5、やっぱり告白しない
「ちょっと……早く歩いてくれる? あなたたちが遅いとみんなに迷惑がかかるのよ」
昨日、緑風の魔女の後継者だと認定されてから、マリンはまるでゴミでも見るような目を私たちに向けるようになった。
なんか、いやだな。
こんな風に嫌な方に変わっていく人間ばっかり見ているとやっぱりこの世界に心から信じることができる存在なんているんだろうかって思ってしまう。
歩き慣れない森の中、まして歩くようにはできてない凹凸の激しい地面なんだよ。
しかもこの世界の人間って体が大きいし。必死にがんばってもリーチが違うんだもん。
少しくらい遅れるのは当然って思うか、いっそのこと置いてってほしいな。
魔女によって身体を強化されたジュンだけはなんとか彼らについていけてるみたいだけれど、私とケイにこれはキツイ。
魔女に会うために森にとどまっていたカルムフレの近衛小隊は、魔女の死体を発見することによってこの森にいる理由がなくなったため、当初の目的だった皇太子領ウェールへと向かうことになった。
そこで、カルムフレに全権を任されている嫌なヤツ代表ユージンは、体が大きくて戦闘でも十分な力を発揮できるジュンを、自分のそばに引き抜いた。
で、小柄な私とケイは狼に襲われやすい危険の伴う最後尾。
ちなみにこの采配には、カルムフレは一切関わっておらずすべてユージンの独断。
カルムフレは人間の取捨選択や使いドコロ捨てドコロなんていうことには今までもこれからも一切関わることなく、生きていくんだと思う。
すべてを周りの者に任せたままで。
なぜって、それは彼が皇位継承者で、『慈悲の回復魔法』の所有者だから。
いつまでも純粋で優しい慈悲深い皇帝でいてもらうために、汚い采配なんて全部ユージンが引き受けている。
私がユニベシだったら、緑風の魔女の立場でひとこと言ってやるんだけれど……そう思いながらもそのまま私は小隊の列の一番後ろについた。
この世界では体格にめぐまれた者が人からの尊敬を受ける。
体が大きい、すなわち力が強く丈夫。
それがたとえそれが魔法使いだったとしても、体が大きいほうが内包する魔力の量が大きい……と見なされ、体格の優れた者が優遇される。
だからジュンが優遇され、私とケイが冷遇されたわけなんだけれど……昨日までの不満を一切口にすることなく、あっけなくユージンの元に下ったジュンにはあきれる。
まあ、小隊に兵士として加わることで今までとは違って身分も職も得ることになるんだから、無理もない話だけれど。
「何の力もないんだからせめて迷惑かけないでよね」
しつこく私たちを急き立てるマリンは、きっと私の存在が許せないんだと思う。
「そんなこと言わないでよ。セイラには魔女からもらった知識があるだろ?」
すぐ横でケイが庇ってくれるけれど、たしかに知識だけじゃ役立たずと思われても仕方ない。
「はん。それって役に立つの? あたしだってこの世界のことならもう、カルフに聞いて知ってるんだけど」
マリンがそうやって怒る理由だって分かる。
この世界は危険だ。
ここでは、当たり前のように人が死んでいく。
自分だっていつ死んでしまうかわからない。
だから、マリンは私たちを自分の身を守るための盾に使いたいんだと思う。
それなのに彼女には私がなんの力も持ってないように見えるのだもんね。
「でも……魔女にもらった知識だよ?」
「そんなの、誰のでも一緒だよ。何の役にも立たないんだから!」
ケイとマリンのヒートアップする言い争いを聞きつつため息をつく。
もともと、私になんの利用価値もないってことがこの口げんかの原因だけれど……。
「あんたみたいなのでも狼に殺されたら後味悪いから、町までは連れてってあげるわ。感謝なさい?」
そう捨てぜりふを残して列の先頭へ進むマリンを、当然のように見るこの小隊のヤツらだって彼女と思ってることはさほど変わらないんじゃないかしら。
ユニベシの後継者です! って告白する気が全くなくなった私はため息をつきつつ首を振った。
そしてその夜もまた、私とケイは小隊の野営とは少し離れた場所に座って休憩した。
「じゃ、寝るなよ! ちゃんと見張ってろ。油断すると魔狼に食われるからな」
ケイととともに火の番をさせられてる私は、威圧的な甲冑騎士の命令にうなづいた。
最初の晩に借りたテントだって、取り上げられたて野ざらしだ。
そんな私たちにヤツらは容赦なく夜の番をさせる。
そのため慣れない森を必死に歩いてついてってる私たちは夜もゆっくり眠れない。
だけど、本当はこの三角森では見張り番なんか必要ないんだ。
――魔狼が絶えず狙っている。
皇太子近衛小隊である彼らはそう言うけれど、魔狼は私を守っているのであって彼らを付け狙っているわけではない。
だってこの森の魔狼は例の闇色の獣、狼王アルファが率いていたんだから。
アルファは魔女の契約獣だったから、魔女がいる限り魔狼たちが手を出してくることはない。
むしろ、危険から守ってくれさえしている。
そして魔女とアルファが死んだ今、彼女に全てを託された私を魔狼が襲うはずがない。
だけどそのことを知ってる人間なんているわけがないから、近衛小隊の連中は魔狼に対して無駄な警戒をしているってわけで。
明日、小隊はこの三角森を抜け、彼らの本拠地である皇太子直轄領ウェールへたどり着く。
そこに行けば贅沢ができるとマリンは思っているようだが、待っているのは戦争だけである。
それにマリンやジュンはともかく、私とケイにはきっと今よりマシな待遇は期待できない。
ケイは多少魔法が使えるから大丈夫って思うかもしれないけれど、実はこの国では体が小さいだけですべてが終わってる。
それでもウェール領へ着いてしまえば、簡単には自由行動ができなくなるだろう。
だから逃げることができるとしたら今夜しか機会はないのだけれど……。
深夜、何も見えないほどの真っ暗闇の中を私はケイとともに魔狼の一団がいる方向に歩いていた。
魔狼たちと合流すれば、もう私たちを理不尽にこき使う人間なんて誰もいない。
だけど、脱走は簡単にはいかなかったようで……。
「あんたらがなにか企んでたのは分かってたんだよ」
暗闇の中から突然、ジュンを伴ったユージンが現れた。
その後ろでは甲冑騎士を連れたマリンが憎々しげに私たちに視線を向ける。
「何の力もないくせに、逃げる気? 力がなくったって魔女であるあたしの盾くらいにはなれるはずでしょ」
嫌なものを見るような目つきで私を睨む彼女の胸には、これみよがしに魔紋ネックレスがかかっていた。
マリン……私はいつ死んでもいいって思うこともあるけれど、あんたの盾になって死ぬのはイヤだよ。
だって魔女が、ユニベシがいつか私にも光を手に入れることができるって言うから……。
私はそれが本当なのか知りたいんだ。
なんて考えていると、マリンの周囲を風が渦巻く。
彼女の怒りに呼応して、魔力があふれているのだ。
といってもこんな風、邪魔なだけだから……ね。
――おさまれ!
魔力なんて使わなくても、この魔女の森で私の思い通りにならないことなんて実はすごく少ない。
この森がユニベシによって作られた森だから。
「ユージン、2人を連れてきて」
マリンの命令を受けて、彼は後ろに控える部下に目配せをする。
するとケイが私を庇うように一歩前に出た。
こういう事がすんなりできるケイは、勇気ある人だと思う。
うん、ちょっとカッコイイよ。
背が低いというだけで、この世界では評価されないわけだけど。
「抵抗するの?」
そんなケイの態度がまるで心外だとマリンが目を細めた。
彼女の苛立ちは増すけれど、それによってどんなに魔力が昂っても風はもうちっとも彼女の感情に流されない。
まあ、私が抑えているからなんだけれど、それに気づくほど優秀な人間はここには一人もいないみたい。
「あの、私はなんの力もない役立たずなので皇太子殿下の小隊にふさわしくないと思うんです。これ以上足手まといになりたくないので置いていってください!」
本当はちっともそんなことを思っていないのだけれど、深とした夜の闇の中、私はきっぱり宣言した。
分かりやすく、彼らに切り捨てられる格好で出て行きたかったから。
本当は見つからなかったらこっそり出て行く気だったのだけれど、もともとそれは無理そうだって思っていたから。
「マリン、ぼくはもう君にはついていけないよ」
私に続いてケイが言った。
「なんで? もしかして私を置いて逃げるの?」
「何言ってるんだよ。君にはこの世界で仲間がいるじゃないか。でもぼくはこんなところイヤなんだ」
「そんなのっ。ひどいよ。いとこでしょ? ケイ……」
マリンは心細気な声を出した。
普段強気な彼女のそんな声を聞いて、ケイはこっちを振り返った。
――表情がとてもつらそうだ。
やっぱりそうだよね。
いくら同情から私と一緒に行動しようとしてくれてても、やっぱり昔からの仲間は捨てきれないよ。
だからマリンに付いて行きたければ、それでも私は構わない。
私とマリンの間で板挟み状態、みたいなシチュエーションに浸らせる気は私にはないし。
マリンと一緒にいけば、今よりマシな生活ができる、かも知れない。
たとえ体格は小さくても、いとこである彼だけなら。
血は水よりも濃いって言うから。
それに……彼らはこの世界で生きていけるだけの力を既にユニベシから与えられている。
たとえケイが体の大きさから差別を受けたとしても、それでもこの国の一般的な人間よりいい生活ができるはずだ。
明日には皇太子のウェール領に着くし、きっと贅沢だってできる。
だから、板挟みの自分はどっちを選べばいいか悩んで辛い、みたいな顔しなくてもいいのに。
だって私は一人のほうがやっていける。
それなのに、「私は一人でも大丈夫」 と今まさにそう言おうとして横から出てきた男に遮られた。
「すみませ~ん。俺も彼女たちと抜けますわ」
「……え?」
たぶん、近衛小隊の甲冑騎士の一人だ。
と言ってもその男は今は甲冑を着込んでいないから自信はないけれど、ここで出てくるんだから小隊の人間に違いない。
ただ、その頬が何かを含んだようにふくれている。
「な、なんだと?! フェクトゥス血迷ったか。アルトヒューゲルは皇太子派だろうが。貴様、皇兄派に寝返るのか!」
ユージンは彼の言葉を聞いて、烈火のごとく怒りだした。
「は? 皇兄とか関係ないし。ただ、もう飴ちゃんがなくなってしまいまして。帰って調達しないと生きていけません」
「飴……飴だと? そんなもののために隊を抜けるなど許されるわけないだろう」
ああ、飴かあ。
言われてみて気がついた。
あの頬の膨らみは、たしかに飴だ!
そういえば、初日に私たちにテントを貸してくれた騎士も飴をくれたんだっけ。
もしかして同一人物……?
クソ真面目な顔で飴をとりに帰るという男に、ユージンは顔を真赤にさせて叫ぶがフェクトゥスはどこ吹く風と受け流す。
「許されるも何も……俺はもう隊を抜けました。さっき殿下に辞表も出してきたし」
「俺は認めん! さっさと与えられた場所にもどれ!」
ユージンは身体を震わせながら、大剣幕で命令をした。
しかしそれに気圧されることなく次の瞬間、フェクトゥスは楽しそうに声を立てて笑った。
「やだユージン。隊の中では君のほうが上だから従ってきたけど、隊を抜けた今の僕は……君ごときでは命令できない高い身分なんだよ?」
「な、そんなの関係あるか!」
「ええー。身分なんて関係ないって言っちゃうんだ~」
「ぐっ。そうは、言ってない……。ええーい! もういい。お前たちみたいな役に立たないくずはさっさとどこにでも行ってしまえ!!」
ユージンは顔を真赤にして忌々しげに怒鳴りつけると、あぜんとするマリンの手を引き、自分たちのテントへと戻って行った。
なんか知らないけれど……私たちは忘れられた?
「よかったねぇ。これでみんな一緒に抜けられるよ」
どこか飄々として真意をつかめない彼、フェクトゥスは意味ありげにヘラりと笑った。
「あー、まぁこれでよかったのかな」
毒気を抜かれたように目をしばたたかせケイも言った。
「そうそう、あんな女の声に騙されて残ったっていいことないよ? 命かけるならもっと信用できる上司じゃないとね!」
「それはそうだけど……ケイは彼女のところに残ったほうが良かったんじゃない?」
ファクトゥスの出現で一方的にあちらから切られる形になってしまったけれど、これでよかったんだろうか。
だって私はこのまま彼と一緒に森を抜けたとしても、これからもずっと一緒にいるつもりなんてない。
「いや、こっちで正解だったと思う。彼の言うとおり。同情心なんかで彼女について行ってもきっと僕はすぐ露頭にまようことになる」
吹っ切れた顔でケイはいうけれど、彼ともきっとすぐに別れが訪れるだろう。
「という訳でおじょーちゃんたち、俺のところに来ない?」
そんな私の考えなんて吹き飛ばすくらいの満面の笑顔で、フェクトゥスは最初からそのつもりだったみたいにそう言った。
見た目30代の無精髭が生えた冴えないお兄さん。
だけど、本当の彼は頭が切れる食えない人間だ。
だってきっともう私のことにうすうす気づいているみたいだもの。
「アルトヒューゲルなら……私達を歓迎してくれますか?」
きっと気づいて誘ったに違いない。
私は彼の、そして彼の家の裏の家業を思い、問いかけた。
「もちろん!」
彼はそんな私にまかせておけと親指をつきだした。