君とベットの中で
「なんか、悪いね」
慶太は呟くように言った。
本当に悪いと思っているならもっと声を大きくして言えばいいのにな、とそう思いながらそれを口にしないのは、わたしの優しさだったりする。
ブレーキから足を離してアクセルを踏んだ。わたしの家の車の軽と違って、慶太の車はスポーツカーなので、ちよっとアクセルを踏んだだけですごくスピードが出る。それは最初に聞いていたのでゆっくりと踏んだ。なので、ノロノロと音が聞こえてきそうなくらいゆっくりの発車となった。
「もう少し速くても大丈夫だよ」
そうしたいが他人の車となると慣れるまでスピードを出すのが怖い。さらに夜も遅い時間なので辺りは暗いので余計に怖く感じる。
ようやく慶太の車にも慣れて、スピードにも慣れてきはじめたころに、慶太は話しかけてきた。
「五年振りだね」
「もうそんなになるの?」
慶太はため息にも似た吐息と一緒にうん、と呟いた。そして、タバコをポケットから取り出して火をつけた。
五年前、まだわたし達は恋人だった。過去形だ。別れた理由ならたくさんあるはずだが、簡単に言ってしまえば遠距離恋愛に耐えられなくなって、になるはずだ。
現在二七歳になるわたし達はもうすでに別々の生活にも慣れすぎていて、お互いのことなんてすっかり忘れていた頃、小学校の同窓会でばったりと再会したのだ。
「付き合い始めたのはいつだっけ?」
右折するために車線変更してから聞いた。
「小学校の卒業式の日にオレが告白したから、十年ぐらい付き合ってたね」
十年か。別れてからの期間より、まだ付き合ってたときの期間のほうが長いのがなんか変な感じではある。
わたしは、就職するために地元を離れて都会に行った。十年付き合っていたのだ。簡単に別れるはずがない、とたかをくくっていた矢先に慶太のほうから別れを告げてきた。遠距離の期間はたった三ヶ月での話だ。十年、付き合った時間は三ヶ月の距離には勝てなかった。
「そういえば、慶太は相変わらずだね」
タバコの煙を吐いた慶太は、眉間にシワを寄せて、なにが、と聞いた。
「後先考えてないところ」
曲がるためにスピードを落とした。慣れない車でスピードを出しすぎて曲がるのはちょっと怖い。
「今日だって、お酒を飲むなら車で来なければ良かったのに」
わたしは、軽く笑ってから慶太のほうを向いて、でしょ? と言った。
慶太は、むっ、とした顔になって「だったら沙希も変わってないところあるじゃん」と言った。
直線なのでわたしはどんどんスピードをあげる。
「オレのことをよく分かってるところ」
なにそれ、とわたしは呆れた顔でわたしは笑った。
わたしは最初から慶太のことをよくわかっていなかったのかもしれない。だから慶太を置いて都会に行ってしまったんだよ、と心の中で呟いた。
「意外だったな。わたしより先に慶太が結婚するなんて」
「別にいいじゃん」
別にいいけど、なんか意外だった。慶太は自分勝手すぎてわたし以外の女の子と付き合うのは無理だと決めつけていた。それとも、わたし以外の女の子と付き合っている姿を想像できなかっただけだろうか。
もうすぐ、慶太の家に着く。慶太を家に送り届けたあとは、歩いて実家までに帰ることになる。
「これは、一人言だから聞き流してくれていいけど」
灰皿にタバコを押し付けながら慶太は言った。
「今日、奥さんと子どもは実家に帰っていて家でオレ一人なんだよ」
なにそれ、どういう意味なのだろうか。
「ちなみに明日も仕事が休みなわけで」
別に期待してわけじゃない。いや、期待していない、と言ったら嘘になる。本当は、慶太を車で送る、と言ってからこういう展開を期待していたのだ。
慶太の家に着いた。車を駐車場に停めてから慶太のほうを見た。
「五年振りだね」
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