嵐の中で
(―ねえ、まーくん。)
聞こえないとは分かっていながら、ぼくはまーくんに呼びかける。視線があうこともなくなって、いったいもう、どれくらいたったのか、分からない。最初のうちは半年に一度くらいはお母さんがホコリをはたいてくれていたけれど、今は、ボクの頭や肩には、雪のようにほこりが積もっている。
でもぼくはそんなこと、どうでもいいんだ。
まーくんの顔から笑顔が消えた。自分の部屋へ戻ると、まるで電池が切れた玩具のように、表情が消える。ドアを閉めると、フラリと勉強机に寄って、力なく椅子に身体を凭れかける。
(ーどうしたの?まーくん。なにかあったの?)
まーくんが幼い頃は、いつも一緒にいて、言葉なんかなくても、ぼくの気持ちが伝わっているような気がしてた。だから言葉が通じないことを不便だなんて思わなかった。
それが今は、こんなにもどかしい。
まーくんは自分の部屋では何も話さない。独り言すら、言わなくなった。
お母さんが言っていた、「大人になる」ってそういうことなんだろうかって、思ってた。けど、違う。
こんなのはまーくんじゃない。
まーくんはしばらく机の横にある学校のバックを眺めていた。そして、しばらくの後、ゆらりとバックに手を伸ばし、中からボロボロの布のようなものを出した。それをベッドの下に押し込みながら、泣いていた。
声も出さずに泣いていたんだ。
引き裂かれるような悲しみで、ぼくはどうしたらいいか分からなかった。どうしてぼくは、まーくんに何もしてあげられないんだろう。
まーくんが何かを苦しんでいることも、近くにいたぼくだからこそ、痛いほどわかるのに。
どうして、ぼくは言葉を話せないんだろう。
どうして、ぼくは自分で動いて、まーくんを抱きしめてあげられないんだろう
(どうして、ぼくは まーくんと違うんだろう・・・・)
日に日に、まーくんがベッドの下へ押し込むものが増えてきた。
部屋から出る前、笑顔を作って出て行っていたまーくんから、表情が消えた。
明かりの消えたあとの遊園地みたいに、寂しくて、悲しかった。