潜入
あのクソ小さいミニが自分の車だったら、ヤマをおりて上山町役場でこの土地の登記を調べるのだが…。
俺はほとんど斜面を滑り降りながら、そんなことを思った。
伊瀬のやつは気が付かなかったか。
狭い道にびっしり家が並んでいるから、ごちゃついて分からなかったのかもしれないな…。
これが、閑静な住宅地だったらすぐに気が付いただろう。
電柱はあるが、電線が一本もないのだ!!
つまり電柱は完全に作り物なわけだ。
なぜ役にも立たない電柱が何本もあるのか?
何者かが在りし日の芽久野を再現するため、としか考えられない。ここの住人はなんなのかまでは分からないが…。
何のため?
目立たせないためだ。
あの鉱山施設で何かやっているのだろう。
もしこんな山奥に迷い込んだ人間がいたとしたら…『大きな建物だけ』あるのと、『マチがあって大きな建物がある』のとでは怪しさの度合いが違う。少なくとも、鉱山関連の建物なんだな、で終わりだ。
あー、もう御託はどうでもいい!!
『芽久野ではない、偽物だ』と何回主張していると思っているんだ!
話 が 進 ま な い だろう !!
俺は丁度低くなっている塀を乗り越えて、敷地の中へはいるのに成功した。子供の頃、ここからこっそり進入して遊んだものだ。この辺の再現率は凄いんだがな。
まず、事務や研究所は入っている管理棟に行くのは止めることにした。さすがに建物内部へ入り込むのは難度がありすぎる…要は鉱山で『何をしているのか』がわかればいいのだから、坑道へ潜り込んだ方がいいだろう。たしかソコの入り口近くにも、簡単な事務所と休憩室があったはずだ。
もし鉱物を掘り出しているならそれでいい…だが、そんな様子もないのなら、完全に『後ろ暗いこと』をやっているとみていいだろう。
こそこそと、車の影や壁の横を通って坑道入り口まで向かう。面白いぐらい当時と同じだ。もし、場所が同じで些細なことに気づいていない状態であったなら、故郷が復活したと心から喜んだかもしれない。住み着いてしまったかも…それはないか。
…と、ふいに違和感を感じて、俺は立ち止った。
左に見えるは頑丈そうな扉…休憩室はもう少し先のはず。事務所はもっと奥。それ以外に部屋はなかったはずなんだが…。
怪しい。
どうやら鍵はかかっていない様で、そっと引き戸を開けて中をのぞくと、ずらりと台が並んでいた…ベットのようだ。休憩室にしては様子が変だ。
ゆっくりと近寄ってみた。老人が横になっている…いや、よくよく見ると若者から中年から、あらゆる年代層がいるようだ。
俺は一通り、横になっている人間を観察していった。まれに腕や足がなかったりする者もいる。それにしても、ピクリとも動かないな。
そっと目の前の老人の胸に手を置いてみる…何も感じない、鼓動も呼吸も…
…死んでいる?!
その時、入り口から物音が聞こえ、俺は急いで老人たちが眠るベッドの影に隠れた。
どうも息づかいからして2人組で何か大きなものを運び入れに来たようだ。
「何か、外から3人来たみたいだぞ。」
「へぇ、珍しいな…観光かねぇ?」
「さあな。でもさ、そのうちの一人が前にも来たことあんだってよ。」
ドサンと何かが置かれる音。
「2回目か?!それじゃぁ丁度良いじゃねぇか。」
「ああ、今、富樫さんが…。」
男たちの声が聞こえなくなり、扉が閉まった。
そっと身体を起こして辺りを見ると、死体が又一つ増えている…うっすら赤い粉がついていた。
奴らが採っている石、の粉?そもそも、なんでこんな所に霊安室なんか設けてあるんだ?
何かがおかしい。何だ?何だ?
…ちょっと待て。
今の奴らは、俺たちの話をしてたな…2回目というのは…伊瀬の後輩のことか。
そうだ、トガシさんに会いに行くとか行ってたっけな。さっき伊瀬には合ったから、二俣はまだそいつの所にいるんだろう。
…丁度良い?何が丁度良いんだ?
俺は知らず背筋が寒くなった。この死体の部屋のせいでないと思いたい。
マズイ気がする。