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4、魔女との約束


この国、ソシュヴァール帝国は今から1ヶ月とちょっと前までカルブライトという名の皇帝の元でうまくやっていた。

だけど、皇帝は地方に視察に出かけて供の者と一緒に暗殺された。

混乱の中、次の皇位に就いたのは弟を失って悲しむ兄のジルブライト。

皇位継承権の1位をもつのは皇太子であるカルムフレだったけれど、軍務大臣として軍部を掌握していた彼に逆らえる者はいなかった。

そんな中で持ち上がったのが、ジルブライトによる故皇帝カルブライト暗殺の疑惑。

さらに、皇太子カルムフレまでも暗殺をされかかる。

犯人は誰とは分からなかったけれど、このままではジルブライトに殺されるとカルムフレの側近たちは思った。

逆にジルブライトは、それこそがカルムフレの自作自演で、カルブライト暗殺の首謀者はカルムフレではないかと疑った。


そうしてジルブライトとカルムフレは仲違いして、ユージンとサエリはカルムフレを守るために数少ない味方である皇太子近衛隊を連れて王城を出た。

彼らはいったん皇太子直轄領へと行き、味方を増やしてから皇位簒奪者ジルブライトを討とうと思ったのである。

そしてその途中で思い出した。

三角森に住む魔女の存在を。

三角森に住む魔女――緑風の魔女――は初代皇帝が国を建てるとき助力した人物だ。

そして、初代皇帝は亡くなるとき彼女に頼んだ。


この国の平和と皇家の安寧を。


魔女は人間よりもはるかに長命だったから。

そんな、魔女と初代皇帝のやりとりが伝説になるくらいの時を経て今、簒奪者ジルブライトによって皇家の人間であるカルムフレは命を狙われている。

ならば魔女が助けてくれるに違いない。

彼らはそう思ったから、この森へとやって来たのだった。


カルムフレを守る近衛隊は、貴族の子息で構成されている。

だからというわけではないが、武力において全く頼りにならない。

巷ではお飾りなんて呼ばれていたりする。

そんなハリボテの騎士たちしかいない近衛隊ではカルムフレを守ることはできない。

魔女を味方につけるということはもはや、カルムフレが勝つための絶対的な条件のように思えていた。

げんに、彼らは今回の狼との戦闘が戦いとしては初めてで、非常に頼りない無残な結果を残してる。

と、ここまで話したところでジュンがため息混じりに言った。


「じゃあ、あいつら全員お貴族様とかいうやつかよ」

「うん。ちなみに私たちのことはマリンが名前だけ教えたからファミリーネームなしの平民だと思われてる。この国の名前は基本、ファミリーネームがあるのは家が大事な貴族だけ。町人はだいたい職業が大事だから鍛冶屋のスミスとか、宿屋のトムとかそんな感じっぽい」


ついでにマリンは赤の女王と名乗っていたから、そういう身分だと思われているみたいだけど。

全く同じ制服を着ている私たちとマリンの身分が違うと思ったのは、アイツらの都合のいい勘違い。


「まあ、訂正する気も起こらんがな」


呆れた様子のジュンにケイもうなずく。


昼食後そんな話をしていた私たちは、甲冑の騎士たちが騒いでいるのに気がついた。

あまりに騒いでいるものだから、気になって私たちもその場所へ向かう。

すると、そこには件の元凶である魔女がいた。魔女がいた! 魔女がいたんだよ!


――なんだ、みつかっちゃったのか。


魔女は魔法陣の真ん中でとうに朽ち果てていた。

まあ、そろそろ見つかるだろうなとは思っていたけれどこんなに無残な格好で死体を晒さなくてもいいじゃないか。

まるで、術の完成と同時に逝きましたみたいな。

確かに昨夜会った時は既に虫の息だったけど。

そう思いつつも遠巻きに魔女を見ている騎士の群れに近づいていく。


この世界に来たのは彼女のせいで、その彼女が亡くなってしまったから還ることはできなくて。


「ごめんねえ。ごめんねえ」


もうほとんど動けないだろうに、そう言いながら私にすべてを託した彼女。

それから、巻き込まれた人がこの世界で生きていけるようにと何かの魔術を発動させてた。

そんな姿を思い出しながら、私は彼女の死体を眺めた。



そんなに守りたいものがあるんだったら、自分で守ればいいのに。

私の命でも体でも奪って生きればいいのに。

私には大切なモノが何もないから、こんな存在でも役に立つのならいくらでもあげるのに。

それなのに、生きることが苦痛で歯を食いしばってもいいことなくて、楽になりたいなんて思っている私に!

よりによってそんな私に!

願いを全て託して、永遠にも思える長命な魔女の力を遷して!


「お前が守りたいと、大切だと思えば、必ずそれは答えてくれる。今は気が付かないのだとしても、必ずお前は光のなかで笑っている自分を手に入れられるから」


そんな言葉を残して!


――嘘だったら赦さないんだから。


勝手に全てを押し付けた魔女は、勝手に一人で寂しく死んでいった。いや、近くには彼女の契約獣であるあの闇色の狼が一緒に死んでいた。

彼女はもう生きてないと、そう思っていたけれどこんな状態で発見されるなんて。


――本当、見つかるの早かったなあ。


魔女は死ぬとき、必ず後継者に自分の力を託さなければならない。さもなければ、この世界が壊れてしまうから。

彼女が押し付けた知識で私はそれを識っているけれど、魔女の死体の横で立ち尽くしているカルムフレとユージン、それにサエリは知っているのかな?

彼らは魔女に会うために危険を犯してこの森に来たわけだから、ある程度の魔女に対する知識はあると思うんだけれどどうだろう。

もし知っているならば、気づくはず。


「これは……」


サエリが魔法陣に書かれた記号を見てつぶやいた。


「知っているの?」


カルムフレが興味深げにたずねた。


「魔女はその命が尽きるとき、自らの力をこの陣を通して後継者に譲るといいます。おそらく……魔女が彼女たちを呼び寄せたのはそのためでしょう」


サエリは説明の合間にチラリと私たち4人に目をやった。


「なるほど。じゃあ彼女たちは後継者なんだね?」

「いえ。魔女の後継者は1人だけです」


サエリの説明を聞いてカルムフレは首を傾げた。


「それは誰なのかな?」

「申し訳ございません。わたくしには判りかねます」


気づいていたならば、この4人の中に魔女のすべてを受け継いだ後継者がいるってことに思い当たるだろう。

だけど魔女の後継者だって証明するものなんて何もない、と言われている。

ただその首には魔紋が彫られたメダリオンのネックレスが輝き、それが魔女がたしかに魔女であるということを証明しているらしい、ということになっている。

そして……亡くなったユニベシの首にはまだそれがあるわけで、すべてを受け継いだ私は断固としてそれをもらわなかったわけで。


だからこの人たちにはお探しの魔女が私だなんて、たぶん分からないはずだ。

私は服の上から、左胸――心臓のちょっと上――に手をやった。

ねえ、魔女、ユニベシ。

私が彼らのことを大事に思って守れば、私は光を手に入れられるのかな?


緊張しながら一歩前に踏み出す。

なんて言えば、有利に交渉できるかしら?

本当は正直に全てを話せばいいのだろうけれど、今まで人を信じる怖さをたっぷりと思い知らされた私にはそれができない。

気を落ち着けてできるだけ自分に有利になるように交渉しなくっちゃ。

本当はこんな傲慢で嫌みなヤツら、ちっとも助けたくないってのが本音だけれど……。

けれど、見てみたいの。

心から信じられる気のおけない仲間たちの光の輪の中で笑う私の姿を。


私はユニベシにもう一度だけ視線を向けると意を決して口を開いた。開いたんだけれど。


「しかしこの森に住む魔女は緑風の魔女と呼ばれていましたので……」


わからないと言いつつもサエリのセリフは続いていた。

そしてすでに答えは出ているとでも言うように、意味ありげにマリンに目を向けた。


「そうか、風か。マリンの力も風だったね」


サエリの言葉の意味を悟ったカルムフレは、隣で自分の腕に抱きついている彼女に視線を合わせ、正解は既に自分の腕の中にいたとでも言うように満足そうに頷いた。


あー、私だったんだけど、ね。

ねぇ? この場合どうしたらいいのかな。

行き場をなくした私は、ユニベシの首から外された例の魔紋ネックレスがマリンの首にかけられるのをじっと眺めていた。




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