「公園でまー君と遊んだろ。あのとき、ネコがきてな。どうも体が痒かったんじゃねえかなあ、砂に身体を押し付けて、毛づくろいしだしてな。そしたら、オレの上のほうにあった砂が落ちてきて、オレの上に被さってきた。埋もれちまったオレは声を限りに叫んだが、もともとオレの声はおまえやまーくんには聞こえなかったもんなあ。」

 そうか、それで探してたのに、見つからなかったんだ。まーくんは小さかったし、砂の上しか探してなかったから。やっと謎が解けた気分になって、ジョージは頷いた。

 「ぼくの声がまーくんに聞こえてなかったみたいに、君の声もぼくとまーくんには聞こえてなかったんだね・・・ごめんね、探してあげられなくて。」

 もう一度頭をさげようとするジョージを、ラクダは前足を上げて制した。

 「いいさ。オレは今、それなりに幸せだから」


 ラクダに微笑んで、そしてもう一度、あたりを見回す。やっぱり、ここは町のようだ。そして、この街の全てに見覚えが有る。建物はかつてまーくんと行った場所だったり、まーくんの持っていたおもちゃでできている。

 いったい、ここは・・・


 「ここはどこなんだろう?」

 思っていたことをラクダに言われ、ジョージは目を丸くしてラクダの顔を見た。

 「・・・そんな顔してるな。 オレもここに初めてきた時に、そう思った。」

 昔を懐かしむように、ラクダは少し遠くを見ながら続けた。

 「よくわからないんだ、オレも。砂の中は真っ暗でな。ずっとまーくんを呼んでたんだ。怖かったからな。寂しかったし。ずいぶん長い間、そうしてた。もう二度と誰にも会えないのかと思ったら怖くてどうにかなりそうだった。誰かに会いたいと思ってたら急に強い光がさしこんできたんだ。気づいたらこの町にいた。」

 ジョージと同じだ。これはどういうことだろう。

 「知ってるか?ここにはまーくんのオモチャがいっぱいいる。そして全てのオモチャが話ができるんだ。この公園のように、もともとオモチャじゃなかったものはしゃべらない。みんな、何らかの理由でまーくんとはぐれたヤツばっかりさ。」

 「どういうことなんだろう・・・・」

 ジョージはあたりを見回しながら言う。そういえば、屋根の上で毛づくろいしている鳥も、線路沿いを走っている小さな車も、全部見たことのあるオモチャばっかりだった。

 (ぼくも、まーくんとはぐれてしまったんだろうか・・・・)


 「たぶん、ここは、まーくんの記憶の中なんじゃないかな。現実の世界だったら、オレとお前は話ができないはずだろう?お前と会えて、はっきり分かったよ。

ここは、現実の世界じゃない。でも、なんでここに飛ばされてきたんだ?オレも、お前も。他のヤツに話を聞いてみるといい。オレもそうなんだが、ここにいるオモチャがここに来たのは、どうも最近のことのようだ。」

 「まさか・・・」

 「でも、そうとしか考えられんだろう。オレが話を聞いた中で、一番の古参は・・・ホラ、あそこにいる。ライオンだ。」

 ラクダが首を突き出して見るように仕向けた先には、ライオンがのそりのそりと歩いている。動物園で見たライオンとよく似ている。あれは・・・

 「まーくんが、お父さんに動物園で買ってもらった、ゴムの置物の・・・」

 「名前はキング、っていうらしい。顔は怖いが優しいヤツだ。ヤツに話を聞いてみたらどうだ。オレは今からちょっと約束があるんでな。夜には砂場に戻る。どうも落ち着くもんでね・・・・」

 前足を「バイバイ」するように振ると、ラクダはスキップをするように軽やかなステップで道の向こうへ駆けていった。

 ジョージは逡巡した。ライオンが向こうから怖い顔で近づいてくる。

「・・・・・・・こわい。」

 でも、ここがどこなのか、自分は知らなければいけない。そう思った。

(まーくんのいる場所へ、ぼくは戻らなければいけないんだ。)


意を決して、ジョージはライオンの方へと足を進めた。

 

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