空っぽ。
ぼくの知っているまーくんは、いなくなった。
まーくんはずっと部屋にいる。お母さんやお父さんが寝静まったころ、食べるものを取りにいく以外、ずっと部屋にいる。
大抵、本を開いて読んでいるのだけれど、その中で描かれる魔法使いの話の中にも、恋のお話の中にも、ミステリアスな推理小説の中にも、まーくんは多分いないのだろう。
子供の頃のまーくんは、周りのすべてに素直に反応した。だから、ドキドキするシーンでは、文字をおう視線の動きが早くなったり、本の中へそのまま落っこちちゃうんじゃないかと思うくらい本の近くまで顔を引き寄せたりしていた。
主人公が悲しいシーンでは涙し、ハッピーエンディングににこにこしていた。
(これは、だれ・・・?)
文字を目で追うことなく、ただ紙を見つめて。
何も見ず、何も感じていないように見えるのだ、たとえば、マネキンのように。
でも違う。
人間には分からないかもしれないけど、意地悪なマネキンも、惚れっぽくて失恋を繰り返すマネキンもいたし、ぬいぐるみが大好きなマネキンもいた。そのどれもが、カラッポに見える容器の中に、生き生きとした心を持っていて、その心の波がある。
まーくんに心の波が無くなったわけではないんだろうと思う。なんというか、まるでカーテン一枚に隔てられて向こう側が見えないように、ぼんやりとしているのだ。
鳥、という生き物は丸い容器に守られ、それを破って出てくるのだとかつてまーくんが図鑑を見せて教えてくれた。
その逆で、まーくんは容器の中に戻ってしまったのではないかしら。まーくんが何かを悲しみ、疲れ果ててしまったことくらいはぼくにも分かるんだ。
お父さんの優しさを拒み、お母さんの心配を突っぱねて、まーくんは何もかも拒んで、傷つかない丸い容器の中で膝を抱えて丸くなってる。
(どうしたら、ぼくもあちら側にいけるんだろう・・・・・連れ戻さなくちゃ、まーくんを。)
(誰か・・・おねがい、ぼくに、まーくんを助ける力をください!!)
何回祈っただろう。窓の閉じた部屋で、カーテンが揺れた。
揺れるカーテンの隙間から、闇と光が見えた。
晴れた夜空に、澄んだ月が浮かんでた。
昔見た、あの月のように。
(自分がひとりきりなのが寂しかったんじゃない。ぼくがいないと、まーくんが泣くから。まーくんが悲しいのが嫌だったんだ。)
一際光が強くなると、ぼくは何だか眠くなってきてしまった。