こんなのってない!
ぼくがこの世界でできるのはなんだろう?
最近はずっとそのことについて考えている。
もとの世界に帰る事ができないなら、この世界で生きるしかない。
だけど今までだって特にやりたいことがあったわけじゃない。
ただ漠然と毎日を過ごしていただけだ。
それなのに急に知らない世界につれて来られて、どうすればいいって言うんだ?
フェクトゥスが招いたアルトヒューゲルの城でこの世界について学びながらもいずれはひとり立ちしなければならないのだと考えると不安を抑える事ができない。
両親も知り合いもいないこの世界で生きていけるのか分からない。
それにしても……この扱いはどうにかならないのだろうか。
この世界の人間はみんな背が高い。
もとの世界では平均より少しだけ低いだけだったぼくの身長は、ここでは子どもの背丈とほとんど変わらない。
だけど小さな子どものように扱われるのには、男のプライドが許さないっていうか、抵抗がある。
それに、もともと僕には背が低いことにコンプレックスがある。
だからぼくよりも背の低いセイラがイヴァンにまで馬鹿にされる始末なのに、彼女はまるでそんなこと気にならないかのような態度を取るのが許せない。
「君は自分より小さな子に同等扱いされてよく平気でいられるね」
そんなぼくはストレスとイライラが募って、思わずセイラにそう言ってしまった。
完全な八つ当たりだとは自覚していたけれど止められなかった。
だけどセイラは何でもないみたいに言った。
「イヴァンには親がいないから自分の力でお金を稼ぐしかない。小さな頃から働いているから、一人で生きてく能力なら彼の方が上だよ。年なんか関係ない」
それを聞いてぼくははっとした。
なんだかんだといっても、今現在お金を稼がなくても生きていける時点でぼくはまだ守られていたのだと気づいたから。
ぼくがこの世界に来てしまったことについて、アルトヒューゲルの人たちには何の責任もない。
本当なら放り出されても文句は言えない立場なのに、こうして面倒を見てもらっている。
子どもだと思っていたイヴァンから見たらそれは、さぞ面白くないことだろう。
なぜなら、ぼくはもう一人で生きていかねばならない大人なのに、領主の世話になっているのだから。
「できるだけ早く僕も働かなくちゃ」
だけどそう言うと、また何か言いたげにセイラは微笑んだ。
「その前にケイは、この世界のことを知ったほうがいいよ。日本とは違って……差別の厳しいところだから」
「そうかな?」
そのときには、セイラの言葉の意味を深く考えたりなんかしなかった。
この国に最初に来た時、皇太子と近衛隊、そして身分のない自分たちの扱いですでに差別を経験した気になっていたから。
でもセイラが言いたかったのはそんなことじゃなかったと気づいたのは、それからいくらも経たない日だった。
そのころ、この国についての知識をある程度学んだぼくは、自分ではすっかり働く準備が整ったと思っていた。
だから、少し緊張しながらも自信を持って、教えられた徴兵官室のドアをノックした。
「あの、僕魔法が使えます! だからここの兵として雇ってもらいたいんです」
ぼくの魔法の能力は、この領の魔法使いよりも高い。
何度か兵士たちが訓練しているのを見たから確かだ。
もしかしたらこの国では魔法を使えるものは少ないのかもしれない。
なにしろあの皇太子の近衛隊ですら、魔法を使えるのはサエリしかいなかったのだから。
辺境にあるこの領ならきっと大歓迎されるに違いない!
しかし……机に向かい書類になにやら書き込んでいた部屋の主は、ぼくを上から下までさっと見たあと言った。
「必要ない」
すげなく断られたけれど納得できるはずがない。
「何故です? 失礼ですけどここの隊の中に僕より優れた魔法使いがいるとは思えない!」
だけど徴兵官はそれに応える気はなさそうでため息をつくとペン先でドアを指し示した。
ああそうか、この部屋から出て行けっていうんだな。
ぼくはすっかり馬鹿にされた気分で怒りで顔を赤くし、部屋から出た。
そしてその足で軍の鍛錬場へと向かった。
こうなったら実力で入隊してやる!
鍛錬場のヤツらに魔法を見せれば、いくらなんでもぼくを採用せずにいられないはずだ。
そう思って勢い込んだぼくの目の前に現れたのは、背が高く筋肉質な男たちが剣を振るいつつ魔法を使って攻撃をする姿だった。
「あ……あの……」
圧倒されつつも、ちょうど通りかかった男に声をかけた。
「なんだチビ。ここはお前のようなやつが来るところじゃないぞ」
「あ、あのっ。僕は入隊希望なんです。魔法には自信があります!」
この世界に魔法があって、ぼくにそれが使えるなら、魔法の能力を生かした仕事に付きたい。
せっかく魔法の使えるファンタジーの世界にいるのに、魔法を使える能力があるのに、それを使わなくてどうする!
「必要ねぇ!」
だけど、ここでも同じように断られた。
一体何がいけないのかまるで分からない。
でも一度断られたくらいでは引き下がれない。
「どうして、なんでダメなんです? 魔法の実力を見てからでもいいでしょう」
ぼくがしつこく食い下がると男は言った。
「じゃあ教えてやる。その体だ。体の小せえやつに用はない。他の仕事を探すんだな」
「なぜです? 体の小ささなんか関係ないでしょう」
まただ。この国に来てからずっとそうだ。
日本にいたときは誰もそんなこと気にしなかったのに!
いや、僕は特別小さいわけじゃない。
普通の身長だったんだ。
この世界のヤツらが特別に大きいだけなんだ。
「関係あるから言ってるんだよ。誰にも言われなかったのか? 体の小せえヤツは体力もねえ。魔力だって器が小さければたかが知れてる。
うちの……いや、どこに行ったって軍じゃ雇わないんだよ!」
頭上から雷のような大声で怒鳴られ、さっきまでの熱が急速に冷めていくのを感じた。
だって。
だって、しょうがないじゃないか!
背なんて自分じゃどうしようもないことじゃないか。
それなのに、ただそれだけでダメだなんて……。
この時ぼくはやっと、セイラの言う差別の意味を知った気がする。
だけど、こんなのってない!
小さくつぶやきながら、力なく歩いた。
どこに行こうと思ったわけじゃない。
ただ、足の向くまま何も考えずに歩いた。
いつの間にか城を出て西門の近くまで来ていたみたいだ。あたりは暗くなっていた。
そろそろ帰らないと城の人達が心配するかもしれない。
だけど、今日は帰りたくない。
それに一晩くらいなら一人で宿に泊まれるくらいの金は持っているし。
そんなことを思いながらぼくは西通りの1軒の宿屋へと入っていった。
入った宿は思った以上に活気が無い。
人通りの少ない西側だからってのもあるだろうけれど、それだけが理由ではない気がする。
店の雰囲気だってなんだか暗くて、まるで通夜の日に来てしまったかのようだ。
それでいて女将と思われる女性からは切羽詰まったものを感じる。
「いらっしゃい」
とは言われたが、来てよかったのか?
不安を感じながらその宿屋のカウンターで足を止めた。