ジツブツ
名寄市を抜け上山町に入る。街並みを通り、未だ残っている『芽久野鉱山』の標識に従い山奥へ車を走らせた。道路はきちんと舗装されていて対向車と余裕ですれ違える一車線、とくに脇道もなくこのまま進めば到着する様だった。
…と、二俣が右へハンドルを切り、車は整備された道路から離れ山奥へ続く砂利道へと進んでいった。
うっそうとして、あまり太陽の光が入らない薄暗い森。なんか熊でも出そうな雰囲気が漂う中、佐野がぼそっとつぶやいた。
「…伊瀬、これは偽物だわ。」
「え?!そんな、早いっすよ。まだ着いてもいないのに…。」
「芽久野銅山はさっきの道まっすぐだ。この道じゃない。」
こ、怖えって!じゃぁ、コレどこに行くんだよっ!!
ところが二俣はクスクス笑って、前方を指さす。
「勘違いじゃないんですかー?だってここまっすぐ進むと…ほら。」
人の家らしきものがチラチラ見えてきた。
車は城門のように道の両側にたっている大きな岩の間を通り抜け、そのすぐ裏に駐車した。
ここがマチの入り口にあたる場所らしい。車から降りると山の中腹に白い製錬所があり、その周囲に2階建ての団地や店などが広がっていた。奥の方に鉱山への入り口があるようだ。トラックが列をなして停まっている。
アルバムの写真とまったく同じ風景!
「本当にあった…!」
「ほーら。だから言ったじゃないですか。マチもある、鉱山も動いてる。やっぱりネットなんて信用できませんねー。まぁ、閉山したかもしれませんけど、また再開したんですよ。」
二俣は得意げに胸をはった。
これは文句のつけようがない…反論したいことは数あれど、目の前に現実としてある以上、伊瀬としては認める他がない。そっと佐野の様子を伺うが、特に表情の変化はなかった。
黙ったままで、何となく不気味だが…。
精錬所の稼働音が低く響き渡る。その音に負けないように、2~3歩先に歩いていた二俣が声を張り上げた。
「富樫さんの所に行きましょう。とても親切で、オレの取材にも協力してくれた良い人なんですよー。」
「…悪い、俺は別行動とっていいか?」
「えー、佐野さんも一緒に行きましょうよ。」
「 一 応 ここは芽久野なんだろう?せっかくだから色々見て回りたいんだ。」
まぁ、それはそうだろう。故郷だもんな(本人が認めているかどうかはともかく)伊瀬は、少し考えて答えた。
「じゃぁ、車のところで落ち合いますか。え~と13時でどうです?」
「わかった。」
伊瀬の言葉に頷くと、佐野は迷う様子もなく横の小道へと消えていった。
その姿を見送った後、2人はのんびり坂を登っていく…何しろ山の斜面を削って造られた場所だから、なだらかで長い坂が果てなく続いている。
「…ところで、その富樫さんという人の家に行って、どうするんだ?」
「そうですねぇ…このマチの成り立ちを調べてみようと思います。佐野さんが言っていた事も一応気にはなっているんですよ…ほら、年代の件とか。さっきも道路が違うって言ってたし。まーでも、簡単に説明できそうなことですけどね。」
二俣はすっかり気をよくしている。佐野へのフォローもちゃっかり入れちゃって…
「あと、ネットに載っていたお前の写真の件だな。これについては『別人説』を推すぞ、俺は。」
「どこまでも反対するのが好きなんですねー。あ、ついた、ここですよ。」
坂のほぼ中央にある平屋の前へ行き、二俣がチャイムを押す。
奥から野太い声がして、開き戸から細い男が姿を見せた。無表情だったのが一転、二俣の顔を見るなり満開の笑顔になる。
「おや、これはこれは。二俣さんじゃないですか。良く来たねぇ。」
「どうも、ご無沙汰です。先日はありがとうございました。あ、隣が僕の上司で…。」
「伊瀬と申します。よろしくお願い致します。」
「いやぁ、こちらこそ。」
富樫は40代後半の愛想の良い…ちょっとオーバーアクションの田舎のオジサン。
玄関の所には芽久野の航空写真が飾ってあり、ここで取れる鉱石なのか、赤みがかった石が下駄箱の上にいくつか並んでいた。
「電話くれれば、なんか旨いもんでも用意しておいたのに…ま、あがんなさい。」
「失礼します。いえ、何回かかけたんですけれどなぜか繋がらなくて…。」
「はっはっは、携帯電話からかけたんじゃないのかい?ここは通じないんだよ。今回はどうしたんだね?」
富樫は笑いながら2人をリビングに通した。
ささ、座りなさいとソファを勧める。二俣は御礼を言って富樫に尋ねた。
「このマチの歴史成り立ちを調べたくて…富樫さん、詳しいでしょう?」
二俣の言葉に家主は、こんな田舎に興味を持ってくれて嬉しいねぇ、と顔をほころばせる。
「そうだ、写真を見ながら説明しようか?今持ってきてあげよう。」
「お願いします。」
―と、ソファに腰を下ろそうとしていた伊瀬が、急に膝を伸ばした。
「二俣、俺も外ぶらついてくるわ。」
「わかりました。じゃぁ、さっき言っていた車のところで。」
返事を聞くなり、伊瀬は部屋を出て行く…
地域活性化がどうのこうの言ったって、様々な土地の歴史や成り立ちにはあまり興味がないのだ。
案外、自分本位なとこあるもんなー伊瀬さんは。
入れ違いに富樫が戻ってきた。
「おや、お連れさんは?」
「ちょっと外へ…」って、…え……何…?
二俣は思わず目を疑った。彼が抱えている山のようなそれは…
「そうですか。」
富樫は目を細めると、 何 十 冊 もあるアルバムをテーブルに置いた。
まったく、二俣は甘いなー
伊瀬は大通りを歩きながら、二俣が長い長―い話に付き合っている図を思い浮かべて苦笑した。
たしかに、富樫は人も良さそうだし取っつきやすいかもしれないけれど、アレは相当世話好きの話好きと見える。写真を持ってくると言ったときの、嬉しそうな表情と言ったら…。
絶対2時間は軽く語れるおやじだね。それに付き合うのはゴメンだ。
さて、どうするか。
そうだ、神社に行ってみようかな…例の写真の現場だ。そもそもの切っ掛けだしな。
マチの中心にある小高い丘を登っていくと、神社の隅に見覚えのあるゴロンとした物体を発見した。
佐野が憮然とした顔でマチを見下ろしている。今日合ってから、眉間のしわを寄せている事の方が多いくらいだ。今にそのまま表情が固定されてしまうのではないだろうか…。
「三の字先輩、何してるんですか?」
「…ちょっとな。」
佐野は表情を崩さぬまま、伊瀬を手招きした。
「なぁ、伊瀬。この町どう思う?」
「ふぅーん…どうですかね…。あ、車止めたとこ!あそこの大きな岩は変わってましたねぇ。」
「まぁ、ちょっとここから見下ろしてみろよ。」
伊瀬は佐野に促され、町を眺めた。
こうして上から見ると、一本の大通りから細い道が何本も分岐して、そこに団地や電柱が引きめき合っているのがよく分かる。森の中だから、スペース的にも狭くなってしまうのかもしれない。
それはいいとして…特にこれといっておかしな所は見当たらないのだが…。
「…上山町に通じている道路のあたりは新しめの家が多い、かな?反対の山の方はモノクロ写真にも出てきそうなほど古いデザインですね…。」
「あ?ああ、家な。新しいったって、70年代建築スタイルだぜ。昔から住んでいるってことなんだろうけど…そういえば……年寄りを見かけないな。」
伊瀬はとりあえず思いついたことを言ってみたのだが、どうやら期待していた答えではなかったようだ。佐野はしばらくの間何か考えていたようだが、ちょっと肩をすくめて伊瀬に向き直った。
「俺はこれから、ここの『鉱山』の中に忍び込んでくる。本当に鉱山なのかも怪しいが…奴らが何を企んでいるのか手がかりは掴めるはずだ。」
さっさと歩き出す佐野に、慌てて伊瀬は声をかける。
「やっぱり納得いかないですか?」
「まぁ、な。ここが宇宙人が造ったマチだと言われた方がよっぽどすっきりするね。そのくらい納得いかないことがありすぎる。」
…行ってしまった。
簡単に鉱山施設に入り込めるものなんだろうか?
伊瀬はぼんやり芽久野の街並みを見下ろした。一体佐野は何を見せたかったのだろう?
まぁ、彼の頑固さは今に始まったことではないし……正直、場所が違うという佐野の話を勘違いで片付けて良いものなのかは、迷う。けれど、現にあるんだから仕方がない。それとも、俺が思考停止しているだけなのかも?
施設の方を見ると、丁度鉱物を積み込んだのだろう、トラックが敷地内から出てきた。土煙を上げ、マチを横断するようにはしっている大きな通りを進み、そしてマチの外へ…
「ん?」
トラックはマチの外へ出て行かず、大岩のところで右に曲がりそのままマチと森との境界線沿いを走っていった。
荷台の赤い石の山が、家々の屋根の隙間からチラチラ見える。それを頼りに目で追っていくと、ぐるりと住宅街を一周した後、何事もなかったかのように施設の中へ戻っていった。
約15分。
「んん?」
何だ、今のは?
伊瀬は鉱山施設からまたトラックが現れるのではないかと目を凝らせたが、一向に出てこないので、今度はあの大岩の方へ目をやった。 ちょうど、芽久野の集落の境にある大岩…。
…1台もヤマの外へ出て行く車がない…。
それどころか入ってくる車も一台もない。
コレはおかしい。少なくとも鉱業で成り立っている場所なのだから、材料や鉱石を運ぶ車が往復していなければおかしい。会社に用事のある奴はいないのか?
ヤマには車も沢山走っている。一台ぐらい芽久野の外に用事があっても良いではないか?
伊瀬は、もうすこし粘って車の動きを観察することにした。