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2、闇色の獣と魔法


その夜、私は誰かの呼ぶ声で目が覚めた。あ、いや……夢だったかも?

大きくて優しくて、そして懐かしい。

なんか、まだ小さなころの、父と母がいてこの世に怖いものなんて何もなかった頃のような……。

そんな温かい空気を運ぶような、不思議な声。


思い出すと、急に外の空気が吸いたくなって私は風が入ってこない暑苦しいテントから外に出た。

このテントは、ちゃんと休まないと体がツライだろうからって、甲冑男の1人が飴と一緒に貸してくれたものだ。

「おい、どうした?」

夜の見張りをしていた甲冑の男が私を見て声をかけた。

ほんと、みんな甲冑だから誰が誰やら分かんないわ。


「ちょっと……」

「まあいい。はやくやって帰ってこいよ。暗がりは見えにくいからな」

言葉を濁したら見張りは勝手に、トイレにでもいくと勘違いしてくれたみたいだから、そのままみんなの眠る場所を離れた。


しばらく歩くと川があった。

魔狼がいる森だというのにそんな危険な気配はなくて、川にはホタルがいるのか淡い光がいくつも浮かんでいた。

「きれい……」

川岸に近づくと、冷たい水の中に手を入れてみる。

パシャン。

岸の向こうで水の跳ねる音が聞こえた。


魚? それとも、もしかして魔狼? 

私は立ち上がった。どうしよう。何も持ってないのに。

ちょっと後ずさるけれど、水を跳ねる足音がどんどん近づいてくるから、もしかしたら魔狼かもしれない。

いつの間にか蛍はいなくなり、あたりは光のない暗闇になっていた。

暗すぎて何がいるのかまるで分からないし姿は見えない。


そして、とうとうすぐ近くまで足音がやってきた。

だけどいまだ姿は見えない。

この時、不思議なんだけど、なぜか私にはその足音の主が危険な存在だとは思えなかった。

だから、目を凝らして上を見上げた。

そうして……びっくりして息を飲んだ。

音の主は大きすぎて、全体像が見えなかったのだ! 


それは、視界すべてを埋め尽くすほどの大きな闇色の獣だった。

「……すごい!」

その大きな獣に気づいたとたん、足が震えて立っていられなくなった。

そのまま尻餅をついてしまった。

だって、だって……大きいけれど、すごくカッコイイ美犬だったのだから!


闇色の獣は私に近づき顔をよせた。

鼻息が頬にかかった。

「よーしよし、君は怖くないんだね。私を守ってくれる友だちなんだ」


***



「ん……。体が痛い。なんだっけ?」

朝というか、もう昼に近いかもしれない。

硬い地面に直接眠っていたので体中が痛い。

寝ぼけたまま周囲を窺うけれど、誰もいないし昨日の大きな獣の気配もない。

ざーんねん。


それにしても、もうお昼だというのに誰も気づいて探してくれようと思わなかったのだろうか。

「まあ、いいけどね」

声を出すと、昨日の野営地に向かって足を進める。

しばらくここにいると言っていたから、きっとみんなそこにいるだろう。

だけど近づくにつれて濃くなる血の匂いに、私は無意識に足を止めた。

そういえば、ここは魔狼が住む危険な森だから一緒に戦えってサエリが言っていたよね。


「あら無事なの! 朝起きたらあんたはいないし、探しに行こうとしたら狼が襲ってくるしで、こっちは大変だったのよ!」

このままみんなのいるほうへ進むか躊躇していると、少し怒ったマリンが生い茂った木の間から出てきた。

そして、後ろを振り返ることなく身を伏せると彼女の上を狼がジャンプして通り過ぎる。その狼を狙うようにマリンは弓を引く仕草をする。

「ウイングアロー!」

同時にマリンの手元から風をまとった矢のようなものが飛び出し、狼に命中した。

「よし!」

マリンは自分が仕留めた狼を満足そうに見下ろすと、今度こそ近づいてきた。


「それって……もしかして魔法? 本当に」

「そ。朝起きたら、なんとなく使えるようになってたのよ。今度から私のことを風の魔法使いと呼びなさい、ナンテネ」

自慢気にそう言うと、マリンは周りを見ながら「こっちよ」 と、手招きした。

みんなのところに連れて行ってくれようとしているらしい。

「セイラも何か魔法とか使えないの?」

周囲に気を配りながら聞かれたが、首を振った。

「さぁ……」


「じゃあ、もしかしたら体のほうが強くなってるかもね。ジュンは腕力が強化されて、あの剣を振り回してるのよ。それが結構サマになってて、カルフたちもびっくりしてたわ」

「カルフ?」

「あの王子様よ。カルムフレって長いし言いにくいから、カルフ」

「そう……」

聞きながら周囲に目をやったちょうどその場で、甲冑の騎士が狼に喉元を食い破られるのが見えた。――グロい。

慌てて目をそらすと、カルムフレとユージンがこっちに走ってくるのが見えた。


「いきなり走りだすから心配したよ。大丈夫だった? マリン、とセイラだったっけ?」

カルムフレはそのまま、マリンを抱きしめると頭をなでる。

どうやら異界の女性は皇太子さまのお眼鏡にかなったようだ。

マリンは私に比べるとだいぶん背が高いけれど、カルムフレと並ぶとちょうどいい高さ。

えぇーっと……知らない間にずいぶん親密度が上がったようで。

なんとなく2人から目を逸らすと、あちらこちらで苦戦している騎士の姿が見える。

その人数は昨日よりもだいぶん減っている気がする。

朝から狼が襲ってきたっていうし、アレに殺られて命を落とした人が何人もいるのだろう。

ああー、やだやだ。全然知らない他人とはいえ、人が死んでいくのは見たくないよね。


それに、そろそろいいんじゃないかな。時間稼ぎはもう必要なくなったわけだし。

なんて思っていると、それに応えるかのように魔狼たちは昨日と同じようにどこかに消えていった。





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