スタンス(1)
上富良野の道の駅で二人を迎えたのは、無精ひげでやたら長い上着を羽織っている、見た目40代近い男だった。背丈は平均並みなのに肩幅ががっしりしているせいで、岩石の塊のようなイメージを与える。
しばらく見ないうちに太ったなぁ…と思いつつ、伊瀬は車から降りて彼に駆け寄った。
「三の字先輩、お久しぶりですー。」
「お久しぶりじゃないっての、オマエは、朝っぱらから。」
男は軽く片手を上げて答えた。眠そうに少し首を回すと、伊瀬の後ろにくっついてきている二俣に気がついたらしい。少し姿勢を正す。
「まぁ、いいけど。・・・で、こちらは?」
「は、はじめまして、二俣といいます。急にどうも・・・。」
「気にしないでいいですよ。俺は佐野といいます。よろしく。」
「佐野…さんですか?あれ、でも今…。」
「あぁ、先輩のあだ名だよ、あだ名。佐野次郎だから、三の字。」
「この人はな、芽久野出身なんだよ。」
車内がむさ苦しくなったな、などとおくびにも出さないで、伊瀬は二俣に説明した。
男3人ミニに乗るのは本当に辛い。
後部座席半分の荷物が助手席の伊瀬の上に移動し(重い!)、かろうじて人一人座れる空間を作り出したのだった。そもそも、なんで寝袋やガスボンベまで乗せてるんだよっ!という二俣への文句は置いといて・・・。
「小学生までいたんでしたっけ?俺のサークルの先輩。元地元人がいると心強いだろ?」
「でもなぁ。」
二俣が口を開くよりも早く、後部座席で窮屈そうに縮こまっていた佐野が声を出す。
「上山町の方は結構話は聞くけど・・・あそこ色々やってるよなー、何だっけ、今森に力入れてるんだっけ?その前は『塀』を作っちまおうとかで話題になったしな。個性的なメンツが揃っているぜ、あそこは。」
「出身者だけではなく、道内外からの人も積極的に受け入れているらしいですからね。」
前を向いたまま二俣が相づちをいれる。
「・・・で、だ。二俣さんはどうして、その上山町を主体にしないで、上山の一地域である芽久野に絞った取材をしようと思ったんです?地域活性化とか地元の話題とかいう切り口にするにしても、町を中心にした方がやりやすいでしょう。」
佐野は話しながら、サイドミラー越しにちょっと視線を伊瀬に向けた。
うわぁ、やっべ。内容のレトロさに気をとられて、取材の意図までは聞いてなかったわ・・・。
そうなのだ。わざわざマイナー地区のことを調べてくると言うことは、何か理由があったはずである。それを、「条件と合わない」だの「ターゲット層と違う」だの表面的な問題で切り捨てたものだから、彼の中ではなんとも割切れない思いになったに違いない。
「いえ、特に理由はないですよ。」
二俣のあっさりした回答に、伊瀬はずっこけた。
「最初は上山にしようと思いましたけど、あそこは佐野さんがおっしゃるように話題に事欠きませんからね。訪問してはみたものの、目新しい話を探すのはかえって難しかったんです。かといって他の町に移動するのも時間がかかるし・・・。」
「・・・で、今や懐かしい芽久野に目を付けたってわけですか。へぇなるほど。」
軽い調子で受けた佐野の眉間には、大きなしわができている。
一方、二俣の方も、今の佐野の物言いにカチンときたようで、少し口を尖らせている。
「三の字先輩、きっかけはそうでも、こいつはかなり詳しく調べ回っていたんですよ。
決して面白半分ではな― 「いやー半分じゃなく十分面白いですけどね。」
この馬鹿!
佐野のしわがますます太くなる
まぁ、佐野の反応は大方予想はできていたのだ。
後輩の伊瀬に『三の字』とニックネームで呼ばせる辺り、彼は割と上下関係にはこだわらず、行動力もあって頼りになる存在なのだが、自分の気に入っている物に手を出されるのが嫌いという子供な一面もある。
お気楽気分で自分の故郷をいじられるのは不愉快に違いない。っていうか、絶対に不愉快だろう。
負けず劣らず子供っぽい二俣とは合わないだろうな、とは思ってみたものの、こんなに早く反発し合うとは…同類嫌悪とかっていうやつかね。
重苦しい空気に妙なBGMが際立つ
たっぷり30分ぐらい経って、二俣が口を開いた。
「そういえば伊瀬さん、何のサークルだったんですか?」
「ミステリー研究会。読む方じゃなくて、心霊スポットとかの方な。」
「へぇ、てっきり相撲とか柔道とかそっちの方かと思いましたけど、以外と文系だったんですね。」
ちらり、と何か言いたそうに佐野の方を見る二俣。
「二俣さん。相撲とかいうのは、俺の体格をみて出てきたのかな?」
「いやだな、日本的な雰囲気って意味ですよ。だって佐野さん、茶道ってお顔でもないですし。」
こいつ、先輩と仲良くなる気がまったくないな。
「二俣ぁ、いい加減、口に気をつけた方がいいな。あくまで協力をお願いしている立場なんだからな、こっちは。当時を知っている人がいないと無駄足に終わるかもしれないんだぞ。」
「そのことなんだけどよ。」
佐野がしわ顔のまま口を出した。
「今あそこは空き地になっているはずだろ?排水処理施設には2~3人まだいるかもしれないけど。俺を連れて行く意味がわからん。思い出話なら、このせっっまい車の中でもできるしな。」
「ええ、そのついでに降りていただけたら、車も軽くなってスピード出ると思うんですけれどもね。残念ながら、やはり現地までお願いしたいんですよ。」
「どうして。」
佐野はもう二俣の下手くそな嫌みに付き合う気も失せたのだろう。伊瀬の方へ顔を向ける。
「二俣が芽久野で取材しているんです。」
「うん、それは知っている。さっきお前電話で言ってたもんな。後輩が芽久野を取材していて、これから現地で追加調査したいから付いてきてくれって。」
「・・・その何もないはずの芽久野で、こんな写真が撮れちゃったんですよね。」
そう言いながら、伊瀬は後部座席の佐野へポンっとフォトアルバムを投げた。
二股が写してきた芽久野の写真だ。佐野は一つ一つページをめくっていく。
「………。」
「そうして、現地で取材に協力してくれた人とも連絡がとれず、そういえば三の字先輩はここ出身だったなーと思い出して、電話したというわけです。」
「…。今の時点で、一つだけ言えることがあるな…。」
その声に、伊瀬はサイドミラー越しに、佐野の方へ視線を移す。
「何です?」
「気に入らねぇ。」
言うなりパタンとアルバムと閉じた佐野の表情は、伊瀬の知る限り最高に不機嫌な顔だった。